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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?
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67 悪役令嬢は兵士を一喝する

「ねえ、マリナちゃん」

ひそひそと姉の耳元に囁く。

「どうして私がマリナちゃんのふりを続けるの?マリナちゃんがやればいいのに」

「アリッサにジュリアの真似はできないでしょう?」

運動能力が格段に違う。アリッサは頷くしかなかった。

「大変だろうけど、もう少しだけ頑張ってちょうだい。地下牢潜入は、あなたにかかってるんだから」

「そうね。分かった、やってみるね」

深呼吸をして胸を張る。すっと視線を落とし、目を見開く。女王然とした空気を身に纏わせる。

「どうかしら?」

「いいわね、アリッサ」

「あら、言葉が女の子みたいになっているわよ、ジュリアン?」

扇子を口に当ててにっこり。

「あー、わかったよ。やりゃあいいんだろ、こんな風に」

男言葉でジュリアンになりきったマリナは、大股で廊下を走り、腰に手を当てて三人を振り返った。

「さっさと行こうぜ!置いてくぞ」


地下牢への入口には兵士が立っていた。

「用のない者は入れてはならぬと言われております。お引き取りを」

「用がない?……わたくし、ここに収監されている魔導士に用がございましてよ?」

アリッサの過剰なお姫様ぶりにマリナが小さく吹き出す。エミリーは細かく震えている。

「ご用、とは?」

「此度の爆発では、偶然魔導士と一緒に倉庫にいた我が妹が、関与を疑われているのです。巻き込まれただけなのに部屋に閉じ込められ、泣いておりましたわ。ああ、可哀想なエミリー。わたくし、魔導士に一言言ってやらないと気が済まないんですの。そこをお退きになって」

「や、しかし……」

「退きなさい!」

アメジストの瞳が冷たく輝く。

「ヒッ……」

「セドリック殿下の婚約者で、未来の王妃であるわたくしの、言うことが聞けないのね」

「も、申し訳ございません!」

ひれ伏した兵士を横目に、三人は地下への階段を下りて行く。簡単には戻れないように、細く長い階段になっている。


「さっきのでよかったかなあ?」

「いい、いいよ、うん」

マリナが笑いを堪えられないでいる。

「大根役者」

エミリーがにやりと笑う。

「アリッサもやればできるんだな。あれくらいの迫力があれば……」

「迫力があれば、何かしら?」

「いや。こっちの話だ」

窺い見たマリナから視線を逸らし、レイモンドは続く階段を見た。

「長いな」

「マシューが怪我をしていたら、ここを上がれない」

エミリーが残念そうに息を吐いた。どんな様子か想像もできない。自分は治癒魔法を使えない。瀕死でも助けてやれない。

「出る手段は別に考えましょう。エミリーの手が自由になれば、転移魔法で帰れるでしょう」

「皆簡単に考えてるようだが、俺達はマシューを脱獄させるんだよな?」

「そう」

「それはここに閉じ込めておけという、王の御判断を無視することになるが」

「だから?」

立ち止まったエミリーが、レイモンドの腕を引いた。手錠を隠すために組んでいた腕が解かれる。

「……弁解もできず、死ぬまでここに入っていろと?」

「死ぬまでとは言ってない。王宮で爆発事件なんてそうそうないだろうから、どういう処分を下すべきか、陛下も迷われているんじゃないか」

「処分はすでに出ているわ。箱を持っている宰相閣下にお会いしたのよ。全属性の魔法を抑える腕輪を入れていたって」

「マシューは何も魔法が使えなくなっちゃったの?」

「腕輪をつけられて牢屋の中、か」

「恩赦がなければ出られない」

魔王への道をまっしぐらだ、とエミリーは思った。レイモンドがいるため、姉達と乙女ゲーム云々の話はできない。魔力を吸収する魔導具で封じられて、牢に入れられたマシューはヒロインへの想いを爆発させ、魔導具のみならず街を破壊する。

アメジストの瞳に影が落ちる。

――不毛な議論をしている暇はない。

ドン!

「う、おい!」

レイモンドを突き飛ばし、エミリーは牢へ続く階段を駆け下りて行った。


   ◆◆◆


アレックスがいなくなった後、ジュリアはドレスを着ようと奮闘していた。

着なれないドレス、しかも一人で着なければならない。

「脱ぐときはどうにかなったんだけどなあ」

背中のボタンは、自分で外せないところは二つくらい引きちぎってしまった。残ったボタンは留めたものの、背中が不恰好に見えてしまう。

「こんな後姿じゃマリナのふりはできないし……あ、そうだ」

黒い上着を手に取る。背中を向けて寒さに震えたジュリアに、アレックスがかけてくれたものだ。

「これを羽織れば背中は見えないから……完璧だな」

先刻の奇妙に優しいアレックスの言葉を思い出し、ジュリアは小さく吹き出した。


車寄せまでマリナのふりをしながら堂々と行くだけだ。楽勝だ、と思っていたのだが。

「……令嬢ってどうやんの?」

大股でスタスタ歩きながら、ジュリアは困惑していた。礼儀作法の授業で言われたことはさっぱり覚えていない。もう少し真面目にやっておけばよかったと後悔する。

「知ってる人に会わなきゃ大丈夫だよね」

マリナのように薄く化粧をしていないので、扇子で口元を隠して誤魔化しているが、立ち居振る舞いだけはどうにもならない。

長い廊下を抜ければ、あと少しで車寄せだ!と意気込んだのも束の間、向こうから知っている顔が来るではないか。

「おや、マリナ嬢、一人なのかな」

オードファン宰相は親しみのもてる笑みを向けてきた。

「……は、はい」

なんでここにいるんだ!陛下のところに行ったんじゃなかったの?

「王宮から退出される前に、セドリック様にご挨拶しなくていいのかい」

「え、ええ。急いでおりますの」

ちらりと扇子から視線を上げれば、宰相の目がキラリと光った気がする。

――ヒィー。絶対不審に思われてるよ!

「……そうか。一人で帰っていいのかな。妹さんは……」

ギクリ。

「いいんです、ジュリアはアレックスと帰るそうですから!」

「そうか。ジュリア嬢はアレックス君と仲がいいね」

「申し訳ございません、閣下。私、急いで……」

「引き留めてすまなかったね。気をつけて帰りなさい」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

慣れないカーテシーを一瞬だけして、ジュリアは急ぎ足で車寄せに向かった。

≪王太子妃候補のマリナ嬢≫がアレックスの上着を着ていたのは何故か、残された宰相が首をひねっていることに気づかずに。


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