おおみそか
「ただいまあー」
「思ったよりも、早かったじゃない?」
「うん。ここで、完成じゃないから、キリのいいところで終わりにしてきたんだ」
「そう、大変ね。大みそかまで」
「まあ、仕事なんて、こんなもんじゃないの」
ここ何年かの、いつもの会話だ。
母さんが玄関のドアを開けてくれて、父さんが茶の間の炬燵で、一日早いおせちで一杯飲んでる。これも例年のこと。
「わあ、旨そう。母さん、俺も飲みたい」
「自分でコップ持って行って。お箸もね」
母さんは、正月の準備で手が離せないと言いながら、俺の好物のカズノコのしょうゆ漬けを皿に持ってきてくれる。
「ありがと。今年も作ってくれたんだね。うれしいなあ」
「ふふ、史也の好物は、外せないもんね」
「父さん、まあ、一杯」
と、徳利を持って、父に一年のねぎらいをする。
「お前は、ビールか?」
父さんが、ビールを注いでくれた。ぐい飲みとコップをカチンと合わせ、黙って飲んだ。
母さんが、テーブルに着かないと、我が家はこんなもんだ。
「悟は?」
「急いで、帰って来てるみたいよ」
「見たいってなんだよ?」
母さんが、にっと笑って、スマホを見せる。悟とのLINEの画面で、何かのキャラクターが必死に走っていた。
「母さん、携帯変えたんだ」
「これ、便利ね。文章打たなくっても、相手に言いたいこと伝わるもんね」
「ゲームも出来るし。色々と検索も出来るし」
楽しそうに、これも何かのキャラクターが敬礼して了解!のスタンプを送ってる。
「時代だね。母さんがスマホだよ!」
「おれも、おれも! 母さん、ほら、フルフル!」
「そうだね。ハイ!」
と、嬉しそうにスマホを出して、フルフルとして画面が切り替わるのを見てる。
「よし、これで、お互いらくちんだね」
「まあ、LINEなら、史也ともちょこっと連絡取れそう。良かった。」
「父さんは?」
「当然、一番繋がってないといけない人だもんねー」
と、母さんが父さんの顔を見た。父さんは、黙ってうんとうなづくだけ。
親父と二人、ただ黙って静かに料理をつまんで、大みそか恒例の歌合戦を見ながら、それぞれの杯をかたむけているうちに、ドアホンが鳴った。
「悟ね。」
いそいそと、うれしそうに、母が、玄関へ行く。
「母さん、あのスタンプ、うける!」
「でしょう? 可愛いなあって思って、父さんに見て貰って、買ったのよ」
「この休みのうちに、俺も、なんか見つけてやるよ」
「うれしい!」
寒いのに、玄関で、LINEスタンプの話で盛り上がっている。二人が仲良く話をしていることに、疎外感が
.........
「おい、悟、早く来いよ。久しぶりに、飲もうぜ」
「兄貴、早かったんだな。」
こちらも母さんに言われて、キッチンからコップと箸をもって、茶の間に入って来た。
「親父、何飲んでるの?」
悟は、テーブルの徳利をもって
「お疲れ様、来年もよろしく!」
ちゃっかりと、ねぎらいだけでなく、来年の挨拶まで済ましてるよ。
-次男だなあ-
「悟、ビールで良いか?」
悟のコップに、ビールを注いでやると、
「母さん、まだ? 乾杯ぐらい一緒にやろうよ」
これも、次男発言。俺だって、そうしたいと思いながら、キリのいいところまでやりたいのかと、言わなかった言葉も、こいつは空気読まずに、思ったことを言っている。
-得だよな。俺は、色々考えすぎて、言えずに終わってしまう-
「うん、そうね。乾杯だけは、一緒にやろうか」
そう言って、母さんがワイングラスと、俺が持参したワインをもってテーブルに着いた。
「おっ、旨いやつじゃん」
「うん、史也が持ってきてくれたんだよ」
うれしそうにしている母さんの横で、父さんが黙ってボトルを空けている。
「乾杯!」
ぐい飲みとビールのコップとワイングラス、てんでんばらばらなようだけど、我が家のおおみそかは、結構あったかい。母さんが
「美味しい。ありがとね。今年も、飲めてうれしいなあ」
聞こえるか聞こえないか判らないほどの小さい声で言って、笑っている。
「さあ、食うぞ!」
悟が、雄たけびを上げた。
母さんは、あと少しだから、やっちゃうねとまたキッチンに戻り、おせちの準備を始め、悟が、きんぴらも、伊達巻も、あらかた食べて、足りないと、持参したローストチキンを食べだした。
何気にテレビに目をやると、歌合戦の中間発表をやっている。
おふくろは、中間発表を気にして、キッチンから顔を出して
「どっちが優勢?」
と、尋ね、
「赤が優勢だ」
親父が、言葉少なに伝えた。
―おい! ほんとか?-
白組優勢と、イケメンアイドルたちがはしゃいでいたじゃないか!と、心のなかでつぶやくが、うれしそうにしている母さんの顔を見れば、訂正する必要はないと納得。父さんもちょっとうれしそうに母さんを見てる。なんて言う人なんだ。父さんは!
