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48.プロローグ

 ザザッ、ザーーッ!


 無線機からノイズ混じりの音が響き「通話可能」の意味としてランプが輝く。

 それを手にした男はヘルメットを目深にかぶっており、周囲の者たちも同様の迷彩柄の服を身につけていた。


 辺りは無人のオフィス街であるため完全武装には至らない。しかし緊迫した空気には戦場とまったく同じ香りが漂っていた。


「こちらの準備は完了した。正確な残り時間を教えてくれ」

「了解、モンスター出現予測時間は、残り17分22秒。繰り返す……」


 青白い街灯を浴びながら、周囲にいる者たちは腕時計を正確にセットする。

 この時間帯はひっきりなしに車が行き交っているはずだが、いまは数台の重装甲車によってふさいでいる。反対側も同様だ。


 手にした火器は量産性にすぐれた短縮小銃カービンであり、ひとたび引き金を絞れば5.56mm弾が30発ほど吐き出される。欧米などと比べると銃身はやや短めで、これは日本人の体格に合わせているらしい。


 いかにも無骨なフォルムをしており、それを手にした者たちもまた良く鍛えた体格をしている。

 政府は火器の使用を限定的に認めたが、遵守をするのには熟練の技術が必要だった。周囲から市民を遠ざけるのはもちろん、指定範囲外まで弾が飛ぶことを絶対の禁止としている。


 これは先日の事件、機動隊員らの戦場においての教訓でもある。建物を穴だらけにしたら地価を下げるだけでなく、市民の不安を煽ってしまう。配慮をしなければ、ゆくゆくは悪い結果が待っているだろう。


 そのため水平および上空に向けての発砲は許されていない。高所からの撃ち下ろしが基本であり、また対象は「魔物」と認定されたものだけだ。


 最終の指示を受けた彼らは、ばらばらと無人の路上に散ってゆく。

 6名体制とやや少ないが、それは前述の理由、無駄な弾丸消費を避ける意味がある。


 それぞれ配置に辿り着くと、彼らは路上のアスファルトに銃口を向ける。大きなバツマークは先ほど隊員が描いたものだ。

 つまりは、ここにモンスターが出るぞという意味があるらしい。


 日本がゆっくりと変わっていると、汗をぬぐいながら男は思う。

 未来予知めいた「予言」を、今ではもう誰も疑わない。当たるも八卦くらいの的中率であれば良かったものを、と階段の踊り場から暗視スコープをのぞき込みながら考えた。


夷隅いすみ隊長、これで俺たちの討伐数は13体目ですか。他部隊と比べてべらぼうな成績らしいですね。モンスターなんてわけの分からない奴らを相手に、どうしてそれだけ戦えるんです?」


 そう声をかけてきた男に視線を向ける。まだ若いが度胸のある男だ。連日の徹夜任務に対しても文句のひとつも言わないあたり、これからの成長も期待できる。

 隊長と呼ばれた男は、「へっ」と口元を笑みの形に歪めた。


「結局さ、陸上自衛隊ってのは意地がねーとやってけねえんだ。こんなのでも思い描いていた戦場よりずっといいと俺ぁ思うぜ」

「はあ、意地、ですか……」


 若い者というのは精神論が通用しづらいし、実際に悪影響もあるものだ。なので怒鳴るようなことはせず、夷隅いすみは口元だけの笑みをより深める。


「俺たちが活躍するときは、もう駄目なときだ。空と海がやられてんだから、どうしようも無え。最後の悪あがきをするために、俺たちは血ヘドを吐いて身体を鍛えてるわけだ」

「いわば意地の塊ってわけですか。そりゃあモンスターも逃げ出しますね」


 かはっ、と男は笑った。

 上司に聞かれたら小言どころでは済まなそうな会話だが、命をかけているのは彼らであって上司などではない。以前の管理されきった状況とも、また変わってきているのではと夷隅は思った。


