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家族って何?  作者: 風音沙矢
2/2

お正月

大晦日を楽しく過ごした大下家(文中には、一度も名前は出ていませんが(笑)

明けて、お元旦、史也だけ知らない行事(笑)が待っていました。

「来ちゃった………」


 そう言ったまま、亜里沙は、うつむいた。

 俺が、絶句して固まって、黙っているのに耐えられなくなったからなのだろう。その肩が震えていることに気付いて、思わず胸に抱いていた。


 さっきまで、正月恒例のテレビを見ながら、両親と弟の悟と、昨日の延長戦のような飲み会が続いていた。人気の芸人の漫才やコントに、突っ込んでみたり大笑いしたりと、まったりと元旦を過ごしていた俺は、ドアホンが鳴って、ちょっと耳だけ茶の間に置いている感じで、無造作に玄関を開けたところだった。

-まさか!-

半年前に別れたはずの彼女が、なぜ、俺を尋ねてくるなんて。そりゃ、絶句するよ。

「あ・り・さ………」


 少し、落ち着くと現実に引き戻されて、抱いていた腕を離した。

「どうしたのさ?」

亜里沙は、おずおずと顔を上げたが、言葉が出ないようだ。二人の沈黙が続いて、なかなか戻ってこない俺に、母さんが玄関にやって来た。

「あら、ありちゃん、明けましておめでとう」

呑気に、新年の挨拶をする。あわてて、

「明けましておめでとうございます」

亜里沙がお辞儀をしていると、後の二人も玄関までやってきて、弟が

「久しぶり、明けましておめでとう。今年もよろしくね。」

そして、父さんが

「おめでとう。元気そうだね。安心したよ。」

ニコニコしていた母さんが

「寒いから、早く上がって。」

と、亜里沙の背中を押して、4人で茶の間に入っていった。俺だけが、取り残されたまま玄関で、途方に暮れている。

-なんだよ。どうなっているんだ!-


 俺は、半年前のことを思い出していた。



 去年の桜の花が咲きだしたころ、母さんは、頭痛がひどくなり精密検査を受けてみると、脳に腫瘍があって、それが脳の血管を圧迫して起こる頭痛だと診断された。どれだけ驚いたことか。実際、それを知ったのは、ゴールデンウイークが終わった後だったけど。


 いつも笑っている母さんは、そんな時にも笑っていた、俺たちに知らせないで。

自分一人で抱えて行こうとしていたらしい。それが、仕事先で倒れて、父さんに連絡が入り、俺と悟も父さんから知らされて、病院へ行って、担当の医者から説明を受けた後、3人で集中治療室の前のベンチに座っていた。

「バカだよ、母さんは!」

こらえきれずに、悟が涙を流している。父さんは、無言のまま、病院の無機質な天井をただじっと見ている。俺は、震えが止まらない指先をごまかすように握り締め、母さんの意識が回復することを必死に祈った。次の日の午後、母さんは意識を取り戻し、

「ごめんね。黙っていて」

苦しそうに、それだけ言うのもやっとと、また、昏睡状態になった。


 母さんの状態が安定した1週間後、俺は、亜里沙と待ち合わせをした。あいつの勤めている会社は、俺が2年前まで働いていた会社で、元上司から電話が有ったからだ。

「亜里沙が、転勤を渋っている。お前との結婚を控えているからだとは思うけど、彼女のチャンスなんだ。おまえも知っているだろう。亜里沙は入社した時から、ニューヨークの本社へ行くことを目標にしていたわけだから。」


 待ち合わせの場所に、俺のほうが少し先についていた。出入り口のほうを気にしていると、亜里沙は、すぐに気づいて、普段だったらにっこり笑って手を振る所だけど、心配そうに、

「どう、お母さんの具合?」

と、聞いてくる。軽く病状をつたえた。でも、なかなか納得しないようで、詳しいことを何度も聞いてきた。

「うん....。でも、少しは安定しているのね。ちょっと、ほっとした。私にできることが有ったら、言ってね。」

亜里沙の声が震えている。母さんのことを本当に心配してくれていることが、うれしいけど、転勤の話を思うと、心が痛い。


「転勤の話があるんだろ?…….。」

「えっ?」

「ニューヨークだってな。」

驚いて、目を見開いて俺の顔を見ている。

「そう、だけど………。行けないよ。お母さんが心配だもの。」

亜里沙が、一口飲んだコーヒーカップを、ソーサーに戻すとき、かすかにコーヒーカップがふるえて、カタカタとなった。


 俺は、喜んでやらなければならない。判ってる。自分だって、やりたい会社を興している。一緒にいたいと言うのは、バカな男のエゴだ。まして母さんがこんな状態のままなんだから、先の見えない未来だ。喉の奥が苦しくて、それをゴクンと飲み込んで、ぎゅっと目をつぶって切りだした。

「おめでとう。亜里沙の夢がかなうんだ。行って来いよ。」

-ここで、亜里沙を手放してやらないといけない。-

俺は、思い切って口を開いた。

「亜里沙、結婚は白紙にしよう。ニューヨークに行け。この先どうなるか判らない俺の会社のことも、まして母さんのことで、もたもたしている俺自身も、お前には足手まといだよ」