悟と俺は、顔を見合わせて、苦笑いする。
―まあ、途中経過だからね。知らぬが仏と言うことにしておこう―
これは何というか、やっぱり俺は、白組を応援してる。弟の悟も白組のはずだ。普通、男女対抗であれば、男は男を応援するんじゃないかと思うが、普通は。我が家の父上様は違う。すべてのことに於いて、「母上様、大事」とばかりに、何でも母さんを優先するので、こんな時でも、母さんの応援する気持ちが、父さんの判断基準なのだ。
また、こんなふうに、くだらないことでも母さんを優先させていることなんか父さんはちっとも、気づいていないし、母さんも、きっと気づいていない。小さい頃から、息子たちよりも母さんを優先させる父さんしか見ていなかった俺は、それを常識と思っていて、自然と家の中では、母さんの言うことを優先してきたから、『マザコン!』と、からかわれるようになって、大恥をかいた。当然、悟も同じだろう。
でも、当然、付き合った女性には、優しい。優しかった。はずだ。でも、でも、俺は、半年前、彼女を泣かせてしまった。そして、会社を興して、ここ3年ほど踏ん張ってきて、来年には結婚したいと思っていた彼女と別れた。知っている。ずっと待たせていた彼女だった。それを思うと、目の奥がツンとするのを、瞬きをしてごまかして、ビールを飲んだ。
歌合戦が、佳境に入ったころ、母さんはやっと茶の間に座った。悟がまた、ちゃっかりグラスにワインを注いでやってる。もう一度、乾杯をして、ワインを飲みだした。歌合戦の歌手の話は、母さんが入ったことで会話が弾み、いつの間にか、紅組のトリを飾る歌手が歌い始め、母が絶叫した。
「あー、今年は白組が大トリじゃない。いやだー!」
父さんが、複雑そうに笑い、俺と悟は、母さんに茶々を入れた。
「今年は白組が大トリだと言うことが言い訳か。去年は、引退を決めた大御所の歌手が居たからと言い訳していたっけ?」
「そうだよ。実力差だと認めなよ」
「まだ、判らないでしょ!」
「母さんが、先に言ったんじゃんか」
なんだかんだと言い合っているうちに、判定が下り、なぜか、なぜか!紅組の勝ちとなり、上機嫌な母さんまで、番組恒例のホタルノヒカリをいっしょに歌っている。
あっと言う間に、今年もあと15分。テレビは、各地の大みそかの様子を映し始めた。
さっきまでの喧騒は終わり、でも、母さんは当然上機嫌なまま、年越しそばと徳利とお猪口を乗せたお盆を銘々の前に運んだ。父が、そして俺が、それぞれのお猪口に日本酒を入れ、黙って4人がお猪口を持った。
「今年一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします」
父さんが、そう言うと、皆が復唱するように言った。
「今年一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします」
父さんと、母さんと、悟と、それぞれ乾杯をして、ぐっと飲み干す。
「さあ、食うぞ。母さんのそば、楽しみにしていたんだよね」
また、悟に先を越された。
-まったく、こいつは抜け目ないんだよなあ。-
苦笑いしている俺に、母さんが言った。
「史也、時間無いよ! 年越しちゃうよ。」
「みんな、美味しいうちに食べてよ。」
我が家のおおみそかは、結構あったかい。
何げない、どこかにありそうな家庭の大みそかをお送りしました。
史也の失恋のことは、何かわけがありそうでしたが、取り敢えず、おだやかに年を越せそうです。
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第24回 おおみそか と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
よろしくお願いします。