第1話 四天王、退屈してたら襲撃される
(あぁ、今日も暇だな……)
砦の最上階にある最奥の部屋、つまりはボスの部屋。
魔王四天王リーリエルは、椅子に身を沈ませて退屈極まりない任務に身を費やしていた。
何をしているかといえば、ただ待機しているだけである。
稀に人間の冒険者がやってくるので、それらを返り討ちにする簡単なお仕事。
それ以外の時間はただ待っているだけ。ひたすらに待ちの姿勢。
リーリエルとしてはガンガン人間領内へと攻め入りたいと考えていたが、魔王四天王を統括する立場の者……魔王の娘だが、彼女が攻勢に出ることを固く禁じていたのだ。
――魔王様が伏している今、迂闊な行動は慎むように。
そんな命令が出されて、すでに7年が経過していた。
直近の大きな戦いといえばデルムガルド大戦になるが、それも10年も昔のことである。
古の封印から目覚めた魔獣ケルベロスが人族の国を相手に大暴れし、やがて魔族領にも被害を及ぼして、なし崩し的に魔族と人族との大戦にまで発展した戦いであるが、リーリエルは参戦が遅れたためロクに戦えずに終結してしていた。
そして現在、リーリエルは魔王四天王として、魔族領の入口となるこの砦の守護を任されているのだが……。
「……やめるか、四天王」
赤い短髪を指でいじりながら、ぽそりと本音を漏らす。
控えていた銀髪のヴァンパイアが静かに告げた。
「リーリエル様。滅多なことをおっしゃらないでください」
「そうは言うがな、お前も退屈していないか?
身体を巡る魔力が錆ついて久しいだろう」
「……お気持ちはわかりますが、ここはまだマシな方です。
何十年も人間のこない辺境の砦もありますから」
「そんな場所にとばされていたら、ある意味幸福だったかもしれん。
やめる決心がすぐにつくからな」
「リーリエル様」
「まったく退屈だ。
いつぞやのデルムガルド大戦のような戦でも起こればよいのにな」
「あのような戦、そんなに簡単に起こっていたら世界が持ちませんよ」
「発端となった魔獣、なんといったか?
古の封印より目覚めし魔獣……」
「魔獣ケルベロス。
地獄の門番、炎帝ケルベロスとも称される、恐ろしく凶悪な魔獣です。
操る炎は圧倒的熱量で、当時の魔王様ですら容易には倒せなかった相手と聞いています」
「逸材だな。
是非とも一戦交えてみたかったものだ」
「……リーリエル様、あなたに万一のことがあればこの砦、ひいては魔族領の守りはどうなるのですか?
もっとご自身の立場を考えてください」
ヴァンパイアの小言を聞き流しながら、リーリエルは大きく嘆息した。
(あぁ、退屈だ。退屈すぎて、魔法を得意としないこの俺が、転移魔法を覚えてしまったほどだ。
……しかしアレから一週間が経つし、そろそろ奴が来てもいいころだと思うのだが…………もしかして、とうとう諦めたか?
ふん、少々力があるとはいえ、アレも所詮は人間だからな……)
リーリエルが再び嘆息しかけたところで、隣に控えていたヴァンパイアが緊迫した空気を身にまとった。
顔を向けると、ヴァンパイアが小さく息をついて、淡々と告げてきた。
「リーリエル様、眷属の探知に反応がありました。勇者です」
◇ ◇ ◇
「はーっはっははははは!!! この俺がいるとわかっていて、また懲りずに来たか、勇者よ!!!」
一階の広間にダッシュしたリーリエルは、剣を手にして警戒する勇者と対峙した。
勇者と呼ばれるだけあって装備は充実したものであるが、勇者自身は栗色の髪をした普通の人間の少女にしか見えない。
反面、リーリエルは頭部に巨大な山羊のような二つの角を生やし、筋骨たくましい魔族である。
二人が大真面目に対峙している姿は場違いにしか見えず、むしろ滑稽ともいえた。
しかし、勇者の名は伊達ではなく、彼女は見た目に反して凄腕の冒険者でも太刀打ちできないほどの力を持っていた。
「そちらから足を運んでもらえるとは思わなかったわ、魔王四天王リーリエル!