返事を待たずに、振り返らず、店を後にした。

-強引でも、横暴でも、なんとでも罵倒しろ!―



 今、爆弾を頭に抱えたままの母さんのことを第一の優先としながら、立ち上げた会社のことをがむしゃらに頑張って、なんとかここまでやって来た。

 母さんは、今、仕事を辞めて少し残念そうだったけど、父さんとの時間を大切にしながら、結婚以来初めての専業主婦を満喫している。そして、昨日、家族で「おおみそか」を楽しんだはずだった。そして「正月」も楽しんでいたはずだった。


-あいつら4人、絶対グルだから!-

俺は、大きく首を振って、茶の間へと向かった。


 茶の間に入ると、テーブルがきれいに片されて、亜里沙のお土産だと言うチョコレートがお皿に盛られ、コーヒーが出ている。亜里沙は下を向き、弟の悟は冷やかすように俺を見て笑っている。父さんは、母さんの淹れたコーヒーを美味しそうに飲んでる。そして母さんは真剣な顔で俺をにらんでいた。

「これ、どういう事?」

「史也があんまり横暴だから、内緒でありちゃんに連絡してたのよ」

「知ってる。史也が母さんのことで、ありちゃんに負担掛けたくなかったってこと。でもさ、そう理解すると、母さんのほうが苦しくなってしまって。史也にも、ありちゃんにも、幸せになってもらいたい。」

「爆弾かかえている母さんだけど、この頭の爆弾は、何時って期限が無いんだから、その時その時に、やれることを精いっぱいやることが、誰にとっても悔いが残らないと思うのよね。」

「だから、史也にも、自分のことを優先してもらいたいの」

「当然、ありちゃんにも。そう思ったから、ありちゃんと連絡とっていたのよ。」

そう言って、母さんが笑った。父さんはいつの間にかコーヒーカップを置いて、泣いている亜里沙の背中を撫でている。


「私、自分だけで答えを出して、さっさと別れようとした史也の事、許せなかった。」

「でも、怒ったまま、ニューヨークへ転勤して、アパートに帰っても誰も待っていてくれない生活の中で、お母さんや悟君のメールに癒された。たまにお父さんが、笑っている史也の写真を送ってくれて、うれしくて、悲しくって、寂しくって泣いてた。」

「途中からは、お母さんがLINEに招待してくれて、4人でLINEして、いっぱい話してる。家族って、良いなあ。って,史也に会いたいなあって」

亜里沙はそこまで話して、肩を震わせて泣いた。俺は、背中をとんとんっとしている父さんを恨めしそうに見ながら、頭を掻きむしった。

―まったく、俺のいないところで、何やってるんだよ-


「母さんは、俺を優先してくれる。俺だけじゃなくて、家族を優先してくれる。俺だって、大切な人を優先させたかっただけだよ」

「母さんの病気とちゃんと向き合いたい。亜里沙の夢も壊したくない。それが、おれの優先したいことだったんだから。」

黙って話を聞いていた悟が話し出した。

「兄貴、俺だっているよ。今のところはさ、無条件で、母さんのことは父さんと俺に任せろ!兄貴は少しの間、亜里沙ちゃんのこと、優先してやれよ。」

「別居婚になるけど、ずっとじゃないだろうし、お互い思いやりながら、それぞれ頑張るって言うことで、良いんじゃない。家族ってそう言うもんじゃない。父さんと母さんと兄貴とおれたち、そうやって、家族やって来たじゃないか!」

「亜里沙ちゃんだって、俺たちの家族になるんだろ。」


「あっ、もうこんな時間よ。あなた、初詣、行きましょう」

そそくさと、母さんと父さんが玄関へ向かう。

「兄貴、俺、少し寝るからさ。少し二人で話しなよ。思いやるって言ったって、結局言葉が足りなかったら、相手には伝わらないよ」

悟は、ニヤニヤしながら、飲み足りないと冷蔵庫からビールの缶をもって、自分の部屋に戻って行った。


 突然、二人にされて、ましてや俺は、心の準備ができていなかったんだから、益々話ができない。どのくらいたっただろう、亜里沙が話し出した。

「私と結婚して。」

「私には、史也が必要なの。そして、貴方の家族が」

「………。なんだよ。俺は、家族のおまけかよ………」

「そんなこと言ってない!」


-まったく、良いところなしだよなあ。俺-


 もう一度、頭を掻きむしって、ため息をついた。

-俺は、この半年必死に亜里沙を忘れようとしてきたんだぞ。何だったんだよー


 もう一度大きなため息をついて、俺は、亜里沙を正面から見た。

「母さん、ああ言っているけど、俺自身がまだ、踏ん切り付けられないよ。これが自分のエゴだと判ってるよ。でもさ、亜里沙には、俺よりもっといい奴がいると思えるけど、母さんの病気は、もう治らない。そう思うと、マザコンだって笑われようが、大事にしたいんだ。」

