71 天才少年は企む
【レイモンド視点】
窓辺で庭園を眺めていた父上は、俺を振り返って言った。
「アーネストに話した」
「アリッサのことですか」
「ああ。あいつも頑固だから、すぐにうんとは言わないと思っていたが……」
父上の顔が曇る。
――ダメだったのか。
「お前達が図書館にいるところを見たらしい。節度ある交際をと言っておった」
「一線は越えていません」
「そりゃそうだろう。しかしなあ……」
息子がいる前で、居間でいちゃついている人が何を言っているのか。
「僕は欲しいものは必ず手に入れる主義です。父上もそうではありませんか?」
「狙った女は逃がさないと我が父上も言っていたな。裏の家訓のようなものだが」
父上は笑っていた。俺の話を真面目に考えているとは思えない。
相手の出方を待つような父上のやり方では、いつまで経ってもハーリオン侯爵から許しを得られそうにはない。
「またアーネストに……ふむ、今日から領地へ行くと言っていたかな。戻ってきたら話してみるか」
「お願いします、父上」
◆◆◆
何の収穫もないと思われた父上との話ではあったが、心の中で俺は小躍りしていた。ハーリオン侯爵は王都にいない。つまり、馬車でアリッサを誘いに行けば、図書館で誰にも邪魔されずに二人きりの時間を過ごせる。
彼女に宛てて手紙を書き、従者に持っていかせた。
すぐに支度を整えると、俺はハーリオン侯爵邸へ向かった。
支度が途中だったアリッサを待ち、客間で時間を潰していると、使用人達の話し声が聞こえる。どうやら侯爵は、領地の港町から船に乗ってアスタシフォンへ向かったらしい。何の用事かは聞き取れなかったが、最低でも三日は帰って来ないだろう。
これはいいことを聞いた。
明日も明後日も、アリッサを誘えるということだ。
「お待たせして、申し訳ありません……」
はっと顔を上げると、可愛らしいクリーム色のドレスに身を包んだアリッサが、頬を薔薇色に染めて俺を見ていた。
――何て可愛らしい。
椅子から立ち上がり、俺はアリッサを抱きしめる。困惑した彼女が「あの……」と何か言いかけたが、俺は唇を塞ぎ、続きを言わせなかった。
◆◆◆
図書館の書架の間でアリッサとの時間を楽しむ。本を探しに行くのではなく、明らかに追い込まれてキスされると分かっているだろうに、毎回騙される彼女を見るのは楽しい。
「レ、レイ様っ……こんなところで……」
どこだろうと知ったことか。泣きそうになった顔もまた、いい。
壁に押し付けるようにして唇を奪う。
「人が、人が来てしまいますっ……ん、んっ」
誰に見られてもいい。アリッサが俺の物だと、国中に知らしめたいのに。
「はあ、あ、あの、レイ様?」
「分からないか?こんな風にキスできるのも、あと半年もないんだぞ。王立学院に入学したら、俺が図書館に来ることもない。君が入学するまで二年ある。耐えられないだろう?」
王立学院は全寮制だ。公爵家の息子と言っても寮に入らねばならない。卒業まで学院から出る機会は殆どない。アリッサは俺の二歳下だ。一年間は重なるが、二年間は離れ離れになってしまう。
「レイ様……」
何を泣きそうになっている。……俺と離れることを想像して泣くのか。
それもいいな。
「俺は別に、二年くらいどうってことはないが、君は俺を恋しがる。忘れられないように、君の身体に教え込ませてやろうか。アリッサ」
正式に婚約もしていない関係では、俺が学院にいる間に、他の男に盗まれそうだ。恋愛小説に蕩ける彼女のことだ。甘い台詞を囁かれたらひとたまりもないだろう。
――そいつらより先に、俺がいただくがな。
図書館でいけないことをしている背徳感がたまらない。
知らず知らずのうちに俺は舌なめずりをしていたようだ。小動物のように震えるアリッサは、つぶらな瞳を揺らして俺を見つめていた。
――食べてくれと言っているようなものだな。
「抵抗しないのか?……ふっ、そんな期待した目で見て、煽るなよ」
王宮で魔法事故がなければ、俺はアリッサに何をしていたのだろう。
この頃歯止めが利かなくなってきている。彼女を求める気持ちと折り合いをつけたい。
王立学院へ入学してもこのままでは、俺はおかしくなってしまう。
◆◆◆
マリナと間違えられたことに気づいたアリッサは、精一杯姉の真似をした。部屋に閉じ込められている妹を探したいのは分かるが、名前も知らない下っ端兵士に色目を使うな。
「連れて行っていただけませんこと?……ね、お願い、ですわ」
彼女を見て真っ赤になっている兵士を、この場で抹殺したい願望が俺を支配する。顔は覚えたから後で父上に、サボっている兵士がいたとでも言ってやろう。
「ご、ご案内いた、たします。さ、どどう、ぞ、こちらに……」
戸惑っているようだな。当たり前だ、俺のアリッサは、下っ端のお前なんかが話していい相手じゃない。アリッサもおとなしくついていって……腹立たしい!
兵士の姿が曲がり角に消え、俺はアリッサを壁に縫いとめる。
「レイ様……」
「黙れ」
「ん……う……」
苦しそうな彼女の表情が愛しくて、つい口づけが深くなる。
――何度言ったら分かる?
分厚い歴史書も暗記してしまうくせに、俺が言ったことを忘れたのか?
――君は未来永劫俺のものだ。誰にも渡さない。




