80 悪役令嬢は王太子と決別する
「マリナ」
「セドリック様」
輝くほどに美しい少年少女は、互いを見つめて笑いあった。脇に控えている侍従達から、感嘆の溜息が漏れる。
王妃の茶会に呼ばれた母についてきたマリナは、何やかやと理由をつけては三日と空けずにセドリックから王宮へ招かれていた。今月に入って何回来たか分からない。
「今日は向こうの花壇が咲いていたよ。君に良く似合う青い花だ」
そう言って、マリナの手を引いて、迷路のような庭園を進んでいく。無意識に手を繋いでいるのだろうが、前世と合わせて三十路を超えたマリナでも時々ドキッとさせられる。
「僕はこの庭園を知り尽くしているから、迷わないよ。大丈夫」
セドリックはマリナの手の甲を撫で、優しい声で語りかけ、自分より少し背が低いマリナに視線を合わせて微笑む。マリナの不安を察したかのようである。女装好きで脱がされ好きの変態王太子ではあるが、こういうエスコートの才能は流石である。貶して嫌われようにも指摘するところはない。貶したところでセドリックの目が期待に満ちてくるだけだが。
迷路を抜けると、こんもりとした木が茂っている。庭師がきれいに丸く刈り込んだものだ。丸い形の中にところどころ青いものが見える。
「この木には年に二回花が咲くんだ。青い花はちょうど今頃。深い色が鮮やかだろう」
楽しそうに花の説明をするセドリックに視線が縫い付けられ、マリナは花を見つめることができなかった。セドリックの瞳の色と花の色はよく似ていると思う。
「君にはこういう青い色が、本当によく似合うね」
一輪摘み取っては、マリナの銀髪に挿す。
ゲームの中で、キャラクターにはテーマカラーがあった。王太子が自分の色である青を推してくるのはどういうわけか。青い目だからか。
「花はすぐに萎れてしまうけど、もう少し大人になったら、萎れない青を君の頭に載せてあげるよ」
王太子妃のティアラには青い宝石、サファイアがついていると聞く。萎れない青とは戴冠のことだろうか。
「セドリック殿下、私はあくまで候補の一人にすぎませんわ。王立学院に入学すれば、もっとたくさんのご令嬢が殿下のお傍に……」
「要らない」
繋いだ手に力が入るのが分かった。
「殿下?」
「君しかいらないよ、マリナ。僕は君がいてくれたら……」
「待って。ま、ちょ、一旦止めて」
「どうしたの?」
セドリックの視線がマリナに注がれる。熱っぽい青い瞳に若干引いた。セリフも動作もヒロインが王太子ルートに入ったときのイベントと同じだ。場所と彼の年齢が違っているだけで。このまま告白されて、手の甲に口づけられたら終わりだ。ヒロインに対してと同じだなんて、口説き方がワンパターンなのか。
「あの、ですね。そのような発言は慎んでください」
「いけないかな」
「未来の国王となられる方が、軽々しく女性を口説くのはよろしくありませんわ」
「マリナは、僕に口説かれるの、嫌?」
文句の付けどころのない美少年に縋るような目で見られて、マリナは逃げ出したくなった。妹達に指摘されるように、マリナは美少年を見るのが好きだ。前世でもテレビにアイドルが出ていれば録画して繰り返し見ていた。が、あくまでも観察対象として好きなのであって、この変態王子は……。
ここでセドリックに対して、口説くなと言えば分かってもらえるのか。王太子には必ず侍従が付き添っているから、人目を気にして恥ずかしがっているだけだと思われるのがオチだ。どうしよう。
……よし。
マリナは息を吸い込み、背筋を伸ばして胸を張った。自然に目が座る。
「セドリック様に口説かれても、私、何とも思いませんわ」
王太子は目を見張った。
――やった!
意表をつけたとマリナは内心小躍りする。
このあたりでガツンと言ってやってもいい気がする。
「どういう、意味かな?」
「私、剣の稽古を逃げ出すような方に魅力を感じないと、以前も殿下に申し上げましたわね。学問の講義の時間に呼びつけて口説くような、王太子として責任感のない態度が許せませんの」
「そんな……」
呆気にとられているようだ。成功だ!
とうとうマリナは、王太子セドリックに嫌われることに成功した。……多分。
それからしばらく、彼女が王宮に呼ばれることはなかったのだから。
◆◆◆
天蓋の内が闇から解かれ、エミリーが起き上がる。
客間の椅子で寝るのは身体が痛かったので、寝室に戻って寝たのだった。アリッサがレイ様レイ様とぐずぐずうるさく、自分の安眠のために催眠魔法をかけて寝かしつけた。
それから少し経ったようだが、思っていたほど寝ていた時間は長くはない。窓の外を見れば、照りつける太陽の下でジュリアがアレックスと剣を打ち合っている。
いつも通りの光景だ。
が。
「……あ?」
何か叫びながら練習していたはずの二人が、ほぼ同時に剣を投げ捨てたかと思うと、ジュリアがアレックスを押し、勢いよく倒れこむ。鼻先を突き合わせて、キスしているように見える。
「何、あれ」
エミリーは自分が作った薬を思い出した。あれはどこに置いたんだっけ。
「やば……」
滅多に走らないお嬢様が鬼気迫る表情で駆けて行ったのを、廊下にいた使用人達は驚いて二度見したのだった。




