表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 5 婚約騒動と王妃の茶会
97/616

79 悪役令嬢は毒薬を呷る

「よし。できた」

にやり。笑みがこぼれた。

ハーリオン侯爵家の地下にあるエミリーの研究室は、地下だというのに魔法球で明るく照らされ、風魔法で換気も完璧である。マシューによる遠見魔法の力を感じなくなり、夜はエミリーにとっては楽しい実験の時間となっていた。

一口に魔法薬と言っても、実質は薬草の知識をベースに魔法のエッセンスを加えたものが主流で、前世で言うところのサプリメントのようなものが多かった。エミリーは、魔法を感知する能力に長けており、市販の魔法薬に何の魔法がかけられているかすぐに分かった。後は薬草さえ揃えれば、自分で魔法薬が作れる。

アリッサとアレックスの婚約の話を聞いて、すぐに実験室に籠り、魔法薬作りに没頭していた。換気用の小さな窓から光が差し込むところを見れば、朝になったのか。予定より作成に手間取ってしまった。完成した魔法薬は無味無臭無色透明の液体だ。薄紫色の小さな瓶に流し込み、しっかりと蓋を閉めた。

パンパンとローブの埃を払い、エミリーは侯爵の自室に向かった。


「お父様は?」

部屋の前を歩いていた従僕に問う。侯爵は明け方に外出したようだ。

「いつお戻りになるの?」

「存じません。国王陛下からの急ぎのお召しと伺っております」

「そう」

すぐにでも薬の効果を確認したいところだが。残念だ。

「お母様は?」

「奥様はマリナ様をお連れになり王妃様のところへ。ジュリア様はヴィルソード侯爵様のお屋敷にお出かけです」

「そう」

家族は出かけてしまったようだ。アリッサは不貞腐れて寝ているし。何だ。つまらない。

昼寝でもしていれば誰か来るだろうか。エミリーは手近な部屋に入り、こぼれないように薬瓶をテーブルに置くと、長椅子に横になり目を閉じた。


   ◆◆◆


ドサッ。

「いてっ……何すんだよ、ジュリアン!」

ヴィルソード家に馬車が着くなり飛び降り、ジュリアは玄関先で出迎えたアレックスに掴みかかった。弾みで後ろに倒れたアレックスが植栽に突っ込む。

「婚約したことをなぜ言わなかった!」

頭についた葉を払い、アレックスは目を丸くした。ジュリアは続けた。

「婚約なんて、大事なことだろう?……それを、親友の私に隠していたのか」

男のふりをするときは自分を「俺」と言うジュリアだが、気が昂っているので言い回しに気を配れない。

「ジュリアン……」

アレックスはジュリアから目が離せなかった。紫色の瞳から涙が溢れている。

「私は、お前にとってその程度の存在だったんだな。親友だと思っていたのは私だけで」

すぐさま立ち上がり、アレックスはジュリアの両肩を掴む。

「離せ」

「嫌だ」

「親友でも何でもない奴に触られたくない」

「嫌だ。離さない。……何を誤解してるのか知らないが、俺は婚約なんかしていない」

「本当か?」

涙目でアレックスを見上げると彼の頬が赤くなる。

「父上は、伯爵家に断りを入れたと言っていたからな」

「伯爵?うちじゃないのか?」

「ハーリオン家?そ、そんな話があるのか?」

アレックスの声は明らかに動揺している。親同士が決めた、彼の知らない話なのだろうか。

そう思うとジュリアの気持ちに少し余裕が生まれ、指で涙を拭う。

「アリッサが、オードファン公爵家のレイモンドと付き合ってるのは知ってるだろ」

「ああ。お前の家に行くたびに、何度も惚気られたからな」

「二人がキスしているのをお父様が見たんだって」

「げ」

「だろ?で、どうやら噂になってるらしくてさ」

アレックスは貴族の噂話に興味はないし、騎士団長の父も(効率の良い筋トレ法の話以外は)噂に疎い。初めて聞く話だった。

「怒ってお前とアリッサの婚約を決めた」

「何だって!?」

「私、や、俺もびっくりしたよ。マリナがお父様に話をつけに行ったけどダメで」

「俺聞いてねーし。……なあ、アリッサは家にいるのか」

「いるよ。外出禁止だもん」

「直接話して、何とか両方の親を説得する方法を探したい。俺は、婚約なんてしたくない」

想いの籠った目で見つめられ、ジュリアは胸が苦しくなった。巻いている布を締めすぎたのかもしれない。

「……分かった。一緒に家に行こう」

杞憂に気づかれないように笑顔を作れば、アレックスも少し微笑んだ。


   ◆◆◆


「アリッサはまだ寝てるの?」

「はい。何度か朝のお支度に伺ったのですけれど、ベッドから出たくないと仰せで」

「はあー」

ジュリアは髪を解き、大げさにかきむしった。後ろを振り返り、アレックスに向かって

「今日はダメみたい。折角来てくれたのに悪いね」

と謝った。

「いや、いいんだ。気にすんな、また機会はあるだろ」

「どうだかなあ」

長椅子に座りテーブルの上を見る。薄紫色の小瓶が目に入った。

「これ……」

「薬?」

「ああ、エミリーの魔法薬だよ。ええと……紫の瓶は確か、滋養強壮だったかな。よくお父様に作ってあげてるんだ」

「へえ。効くのか、それ」

「疲れてる時に飲むといいんだよ。あと、激しい運動の前にも」

「じゃあ、剣の練習の前に飲んでみようぜ。また作れるんだろ?」

「うん。半分ずつね」

「えっ……」

アレックスは口ごもった。効果がある薬を一人占めしようとしていたのか。

「戦いはフェアじゃないとな。ああ、寄越せ、先に飲むから」

「ちょっと待て」

「お前が先に全部飲んだらたまらないからな。……ん、く。ほら、残り半分だ」

薬瓶を手渡され、しばらくそれを眺めていたアレックスだったが、一気に呷るとテーブルに瓶を置いた。

「……い、行こうぜ、練習」

「そうだな」

二人は中庭に走り出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