第26話 四天王、悪魔と対峙する
わき出した黒い霧は人型となる。
ローブを着ていて、背丈はリーリエルと同じくらい、フードから垣間見える顔には深いしわが刻まれており、一見して明らかな老人であった。
ゆっくりと瞼が開く。瞳となる部分は深紅で満たされており、淡く輝いていた。
「……ググ…………」
しわがれた唸り声が響く。
それはただの老人のように見えるが、どこか得体の知れない気配を放っている。
ガヴリーが目を見開いて、冷や汗を浮かべた。
「ちょ、ちょぉおぉぉ…………紅い瞳って………………まさか、あれ!
もしかして……悪魔、だったりする、なんて、ないよね?」
「悪魔とはなんだ?」
「ちょっとおおぉぉおおお!? 君、なんで知らないの!? どんだけ田舎者なの!?
悪魔だよ!! なんか別の世界だかからやってきて、小国くらいなら平気で滅ぼしちゃうような化け物だよ!!
やだああああああああ!!! 死にたくなああああああああいぃぃいぃぃぃぃぃぃ痛ぁ!?」
恐慌状態になったガヴリーの頭を、リーリエルがはたいた。
「やかましい」
「痛いよ!! 何するんだよ!!! っていうか、君はなんで平然としてんの!?」
「慌てる意味がないからだ」
「なんで慌てないの!? 君、ボクの話聞いてた!? あれ、めっちゃヤバイ奴なの!!!
あいつからあふれ出てる魔力わかるでしょ!? あんな激ヤバな魔力量とか、相手にしてたらいくら命があっても足りな……」
「……ギギギ…………」
老人の姿をした者が、細い枝のような左手をガヴリーへと向ける。人差し指の先から、直線状に黒球が放たれた。
黒球は、リーリエルへと詰め寄っていたガヴリーの頭の後ろ付近を高速で通過する。そのまま石壁に衝突し貫通していった。
「ひょ……ひょぇぇぇ…………」
頭に直撃すれば穴が開いていたであろう攻撃に、ガヴリーは肝を冷やす。
ガヴリーは口をパクパクさせ、涙目になり、詰め寄っていたリーリエルにくっついた。
リーリエルは不敵な笑みを浮かべながら、ぽいっとガヴリーを後ろへと引き離す。力が入らず崩れ落ちていったガヴリーを、ミーナが支えた。
「……タ……シイ…………」
老人は絞り出すように声を発し、ゆっくりと周囲に顔を向けた。
すでに意識を完全に戦闘状態へと切り替えていたリーリエルが、油断なく告げる。
「何か言ったか?」
「……シイ…………タマシイ……」
「魂?」
「……タマシイ…………ワレ、ホッスル、タマシイ、ヒトノ……イキシモノノタマシイ……」
老人がジリジリとにじり寄ってくる。
ひっ、とガヴリーが息をのむ。
リーリエルは魔力を練り上げ、
「打撃術」
魔法を発動させ老人に接近し、強化した拳で顔面を打ち抜いた。
老人は後方へと吹き飛び、突如空中で静止し床に降り立った。
「……俺の拳を受けて平然としているか。
大した障壁だ」
「ちょっ!? 君!? なんでいきなり殴ったりなんかしちゃったりしてんの!?
やだああああああ!? もう絶対許してもらえないやつじゃん!?」
ガヴリーが涙目で抗議するが、リーリエルは老人から目を離さない。
老人が地の底から発するような声を出す。
「……タマシイ、イキシモノノタマシイ、ヒト、マゾク………ヨク………」
老人は空中に浮遊したまま、ゆっくりと近づいてくる。
「お前は、あれが話の通じるような相手と思えるのか?」
「そ、そうかもだけど……でもでも!? あれって絶対、悪魔で……」
「悪魔で、村人の失踪事件の原因で間違いないな!!」
腰から双剣を抜いて、ベルグが老人――悪魔へと飛び込んだ。
すれ違いざまに、双剣で悪魔の身体を斬りつける。
数歩走り抜けて、ベルグは左へ跳んだ。直後、黒球がベルグのいた空間を通過した。
「ちぃッ!!」
ベルグが舌打ちする。悪魔の攻撃は避けたものの、少し間違えば直撃するタイミングだった。
「タマシイ……ワレ、タマシイ、ホッスル」
「爆炎弾!!」
悪魔が言う間に、爆発が生じる。
後方にいるイレーヌの魔法によるものであった。
しかし、悪魔に動じた様子はない。
イレーヌの爆炎弾は、悪魔が常時展開している魔力障壁に防がれ、ダメージは僅かであった。
ベルグに斬られた部分は障壁を抜いていたが、かすり傷であり、それも見る間にふさがっていった。
ミーナにくっついていたガヴリーが、半泣きになって叫ぶ。
「ちょ、ちょっとお姉さん達!? まさか、悪魔と戦うつもり!? 本気!?
悪魔って、AAAランク級の化け物でしょ!? 普通に無理でしょ!! ボク、まだ死にたくないんだけど!?」
「大丈夫よ、ガヴリーちゃん。あの悪魔は、まだ完全な状態ではない、いわゆる出来損ないよ。
自我が確立しきれていないようだし、ランクはせいぜいAマイナー程度ね」
「Aマイナーだって十分化け物でしょおおおおおおおおお!?」
ガヴリーが頭を抱えて絶叫する。
ガヴリーはCランクであり、Aランクに分類される魔物を相手にするのは普通に無茶であった。
「ミーナは、悪魔はヤバイってわかるよね!? 逃げるよね!? ね!? ね!?」
「私だけなら逃げちゃうとこだけど……」
ミーナはリーリエルへ顔を向ける。
リーリエルは好戦的な笑みを浮かべ、再度魔力を練り上げた。
「打撃術!!」
両手に魔力を漲らせ、リーリエルは腰を落として獲物を狩る体勢に入る。
ミーナが困ったように苦笑した。
「リーくんを、置いていきたくはないかな」