わざわざ殺されに来てもらって悪いわね!」
「くくく、口だけは達者な女だな。
だが今日はどうした? いつもはもっと賑やかではなかったか?
お前の大切なお仲間とやらは、一体どこへ行ってしまったというのだ?」
「……今日は私ひとりよ。
魔王の部下ごとき、私一人で十分だから」
「もしかして、彼らはまだ先日の戦いでの傷が癒えていないのかな?
それは悪いことをした。ついつい力加減を間違えてしまってな。
今回はちゃんと手加減してやるゆえ、それで手を打とうではないか」
「ふざけたことを!
…………あんた、間もなく口がきけなくなるんだから、少しはかっこいいことでも言っておいた方がいいわよ!」
鋭い殺気を放ちながら、勇者が突撃を仕掛けてくる。
リーリエルは不敵な笑みを浮かべながら魔力を練り上げた。
「打撃術!」
呪文を唱え、リーリエルは両腕に魔法による強化を施す。
気合と共に振り下ろされた勇者の剣を、強化した素手で軽々と受け止めた。
「まだまだぁ!!」
勇者は一撃では止まらず、繰り返し何度も剣を振るってくる。
リーリエルはその一つ一つを両手で弾き、隙をついて勇者の腹に蹴りを叩きこむ。
勇者の身体が吹き飛び、一直線に壁に激突して突き破った。
人間としては破格の強さであったが、魔王四天王であるリーリエルでは相手が悪かった。
リーリエルが悠然と腕を組んで立っていると、かたわらに控えているヴァンパイアの平坦な声がした。
「リーリエル様。損壊した壁の修繕、後でやっておいてくださいね」
「待てガヴリー!? 今のは不可抗力だろう!? 戦いの中でのことだぞ!?」
「リーリエル様であれば、砦を壊さずに勇者を倒すことなど容易いことでしょう。
あえて遊んでいる結果のことであれば、当然の処置です」
キリっと一歩も引く気配のない目をするヴァンパイア、ガヴリーの視線を受けて、リーリエルは不満気ながら口をつぐんだ。
(……ダメだ、ガブリ―がああなったらもう取り付く島などない。
まったく、いつものごとく頭が固い……。
くそ! こうなったらせめて勇者との戦いを楽しむとしよう!)
リーリエルは半ばヤケクソ気味に笑いながら、蹴り飛ばした勇者の元へとゆっくり歩いていく。
「どうした勇者よ? もう終わりか?
この俺が最上階からわざわざここまで降りて来てやったのだ。
もう少し歓迎してくれても罰は当たらんぞ」
「……黙りなさい」
ガラガラと音を立てて、勇者が崩れた壁の穴よりはい出てくる。
額から血を流してはいるが、決定的なダメージではない。気力も十分であった。
「悔しいけど、力の差は歴然としているわね」
「ほう? ようやく理解したか。
して、どうする? 仲間の元へと逃げ帰るか? それとも俺に降るか?」
「どちらも否よ。
……まったく、こんなところで使う羽目になるなんてね」
勇者は不満げにつぶやき目を閉じる。と、その姿に変化が生じた。
栗色の髪が徐々に鮮やかな金髪へと変わり、背には片翼の半透明の白い翼が生える。
額の傷はいつの間にか消えていた。
何よりも変わったのは、勇者に内包している力の質である。
到底人間とは思えない、おそるべき密度の力を有していた。
「……お前、まだそれほどの力を隠していたのか」
リーリエルから感嘆のため息が漏れた。
「暇つぶし程度にはなると思っていたが……これはうれしい誤算だな」
勇者の変化に警戒をしならがらも、リーリエルは暗い笑みを浮かべる。
勇者が金色の眼を向けた。
「魔王四天王リーリエル、喜びなさい。
この姿は、まだ私の仲間にも見せたことがない、魔王を倒すための奥の手よ」
「それはそれは、光栄なことだ!」
気を吐くリーリエルに、勇者は憐憫の表情を浮かべた。
「……戦いに憑りつかれた愚かな魔族よ。
勇者バーナスミーナの名において、あなたを滅します」
突き出した勇者の手から、凝縮した魔力の塊が放たれる。
リーリエルが辛うじて避けた直後、後方から爆裂音が響いた。