「と、時間だ。今日こそは謎の女ってやつが助けに来れば良いな」

「テレビでよく流れている人ですか。こんな職業に就いているんですし、一度くらいは見ときたいものですね」


 冗談のつもりだったが、若者は意外にも乗り気だった。馬鹿か。戦場で女に頼ったらお終いだぞ。

 そう思いながら小銃をアスファルトの路上へと向けた。


 こんな戦いのほうがマシだと言ったが、それもまた冗談だ。濃密に漂う闇の匂いってのは、この場所にいなければ理解できないほどおっかない。

 ずずん、と周囲が夜よりも暗い色へと染まり、重力が増したように両肩に乗っかってくる。こんなのは慣れたらダメな奴なんだ。


「デカいぞ、該当無しか?」


 闇色の塵を周囲に撒いて、ずずう、と地中から盛り上がってくる。

 スコープに映るのは巻き角、そして長い鼻先だった。


「……該当、無し。新種と断定!」

ぇッ!」


 すぐさまパパアッと無数の弾丸が吐き出される。

 なるべく人体に致命傷を与えないよう開発された小銃とあって、発破音は甲高い。鯨のような頭をしたモンスターは真っ白い肌をしており、背中や腕を次々と穴だらけに穿ってゆく。


 しかし、絶叫音は聞こえて来なかった。


 のそりと名も知らぬモンスターは動き、アスファルトに落ちた己の影に触れるように両手を伸ばす。すると、ずるんと影が立体的に持ち上がる。


 ビスビスと食い込む弾丸は相変わらずだったが、手にしたそれを身体にまとい始めた個所は……火花と共に5.56mm弾さえもがはじかれてゆく。


「ッ!? なんだ、こいつはアッ!」


 伝わってくる圧迫感はこれまで味わったことが無いほど重い。嫌な予感というのは戦場において身につけたものであり、疑う余地など無い。

 すぐさま夷隅は無線機に指示を出した。


「高レベルの新種が出た! 後藤って奴を呼んでくれ!」


 唾を飛ばしてそう叫ぶが、返ってくる声は電子機器による無機質な声だった。


『個人情報に触れるため、特定の単語を削除いたしました』

「馬鹿か、そんな技術を無線に……分かったよ、通称……なんて呼んでるんだ、あれは」


 ぐううと唸り、夷隅は頭を抱えた。

 後藤という名前は比較的多くの者に伝わっているが、彼女は一貫して「Aさん」という偽名を使うように希望している。また彼女が一般人であるにも関わらず、モンスター殲滅に関しはトップクラスの能力があることから、政府としては無理やりに「後藤という名で通信をするな!」というシステムを組んだのである。


 技術班を恨みつつも、部下の「A、Aです」という指のジェスチャーを睨みつけた。


「エースで良いのか? 良いんだな? エースの投入を要請する! 至急、新宿青梅街道エリアにエースを投入してくれ!」

「了解した。エースという響きは本人も気に入るだろう。これより要請を行う」


 どどお、と火炎が球状に膨れ上がり、辺りの光景は様変わりをした。



 これが今の日本であり、モンスターとの戦いが日常に置き換わった世界だ。異質なものが毎日のように溢れ始めてはいるが、この国は世界でも類を見ないほど逆境に順応しやすい。


 やがて世界に対して大きな隔たりが生まれてゆくのだが、戦い続ける彼らは何も知らなかった。

本日「日本へようこそエルフさん。」の第2巻が発売されました。

コミカライズ版の連載も始まりましたので、合わせて活動報告をご覧くださいませ。


また、本作「気ままに東京サバイブ」におきましても書籍化が決まりましたので、この場でご報告をいたします。


出版元となるレーベルはPASH!ブックス様。

発売日や絵師様についてなど詳細は後日報告をいたしますが、床を転がって喜ぶほどの素晴らしいイラストレーター様です。


これからも両作品をどうぞ宜しくお願いいたします。

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『気ままに東京サバイブ②』は、11月29日発売です!
(イラスト:巖本英利先生)

表紙&口絵

コミカライズもコミックPASH!様にて11/27に掲載予定です。
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