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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?
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68 悪役令嬢は地下牢に頽れる

エミリーが階段を下りていくと、牢への扉には兵士はいなかった。階段の上にいたのが最後の見張りだったらしい。

「意外に緩い警備ね」

扉を開く。鍵はかかっていない。蝶番が外れそうになっていて、重い木製の扉が床に擦れて動かない。

「くっ……こんなの、魔法があれば一瞬で壊せるのに」

壁に片足をついて蹴飛ばすようにし反動でこじ開ける。普段のエミリーはこれほど力を使うこともなければ、階段を下りた時のように走ることもなかった。

――何で、頑張ってるの、私。

疑問が浮かび、自問自答する。魔王出現を阻止したい。ただ、それだけのはず。


薄暗い牢の中は、奥に一つ魔法球の灯りがあるだけだった。真ん中に通路があり、両側に牢が五つずつ。魔法球を灯りを頼りに奥へ進む。

ピチャン、ピチャンと、どこからか滴が垂れる音がする。湿った空気が満ちた牢を一つずつ覗く。マシューはいない。牢の雰囲気は、エミリーが乙女ゲームで見たスチルのとおりだ。彼はここのどこかにいる。

一番奥の牢の前まで来て、エミリーの足がすくんだ。

――いた!

右手首を壁に鎖で繋がれ壁に凭れたマシューは、濡れたローブを着たまま蒼白な顔でエミリーを見た。

「マシュー!しっかりして!」

鉄格子を掴んで呼びかける。悲痛な声が静かな牢に響く。

マシューは薄く目を開けているが、エミリーを見ているのか、それすらも分からない。左手首の腕輪が淡く光る。魔力が吸われている証拠だ。魔導士は急激に魔力を消費すると、貧血のような症状が出る。強大な魔力を持ったマシューも、かなり魔力を失ってしまったらしい。意識が朦朧とし立っていることもできないのだ。

――私が、彼をこんな目に遭わせたんだ。

魔法が使えないエミリーには鉄格子は壊せない。傷ついている彼を癒す魔法も持たない。役立たずだ。静かに涙が溢れる。

滴が垂れ、自分の手首にある手錠を見る。

マリナはこれを、マシューに壊してもらえばいいと言っていた。

――無理だ。

次に魔法を使ったら、彼は……。

「助けられなくて、ごめん」

一言だけ話しかけて、エミリーは牢を後にした。


   ◆◆◆


「父上、お願いがあります」

王太子セドリックは、震える拳を握りしめて、玉座の父王に向き合った。玉座の間にはあまり来ることはなく、緊張で変な汗が出てくる。

「何だ、セドリック。欲しいものがあるなら後で……」

王は息子を溺愛し、ベロンベロンに甘やかして育てている。欲しい物があれば何でも買い与えてしまうのだった。

「違うんです。牢にいる魔導士のことで、お話があります」

「あれはもう処分が決まっている」

「お願いです。彼を牢から出してください。アレックスとジュリアの命の恩人なんです」

「オリバーとアーネストの子の、恩人?」

王は椅子から身を乗り出した。

「はい。この間、アレックス達が誘拐された時、彼が魔法で助けてくれたそうです」

「そうか……」

ヴィルソード騎士団長が、息子が魔導士になりたがっているようだと泣いていたのはこのためかと、王は合点がいった。

「エミリーも一緒にいたのなら、何か事情があったんだと思います。爆発騒ぎを起こして、王宮を混乱させようなんて思っていないはずです」

必死に訴える息子を見て、いい目をしているなと王は思った。

「分かった」

「父上!」

セドリックの表情が綻ぶ。喜びに輝く様はまるで天使のようだ。

「マシュー・コーノックを牢から出す。……ただし」

「えっ……」

「廃魔の腕輪は身に付けたままとする」

「はいまの……って、それでは魔導士として……」

「魔力を持たない人間として生きていくことになる」

「そんな……」

「何年か不自由なだけだ。お前が結婚する時に、恩赦で外してやればいいさ」

王は息子の頭を撫でると、近くにいた兵士を呼び、囚人の解放を告げたのだった。


   ◆◆◆


上から足音が聞こえる。

「誰か来るわ」

走り去ったエミリーを追うか、王に直訴しに行くか。マリナとアリッサとレイモンドは、地下への階段の途中で話し合っていたが、結論は出ないままだった。

「兵士だ」

「処刑されちゃうの?」

「まさか、そんなはずは……」

端へ避けると、兵士達は軽く礼をして通り過ぎた。

「陛下に怪我を負わせたわけでもないし、処刑されるとは思えない。どこか他の場所へ移されるか……」

「エミリーちゃんが牢にいるのよ」

「心配だわ、行きましょう!」


三人が地下牢へ着くと、狭い通路にエミリーが仁王立ちになり、兵士と対峙しているところだった。

「そこを退くんだ」

「……退かない」

「国王陛下のご命令だ。我らは奥の牢の囚人に……」

「行かせない」

マシューはぐったりしている。これ以上、何かされたら死んでしまうかもしれない。

「どうしても行くと言うなら、私を倒してから行くのね」

エミリーは静かに兵士達を睨むと両掌を近づける。紫色の球体が発生し、周りをオレンジ色の炎が包んだ。

「魔法!」

「手錠が外せなくなるぞ」

手錠に魔力を吸収されてもなお、強力な魔法球を発生させ、エミリーは兵士を威嚇していた。銀色の髪が靡き、紫色の瞳が炎に照らされて赤く輝いている。同時に、手錠が発光しエミリーの魔力を吸いとっていく。

「一気に魔力を使ったら、エミリーちゃんが倒れちゃうよ!」

エミリーに呼びかけようとするものの、屈強な兵士達に前を塞がれて近寄ることができない。

「マシューに、手を、触れさせないっ……」

ポーカーフェイスが歪み、魔法球が一段と大きくなった。兵士に向けて放とうとした瞬間、

「……やめろ、エミリー!」

牢から苦しそうな声が聞こえ、魔力が途切れたエミリーは冷たい床に崩れ落ちた。


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