72 少年剣士は妖精を見る
【アレックス視点】
「アレックスは首なし騎士の話を知っているか?」
私室でくつろいでいる時に、セドリック殿下にいきなり聞かれた。
「何ですか、それ」
「知らないのか?有名な怪談なのに」
「俺、あんまり本とか読まないんで」
そういうと殿下は呆れた顔をした。
「だろうと思ったよ。……ほら」
手渡されたのは絵本だった。
「ぐらんでぃあおうこくのこわいはなし?」
「首なし騎士について書いてある。首なし騎士は首を探して王宮をうろつくんだよ。だから、それをやってほしい」
「は?」
「僕とマリナが二人でいるところに、首なし騎士になりきって入ってきてほしいんだ」
「俺がですか?」
「他に誰がいる?」
「んー、ジュリアン?」
俺は親友の顔を思い浮かべた。
「ジュリアンと一緒に誘拐されたんだって?」
「はあ、まあ」
「怖かっただろ」
「んー、そうですね」
怖かったかと言えば殺されかけたんだから怖かったが、ジュリアンがいてくれたから俺は怖くなかった気もする。
「アレックスは吊り橋効果って……ああ、知らないだろうけどね。一緒にいて怖い思いをすると、怖くてドキドキした気持ちを恋と勘違いするらしいんだよ」
「吊り橋……」
俺とジュリアンは男同士だ。恋なんか、恋なんかになるわけがない。
殿下は何を言っているんだろう。
「僕も、マリナと吊り橋効果を体験したいんだよ。マリナにドキドキしてほしいんだ。頼むよアレックス、首なし騎士になってくれ」
◆◆◆
ジュリアンを誘って俺は王宮の倉庫で鎧を身に付けた。大きい鎧の方がびっくりするだろうと思って、中で一番大きい、うちの父上が着るようなものを選んだら、ジュリアンは持ち上げるのがやっとだった。
二人で何とか鎧を持ち上げて、片足ずつ担当することにしたら、前に進めるようになった。鎧の中でジュリアンと肩がぶつかる。子供二人だけど意外に鎧は狭くて、ジュリアンの細い肩が触れる度、息遣いが聞こえる度に、少しだけドキドキした。怪談をやろうとしているのだから、ドキドキするものなのだろう。
マリナに正体がバレて、ジュリアンはマリナに叩かれた。やっぱりマリナには好きな人がいるみたいだ。セドリック殿下は気を失っていてよかったと思う。
◆◆◆
セドリック殿下が俺に指輪を渡した。マリナが王宮内で困っていたら、殿下の指輪を見せればどうにかできると言われた。そういう時は王子なんだなと思う。普段はマリナを頼ってばかりなのに。
部屋を出たのはいいが、マリナ達がどこへ行ったか見当もつかない。王宮の廊下を探すのは大変なので、一度外に出て別の入口から入ってみようと考えた。外を歩いている侍従もいるかもしれないし、マリナを見ていないか聞こうと思った。
客用寝室の続く棟の庭に差し掛かった時だった。
俺は白い妖精を見た。
一瞬こちらを見たが、彼女はすぐに木の下に逃げて行ってしまった。
追いかけると蹲って震えている。
「君、どうしたの?」
できるだけ優しく声をかけたつもりだ。
美しい銀の髪、白い肌……と、その、服は着ていなくて。
「こんなところで……その、下着、で……」
下着、と言うのが恥ずかしい。
だが、白い下着が妖精のようでもあったから。
女性の下着姿を見たことはないように思う。物心がついた頃には、父上をはじめとして騎士達の男臭い集団に混じっていた。着替えている母上を見たのは何回かしかない。
だから、コルセット?を締めた彼女の細い腰や、露わになっている脚に目が行ってしまう。
腕や脚に小さい傷がいくつもついている。何があったのか俺には分からないが、彼女はきっと酷い目にあったんだと思った。
服も見当たらない。
どこかから逃げてきたのかもしれない。
女の子がこんな格好でいたら、変な人に連れて行かれてしまうものだ。
俺は自分が着ていた上着を脱いで、震える彼女の背中にかけてやった。
「何か、あったのかもしれないけど……俺は見なかったことにする。君も、今日のことは忘れたほうがいいよ」
彼女は俺を忘れるだろう。忘れてくれて構わない。
――俺の方は、忘れられそうにないけれど。
次回から新章に入ります。




