70 悪役令嬢の密談 12
「いい、やっぱ、楽だあ」
コルセットを解き、ジュリアは上半身裸でベッドに寝転がる。
「ジュリアちゃん、何か服着ようよ」
「マシューが覗かなくなったと言ってもね、誰か来るかもしれないのよ?」
自分の服に着替えたマリナが毛布をかけてやる。
「貧乳晒すな」
「なっ、何だってエミリー、もう一度言ってみな!」
「やめなさい、ジュリア」
「エミリーちゃんは半病人なんだからね」
「何よ。皆して」
ジュリアが貧乳だという事実を、マリナもアリッサも否定しなかった。
「今日は酷い一日だったわね」
マリナがエミリーのベッドに腰掛けた。横たわるエミリーは眠そうな顔をしている。
「疲れた」
「でしょうね。エミリーがあんな顔するの、私初めて見たかもしれないわ」
「あんな顔って?」
「ジュリアちゃんがいなかった時にね、牢屋のマシューに触るな!みたいに、エミリーちゃんが怒って……」
「怒ってない」
「怒ってなかったの?」
マシューを守るために感情を露わにしていたと指摘され、エミリーは内心動揺した。
「魔法もすごかったよねえ。バチバチメラメラって。レイ様もびっくりされてたわ」
「エミリーはレイモンドと初めて会ったのか?」
「そう」
「ね、レイ様かっこよかったでしょ?」
「……普通?」
エミリーにとって眼鏡キャラはストライクゾーンではないようだ。なんでー、なんでーとアリッサがエミリーの肩を揺する。
「マシューは結局、廃魔の腕輪をつけられたままなのね」
「何それ」
「魔法を使えなくするんだって。魔導士なのに辛いわよね」
「宰相閣下は何年か箱から出しておくとおっしゃったわ。つまり、数年は魔法が使えないのよ」
「王立学院の魔法科教師なのに?」
「退職しちゃうのかな」
「ゲームのシナリオが、変わる……」
はっとした三人がエミリーを見た。
「そうよね、エミリー。あなたの言うとおりだわ」
「攻略対象者が一人消えたってこと?」
「ゲーム開始時に学院にいなければ、攻略されちゃうこともないものね」
「私達の知らない逆ハーレムエンドにはなりようがないし、隠しキャラだって出てこなくなるじゃん。やったね、結果オーライ!」
「個別ルートさえ潰せば、没落は免れるもの。希望の光が見えてきた気がするわ」
「……煩い」
エミリーは毛布を引っ張り、三人の腰が浮く。そのまま引き被って
「あっちで話して」
と背を向けた。
◆◆◆
「ジュリア、この服、あなたのじゃないわよね」
馬車に置き忘れた黒い上着を渡すと、ジュリアがたじろいだ。
「うん、そう。ちょっと借りて」
「私が馬車に行ったとき、この服を着ていたわよね」
「ドレスの背中が開いちゃってさ。カッコ悪いから羽織ってた」
「部屋を出るときはきちんと着たはず……まさか、あなたドレスを脱いだの?」
ジュリアの顔が固まった。
「図星ね」
「だってさ、スカートががばがばしてて、窓から木に飛び移るのに邪魔だったんだもん」
「だからって脱いだらダメでしょう。誰かに見られたら……」
マリナは息を詰めた。誰かの上着がここにある理由は……。
「へへへ……まあ、ちょっと見つかっちゃって……」
「見つかっちゃってじゃないわよ」
「裸じゃなかったんだからいいじゃない。コルセットしてたし」
「そんなの裸同然じゃない!下着よ下着!」
「木から降りたら着ようと思ってたんだよ。そしたら、運悪く」
「誰に?」
「アレックス」
マリナの顔が青ざめる。
「女だとバレたのね、ジュリア!」
「ば、バレてないって!あっち向いてたから顔見られてないよ。多分」
「多分じゃないわよ。気づかれたわ、絶対に」
半狂乱で頭を抱える姉の隣で、ジュリアはベッドに寝転がった。アレックスが貸してくれた上着をどうしようか。返したらコルセット女が自分だとバレてしまう。
「どうしたもんかな……うん。このまま持っておくか」
抱きしめるとまだ彼の温もりが残っているような気がした。
「……あ、ねえ、マリナ」
「何よ」
「下着で思い出したんだけど、色気のないパンツ、王子に見られなくてよかったね。私が見つけてセーフ?」
「セーフじゃないわよ。ジュリアがパンツ丸見えだなんて叫ぶから」
「だって丸見えだったじゃんか。スカートもちょっと裂けてたし。まあ、デザインてことで誤魔化せる範囲ではあったけど。何があったの?」
「……あれは……」
自分の首を絞める若い男の面影がよぎり、マリナは絶句した。
「誰かに狙われてるの?」
「……分からない。殿下の部屋から出て、迷っているところで声をかけられたの。顔のいい若い男だったわ。私を連れ回して、あの部屋で首を絞めたの」
「それヤバい奴じゃん」
「うん。私のスペアは三人いるって。皆も狙われるかもしれないわ」
「げっ。やだなー、帯剣してない時に来られたら」
「アリッサとエミリーには、起きたら話しておくわ。ジュリアも気をつけてね」
「りょーかい!」
敬礼をした妹を見てマリナは小さく笑い、安堵した。
◆◆◆
執事のジョンから報告を受けたハーリオン侯爵夫人は、書斎の椅子に掛けて大きく溜息をついた。
「いかがいたしました、奥様」
「ビルクールからの次の報告はまだなの?」
「はい。旦那様がジュリア号で出航なされたとの報告があったきりでございます」
「あちらに着いてすぐに会えればいいのだけれど。心配だわ」
柳眉を八の字にして、侯爵夫人は泣きそうになっている。ジョンは侍女にお茶の用意をするよう言いつけた。
「ロディスまでは丸一日かかります。早くても明後日のお戻りでしょう。温かいお飲み物を用意させますので、奥様も早くお休みになられますよう」
「ありがとう、ジョン。……あ、それから」
「何でございましょう」
顔を上げたジョンが、皺くちゃの指で丸眼鏡を上げる。
「ロディスの件は、娘達には話さないでね。……特に、マリナには」
「かしこまりました。他の者にもそのように」
侯爵夫人は立ち上がって真っ暗な窓の外を見た。愛する夫もこの満点の星空を眺めているのかしらと思った。