「うん。判ってる。それでも、史也を離したくない。良いよ。二番目で良いよ」

「良いわけないだろ。亜里沙を一番にしてくれるやつを探せ!」

「いやよ! あなたが居てくれて、遠い将来かもしれないけど………。うううん、近い将来、貴方との子供が欲しい。そうして、また大晦日もお正月も、この炬燵で、家族と笑い合いたい」

「貴方が、私に家族のあたたかさを教えてくれたのよ。お母さんが、お父さんが、悟君が、私を家族として受け入れてくれた。」

「だから、私に、もう一度、貴方の家族になることを受け入れてください。お願いします」

炬燵のテーブルに付くほど頭を下げて、亜里沙が泣いた。


 亜里沙は、家族の愛情を知らないで大人になった。両親が交通事故で亡くなって、父方の叔父の家で高校卒業まで預けられていたから、叔父たちへの遠慮があって、家族に甘えると言うことを知らなかったんだ。

 大学生の時、付き合いだしてすぐに、母さんたちに紹介して、亜里沙は、すぐに仲良くなっていった。母さんなんか、娘が居なかったから、とんでもなく大喜びしていたっけ。

 俺は、もしかして、亜里沙に対して、残酷なことをしていたのかもしれない。初めて、気づいた。やっと出来た家族を、亜里沙に夢を続けて欲しいなんて言って、取り上げていたんだ。はっとして、亜里沙を見ると、まだ、頭を下げたまま泣いている。思わず、亜里沙の横へ行って抱きしめた。気づくと少しやせたような気がする。

「ごめん。ごめん。俺、結局、自分の事しか考えていなかったな。」

「本当は、この半年、亜里沙の事、忘れられなくてさ、昨日も亜里沙の事思い出していたんだ。バカだよなあ。俺。」

「こんな風に、亜里沙に言ってもらって。家族にも、特に母さんにまで心配かけた。」


 ただ、黙って抱き合って、気づくといつの間にか冬の夕日が窓から茶の間に入ってきている。なんか、その日差しがあったかく感じて、もう一度、亜里沙を強く抱きしめた。

「結婚しよう。今すぐだ!」

うん、うん、と首を縦に振って、亜里沙は泣いている。幸せだった。腕の中に、亜里沙がいる。


-なんで、あんなに簡単に手放そうとしたんだろう。-


 家族のお陰で、大切な宝物を取り戻せた。涙がこぼれそうになって、ごまかすように、茶の間の天井をにらんでいると、

「ただいまあ」

と、にぎやかに、母さんと父さんが帰ってきた。

「ねえ、屋台がいっぱい出ていてね。いっぱい買っちゃった。」

「ほら、イカ焼き、焼きそば、たこ焼きも、ねえねえ、たい焼きも」

「悟!、降りといでー!」

2階から、ドカドカと降りてきた悟が歓声を上げる。

「うへー!俺の好きなイカ焼きだあ!」

「母さん、みんなで飲もう!」

「父さんは、熱燗?」

「ありちゃん、たこ焼き好きだったわよね。いっぱい買って来たから、遠慮しないでよ」

「ほら、史也の好きな、ケバブーも有ったからね。」

いっきに賑やかになって、さっきまでのシリアスなムードは、胡散霧消とばかりに、いつもの我が家のペースになってしまった。


 母さんが台所で、お皿やグラスを用意して、亜里沙を呼んでいる。

「ありちゃん、これ、運んでー」

「はーい。 後なんかありますか?」

「そうね、そのお重も持って行って」

手際のいい母さんは、次々にお皿に盛り付け、とんとんと正月の飲み会の延長戦を開始した。

やっぱり、悟はちゃっかりと、父さんに酌をし、母さんのグラスにワインを入れ、亜里沙にまで、ビールだよねと注いでいる。

また、悟に先を越された。

みんなで、乾杯をした。

「くうぞー!」

「あっ、それ俺のケバブー!。何、先に食ってんだよ!」

「誰のでも、ねえじゃんか。早いもん勝ちだろ。」

悟は、こういうところも抜け目ない。亜里沙を笑わせてくれている。


-悟、ありがとな。母さんの事、よろしく頼むよ。俺、亜里沙が落ち着くまで、ニューヨークへ行ってくる-

ニヤニヤしているだけの悟に、俺も、心の中だけで、礼を言った。


 我が家の正月も、結構あったかい。


 その後、俺と亜里沙は、ほろ酔い気分のまま、市役所に婚姻届けを提出した。

 久々の恋人つなぎの俺と亜里沙には、この冬一番の寒さも苦じゃなかった。

 高気圧の張り出した、寒い寒い空には、都会には珍しく、星が流れた。







最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「お正月」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第31回 お正月 と検索してください。

声優 岡部涼音が朗読しています。

よろしくお願いします。


1部おおみそかも、2部お正月も、一話完結です。

ただ、家族ってなに?のテーマとしては、悟も父さんもまだ描きたいことがあります。

いつか、二人のことも書ければと思いますので、完結とはしないままにいたします。

忘れたころになるかもしれません。




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