第18話 四天王、追いつかれる
振り返りざまに速攻で土下座を決めた銀髪の少女は、しかし「あれ?」と疑問符を浮かべて顔を上げた。
「え? 君、だれ?」
「…………」
「え? え? なんでこんなところに君みたいな娘がいるの?」
銀髪の少女は立ち上がり、リーリエルの顔をじろじろと見る。
リーリエルは、少女のぶしつけな視線を黙って受け止めていた。
「あ、ひょっとして君も攫われてきちゃったの!?
うわー、今までは普通の村人だけだったのに、とうとう君みたいなお嬢様も攫うようになっちゃったんだぁ」
「…………」
「あれ? でもおっかしいなぁ?
確かあの吸血鬼、人ならだれでもいいみたいなこと言ってたんだよね。君みたいなお嬢様を攫っちゃったら、大騒ぎになっちゃいそうだけど。
……はっ!? もしかして、あいつの趣味か!? うわっ、ありそー!!!
君、すんごいお嬢様っぽいし、なんかその服とか、あいつ好きそーだよ!!! うわー、君ついてないねぇ。かわいそうに。
なんかあいつってさ、ねちっこい感じなんだよねぇ。
顔はいいんだけど、生理的にダメっていうかぁ、なんかナルシスト臭がすごくてきっついんだよねぇ……。
ふふふふふ、でも安心するといいよ! 実はボクはねぇ、こう見えて冒険者なのさっ。
今はこうして捕まっちゃったりしてるけど、これは振りなんだ!
あくまでね、捕まった振りをしているだけで、ちゃーんとここから逃げ出す方法も思いついてるんだからねっ!! 本当だよっ!!!」
「ガヴリー」
くるくると表情が変わる少女に、リーリエルは独り言のように呟いた。
「うん、なに?」
少女、ガヴリーは小首をかしげて、自然に返事をした。
自分の名前を呼ばれたときの、実に真っ当なリアクションであった。
「あれ? ボク、君に名前言ったっけ? まぁいっかぁ。
ね、君はなんていうの?」
「…………」
「あ、もしかして怯えてる? そうだよねー。いきなりオンボロ城に拉致られてさぁ、びびるよねー。
けど、さっきも言ったけど、ボクにかかればここから逃げ出すことなんてわけないん……」
「あーーーー!!! リーくんこんなところにいたぁ!!!」
閉まりかけていたドアが勢いよく開く。
息を切らせたミーナが、細い眉を吊り上げていた。
「もー、急に走っていくんだからさぁ。
一生懸命追いかけたのに追いつけないし、そうこうしてたら、ヤバイ噂の城が見えてくるし、中はなんかすごい数のアンデット系モンスターがいるし。
リーくんのことすっごい探したし、ここまで来るの大変だったんだからね。帰ったら、お説教だよ、お説教!!
もー、一体どうしてくれようか…………って、……あの……?」
「…………」
「……ねぇ、リーくん。なんでこの人、土下座してるの?」
◇ ◇ ◇
剛腕の男、リーリエルが銀髪の女に顔を向ける。
「なんだ、お前は?」
「私は……その吸血鬼の眷属です」
リーリエルが一瞬眉を吊り上げる。
「なるほど、主の敵討ちというわけか。殊勝だな。
いいだろう、かかって来い」
「違います。あなたに歯向かうつもりなどありません」
「なんだ、つまらん。ではなんだ?」
「……ありがとうございました」
女が頭を下げる。
深い礼をする女に、リーリエルは怪訝な表情を浮かべた。
「何を言っているんだお前は」
「その吸血鬼を倒していただいたので。
それのせいで、私たちは……私は、ずっと……」
「なんだくだらん。どうでもいいことか」
「くだらないことなどありません」
「はっ、この程度の雑魚相手にいいようにされるなど、くだらんこと以外の何物でもない。
このリーリエルがわざわざ足を運んでやったというのに、とんだ無駄足だったわ」
「あなたにとってはそうでも、私には、くだらないことではありません」
冷静な口調で、しかし女はきっぱりと断言した。
リーリエルは獲物を狩るように目を細め、殺気を纏った。
「なんだ、貴様は。死にたいのか?」
「死にたいことなどありません。
死にたければ、私はずっと前に自害しています」
「ならば黙っていろ。俺は今機嫌が悪い。
期待していた相手が取るに足らん雑魚で、勘に障る女が目の前にいるせいでな」
「気分を害したのであれば、それは申し訳ありませんでした。
私はただ、吸血鬼を倒していただいたことについて、お礼を言いたかっただけです」
リーリエルが鼻を鳴らす。
「本当に、無駄足だったな」
もう用はないと、リーリエルは踵を返し、古城から立ち去った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「おい、貴様。なぜついてきている?」
「考えてみたら」
「ん?」
「考えてみたら、ずっと、あの吸血鬼を殺したいとは思っていましたが、その後のことは何も考えていませんでした」
「ほう」
「城にいても仕方ありませんし、いたいとも思いません。
ですが城を出ても特に行くところもありません」
「そうか」
「ですので、どうせならあなたに、吸血鬼を倒していただいた恩を返すことにします」
「はぁ? いらん。馬鹿か」
「申し訳ありませんが、もう決めましたので」
「本当に馬鹿か貴様。
いいだろう、そこまで死にたいのなら殺してくれる」
リーリエルは無造作に拳を振り、女の顔面を殴打し吹き飛ばした。
「本当に、くだらん」
リーリエルは足を止めることなく、歩き続ける。
しばらくして、足音が増えた。不規則な足音だった。
「…………」
「…………」
「存外しぶどいな貴様。
あの吸血鬼程度なら殺せる打撃だったはずだぞ」
「日頃から虐げられてきた成果ですね。
人の身体のままであれば即死でした」
「あと何発耐えられるか試してみるか」
「一発で終わりでしょう」
きっぱりと告げる女に、リーリエルは呆れたように言った。
「貴様、やはり死にたいのか?」
「死にたいことなどありません。
ですが、くだらない生もいりません」
「…………」
「私は吸血鬼の眷属です。この身はすでに、吸血鬼そのものと大差ありません。
化け物の身で人の世に戻れるとも思えませんし、今更戻るつもりもありません。
私は、ただ私のしたいようにするのです」
よろけながら歩く女は、迷いなく言う。
リーリエルは歩き続け、やがて何かを諦めたように嘆息した。
「……名乗れ」




