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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 5 婚約騒動と王妃の茶会
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74 悪役令嬢は思い出に絶望する

出発から五日後。

ハーリオン侯爵は邸に戻ってきた。

「マリナ!」

廊下を駆け抜け、四人の私室のドアを開けたジュリアは、姉に抱きついた。

「お父様、今回はすっごいお土産を持ってきたよ!」

「な、何かしら?宝石?」

「ちがーう!」

ぐいぐい手を引いて、廊下へ連れ出そうとする。

「ちょ、何、ジュリア?」

「マリナは絶対喜ぶと思うね」

歯を見せてにやりと笑った。


居間に着くと、アリッサとエミリーが魔法薬の本を読みながら話しているところだった。クリスは乳母とボールを投げて遊んでいる。侯爵夫人は傍らの椅子から立ち上がり、玄関へ夫を迎えに出た。

「お父様、お帰りなさい!」

部屋のドアが開き侯爵の姿が見えると、アリッサが本から目線を上げて声をかけた。

「ただいま」

ハーリオン侯爵は娘達四人を順番に見て、息子を抱き上げると優しく笑った。クリスを高い高いしてから乳母に渡し、後ろを振り返る。

「入りなさい」

コツッ……。

静かに靴音が響いた。

「ハリーお兄様!?」

アリッサが絶叫し、

「!!」

エミリーは目を見開いて固まった。

ジュリアは馬車から降りるところを見ていたのだろう。してやったりという顔でにやにやしている。

「ね、マリナ。私が言ったとおりでしょ?……マリナ?」

一度マリナを小突いた後、はっとして表情を見る。マリナは何も言わず、ハロルドを見つめていた。

「……お帰りなさいませ、お兄様」

胸にこみ上げるものが大きすぎて、淑女らしく挨拶するのが精一杯だった。

「あの……」

ハロルドが口を開く。

「ああ、そうだったな。紹介しよう、お前の妹達と弟だ」

――え?

「左から、三女のアリッサ、四女のエミリー、長女のマリナに次女のジュリアだ。そこで遊んでいるのが弟のクリストファーだよ」

「は……はあ……」

ハロルドの視線が彷徨う。

――何か、変?

ジュリアが首を傾げる。今さら紹介なんて、しなくてもいいじゃない?

「よろしくお願いします」

ハロルドは皆に頭を下げ、執事のジョンに連れられて部屋を出て行く。彼がいなくなったのを見計らって、ハーリオン侯爵は娘達に告げた。

「今のでだいたい分かったとは思うが……ハロルドは記憶を失っている」

「そんなぁ、お兄様可哀想」

「記憶は魔法では戻せない。思い出すまでの辛抱ね」

エミリーはマリナを見た。唇が小さく震えていた。

「……無事、生きて帰ってきたのですもの。それだけで十分でしょう?」

儚げに微笑み、マリナは居間を出て行った。


   ◆◆◆


廊下を歩きながら、顔を上げる。

顔を上げていないと、マリナは涙が零れそうだった。

――何も、覚えていないのね……。

ハーリオン家の養子となってからの日々も、私への想いも。旅立ちの日の抱擁も。

あと少しで私室にたどり着こうかという時、見覚えがある影に気づいた。前方にハロルドが壁に凭れて立っている。

「……えっと、君は……」

四姉妹の誰なのか分からないのだ。

「マリナですわ、お兄様」

「そ、そうだったね」

ハロルドは曖昧な微笑でマリナを見る。

少し背が伸びて、髪も伸びたように思う。美しい顔が男らしく精悍さを帯びている。

――以前のお兄様ではないのだわ。

潤んだ瞳で何も言わずに見つめる。

「……マリナ?どうしたんですか?」

「何でもありませんわ、お兄様。無事お戻りになってよかったと思って」

「私も、帰って来られてうれしいですよ。……あなたに会えて」

「え?」

「さっきあなたに紹介された時、どうしてかとても嬉しくて」

ハロルドはマリナに向き直り両手を取る。

「きっと私の大切な妹なのだと思ったのです」

――違う。妹だなんて思いたくないって言っていたじゃない。

視線を合わせてにっこりと笑い、ハロルドはマリナの頭を撫でた。

「悲しそうな顔ですね。私でよければ、相談に乗りますよ」

「いえ、大丈夫です……」

軽く礼をしてハロルドに背を向ける。廊下は走らないけれど、今日は走ってしまいたい。

すぐにベッドに飛び込みたい。だって、今にも泣いてしまいそうなんだもの。

寝室に飛び込んだマリナは後ろ手にドアを閉め、その場に座り込んで涙を流した。


   ◆◆◆


五日も王都を留守にしたため、ハーリオン侯爵は職場である博物館へ顔を出すことになった。常設展の展示品を入れ替える作業のため、今日は休館日である。一通り作業を見守った後、建物を出た時だった。

「おや、ハーリオン様。お久しぶりです」

隣にある王立図書館副館長エンフィールド侯爵が声をかけてきた。

「久しぶりだね。どうだい、仕事は順調かい?」

「はい。急に推挙いただいたもので、戸惑うところもございましたが」

「君なら心配あるまい。領地の経営もうまくいっていると聞いているよ」

エンフィールド侯爵の領地は、ハーリオン侯爵の領地の北側にある。領地で言えばお隣さんなのだが、邸は互いにかなり離れており、親交があるとは言えなかった。

「まだまだ未熟者です。ハーリオン様の貿易港に比べれば。……そう言えば、ここ数日あちらへ行かれたそうですね」

「ああ。少々問題があってな。ヴィルソード侯爵と共に行っていたんだよ」

「騎士団長、ですか……。貿易関係の問題なら、オードファン宰相閣下のお力をお借りすべきでは?」

「彼の手を借りるような問題ではなくてね」

「親しくお付き合いなされているご両家ですから、すぐに解決してくださると思いますよ」

「うちとあいつん家はそれほど親しくないつもりだがな」

エンフィールドは目を眇めてこちらを見た。

「そうなのですか……。それにしては、宰相の御子息と随分親密にしておられるようですね」

「何?」

ハーリオン侯爵の顔が曇った。

「毎日図書館へいらしていましたから。あまりに仲がよろしいようで……私も何度か注意させていただきましたがね」

くすっと笑い、エンフィールド侯爵がその場を後にすると、ハーリオン侯爵は呟いた。

「……毎日、来ていた、だと?」


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