プロローグ
んんーー、と唸りながら前のめりでモニターを覗き込む。
手元のコントローラーをかちゃかちゃ弄っている通り、今は楽しいゲームの真っ最中だ。
といっても銃でドンパチするシビアなやつだから俺の目つきも悪者みたいに険しくなっており、本当に楽しめているのかは自分でも謎だ。
「あっ、こらこら馬鹿馬鹿! なんでだよ、ついさっきまで近くに仲間がいたじゃん! なんで俺だけぽつんと一人で……ちょっ、こっ、あっ、あ゛ーーっ!」
どどん、と周囲が爆発をして「A」という適当な名前をつけた俺のキャラクターは死んだ。
戦果画面には下から二番目という堂々たる成績が表示されており、ビリの奴は回線落ちだか何だかで勝手にいなくなった奴だ。
俺は「ああー、もうヤダー」なんて喚きながら、椅子からベッドに転げ落ちてゆく。
もうほんっと駄目。
銃で照準つけるのほんっと難しい。
いくらやっても上達しないのに、なんか面白そうな感じがするからついつい買っちゃうんだよ、FPSって。
戦闘画面が派手だし、動画とかを見ても視聴者と一緒に盛り上がってるみたいだったからさ。
だけど実際に遊んでみたら俺が派手に死ぬだけのシーンばっかりで、ちょっとしたNG集みたいになっている。
もっとこうバンバン敵を倒して遊ぶゲームじゃないのかよ。気がついたら俺だけがバンバン死んでるじゃん。
思わず涙目になるほど悲しいのは、これに少なくない金を払ってるってことだ。
「ったく、最後まで粘着するURYとかいう奴までいたし最悪だよ。あいつ絶対にリアルでも性格が悪いぞ。いーや、もうやんない。飽きたし」
などと文句を言いながらムクリと身体を起こす。気がついたらもう夕方で、窓の向こうは暗くなりかけていた。
得るものは何もなく、失ったものはゲーム代と貴重な日曜日という時間だ。こんなことに費やしてしまった罪悪感のようなものが胸の奥に溜まる。おまけに腹も減った。
あーあ、ひどい週末だよ。なんてブツブツ不平や不満を漏らしながら、適当な晩飯を作り始めることにした。
ぽち、ぽち、と適当にテレビのリモコンを押してゆく。
そして宇宙に関するテレビ番組が流れていてリモコンを操作する手は止まった。
いや、これも大して面白い番組だったわけじゃない。物理学のお偉いさんが意味の分からないことを自信満々に語っていて、なんだそりゃと思っただけなんだ。
なんでも彼らが言うには、この広い宇宙にはたくさんの不思議なできごとがあり、水ではなくガラスの雨が降る惑星があったり、数千年ものあいだ消えることのない嵐、果てはダイヤモンドの塊となった星もあるらしい。
ほんとかどうかは分からない。嘘だとバレるのは何百年もあとかもしれないし、言った奴は出てこいと宇宙船に乗った船員が怒るかもしれないぞ。
気が向いたので番組はそのままにし、一人暮らしなので俺の好きなものだけが入った冷蔵庫を開けて、ビール、それからウィンナーを軽く焼いたものを手にして戻る。
こんな手抜き料理の代わりじゃないけど、番組からの聞きかじりを自分なりに料理してみることにした。もちろんそれを伝える相手なんていないし、寝たらきっと忘れちゃう。超眉唾のアホでバカな考えだ。
「うん、そうだな――」
たぶんだけど、宇宙のような見果てぬ世界に夢を描くのは、もうずっとずっと前から、それこそ人類が生まれたときから続いていると思う。
大海原の先にあるものや鬱蒼と茂るジャングル、太陽の光さえ届かない海底、そして今度は決して届りつくはずが無かった宇宙だ。人間ってのはそうやって未開の地を広げるという強い本能があったんじゃないかな。
そしてお日様を中心とした太陽系には46億年というクッソ長い歴史がある。
さっき見た変な惑星シリーズもそうだけど、一貫して言えるのは「安定している」ってことだろうな。そんだけグルグル回ってたら、何だって安定するに決まってる。ただの牛乳だってバターになっちまうさ。
そうして星同士でぶつかるような機会まで皆無になると、今度は恐ろしいくらい静寂そのものといえる「完成」が待っている。
宝石のように息を飲むほどの美しさを持つ惑星が誕生して、珍しいですね、綺麗ですね、お疲れ様でした、というちょっぴり悲しいエンディングを迎えてしまう。
砂場で作ったぴかぴかの泥団子と一緒だ。あれがどうなったのかなんて誰も覚えていない。
安定しきった世界を太陽系は迎えて、やがて飽きたころに太陽が爆発してジ・エンド。
ああ、これも泥団子の最後とあんまり変わらないや。
かたんとビール缶をテーブルに置く。
頭がぽやぽやしていて気持ちが良い。
肩紐を指でずらしてたるませると、胸の重さもあまり気にならなくなる。そのまま過ごしやすい短パンであぐらをかいて、ふぃーと女らしからぬ酒くさい息をした。
えーと、何を考えていたかな。そうそう、完成したあとの宇宙の話だ。
そして思うのは、完成し尽くした惑星から見たら、地球というのはすごく羨ましいんじゃないかってことだ。
気象も地殻もまだまだ安定をしておらず、うじゃうじゃいる生物がどうなるかなんて誰にも分からない。
いまだに発展をし続けている様子を見たら「俺もそういうのやりたいなー」と他の惑星も思うかもしれないぞ。
などとまるで結論にも至っていないのに俺は勝手に満足をし、窓の向こうの満月を眺めて「うん」と頷いた。
このときは知らなかったんだ。
不安定なこの星に、もうひとつの不安定な材料が加わったことを。
それはまだ地球に存在していない不可思議な力を持った固有体であり、都市圏において世界で最も人口密度の高い、緯度35、経度139の東京都に狙いを定めていた。
そして明日を境に「後藤 静華」という会社勤めのサラリーウーマン――と呼ぶのはもう死語になったのか――は、彼氏なんていないし興味もないような女の生き方を大きく様変わりさせた。
そう、これまでの常識なんてものが全て吹き飛ぶほどに。