66 悪役令嬢は寄せて上げる
見張りの兵士にお嬢様スマイルをし、四人は部屋に入る。窓の外を眺めていたアリッサが振り返り、駆け寄ってきて……レイモンドに抱きついた。
「……うわー、ここは姉に来ない?」
「そうね。普通はね」
「も、もちろんマリナちゃんとジュリアちゃんのことも心配だったのよ」
「取ってつけた感満載」
「エミリーも私のふりしてたんだから、心配よ」
「どうだかな」
「信じてよぉ、もう!」
アリッサは頬を膨らませた。
「さっき廊下で二人に会ってさ、マリナがいいこと思いついちゃったんだって」
ニヤッとジュリアが笑う。
「いいかどうか、皆に相談したいのだけど?」
「レイモンドがいるが」
「レイ様は聞こえても他の人にバラしたりしないもの」
「人に話して欲しければそうするぞ。ま、聞いても得にならない話には興味がないが」
レイモンドは姉妹から離れ、一人用の椅子に腰かけて脚を組んだ。
「きゃ、レイ様、脚長くてかっこいい……」
「アリッサ!こっちの話に集中してよ」
「ごめん……マリナちゃんの作戦を教えて?」
「アリッサとエミリーが入れ替わってるのを見て、思いついたのよ。ここに一人残そうとしなくてもいいんじゃないかって」
「ドアから出られるのは、レイモンドとあと三人だけだ。一人はこの部屋にいなくちゃ」
「見張りは部屋に入ってきた?エミリー」
「入って来ない。私がスカートを弄っているときに入ってきてから、気まずくてもう来なくなった」
「スカート?」
「……鉄棒の逆上がりの時、パンツに入れろってマリナから教わった」
「ああー!」
ジュリアが成程と手を叩く。
「あれいいね、スカートでも動けそう」
「そうね、ジュリアならできるわよね」
「……窓からも出られるんじゃない?」
とエミリーが口の端を歪めて笑った。
◆◆◆
「やっぱり、二人だけで行かせるのではなかった。不安で仕方ないよ」
さっきからうろうろと椅子の周りを歩いていた王太子セドリックは、側近のアレックスに訴えた。
「殿下を危険な目に遭わせたくないってマリナが言ってましたよね」
「うん。分かってる……でも」
「ジュリアンもついてるんだし、一人じゃないんですよ?エミリーを連れて帰るだけで」
「そうだね。僕が心配性なのかな」
「殿下が心配する気持ちは、俺だってわかりますよ」
王太子は青い目を細めてうんうんと頷く。
「そうか。アレックスはジュリアが心配なのだな」
「……俺が、ジュリアンを?」
「違うのか?」
「殿下がマリナを心配するほどは、心配してないですよ」
「僕はマリナが少しでも怪我をしたり、苦しい思いをするのは嫌なんだ。アレックスは違うんだね……ねえ、アレックス」
「はい」
「僕が命令したら、君は従うの?」
「殿下のご命令とあれば」
「真面目だね。……ふうん。じゃあ、命令しようかな」
セドリックは天使のような笑顔を見せて、アレックスに初めての命令を下した。
◆◆◆
「ったく、マリナも無茶ぶりするんだから!」
マリナの作戦では、身軽なジュリアが窓から出て後で合流することになっていた。ジュリアの少年服をマリナが着て、ジュリアのように髪を結って出たのだ。
配役はこうだ。
マリナは少年服でジュリアのふりをする。銀髪の少年が部屋に入った事実は揺らがないため、誰かがジュリアの恰好をしなければならない。ジュリアはマリナのドレスを着て、窓から抜け出して車寄せへ向かう。アリッサは自分のドレスでマリナのふりをし、エミリーは明らかに魔導士に見える黒ローブを脱いでアリッサのふりをしてレイモンドと腕を組む。王宮では王太子の側近であるレイモンドは有名であり、彼が連れている少女をアリッサだと紹介すれば皆信じてしまうだろう。
四人が部屋から普通に出て行った後、ジュリアはスカートを下着に入れて窓から出ようとした。が、隣の部屋へ渡るにも、近くの木に飛び移るにも、どうもボリュームのあるスカートが邪魔で仕方がない。
「マリナのドレスは気合入ってるなー。ごわごわガバガバ。どうしたもんかな」
少し考える。――思考時間、およそ二秒。
「あ、脱げばよくね?」
ジュリアはドレスを脱いだ。コルセットとペチコートだけになり、かなり身軽な装いだ。
先に下に向かってドレスを投げた。ふわりと広がって草地に落ちる。後は自分が降りるだけだ。
窓枠に足をかける。目の前の大きな木まで、目測では二メートルか。
――いける!
見事木の枝に飛び移った。身体のあちこちに枝が擦れてしまったが、たいした怪我ではない。
「いやっほー、私って天才!」
木の枝を跨いでジュリアはガッツポーズをした。慣れた要領でするすると幹を下りる。小さい頃から木登り技術を鍛えただけはある。
「やっててよかった、木登りー」
パンパンと手を払い、草地に広がっているドレスへ向かい、一歩踏み出した時だった。
ガサッ。
――誰か来る!!
一階の窓を隠すように植えられた低木の茂みから、人影が現れた。
見覚えのある、赤い髪。
ジュリアは瞬時に木の陰に身を隠そうとしたが間に合わない。動体視力が抜群に良いアレックスが見逃すはずはなかった。
「君、どうしたの?」
――優しい声出すな。君、とか言うな。あっち行け、シッシッ!
アレックスに背中を向けて木の下に蹲りながら、ジュリアは無言だった。
「こんなところで……その、下着、で……」
――いいからあっち行って!!!早く服着ないと寒いっ。
振り向けない。振り向いたら顔を見られるだけではない。女の身体がバレてしまう。普段は布を巻いている胸も、マリナに布を渡すために解いてしまった。コルセットで絞められ、僅かな胸が寄せて・上げて、になっている。
俯いて震えていると、突然背中に温かいものがかけられた。
――上着?
それはアレックスが好んで着ている黒に銀刺繍の上着だった。今の今まで着ていたせいか、仄かに温かい。彼の温もりがする。
「何か、あったのかもしれないけど……俺は見なかったことにする。君も、今日のことは忘れたほうがいいよ」
――是非忘れてほしい。下着姿でうろついていた変な女のことなんか。
アレックスが立ち去る足音を聞き、ジュリアは振り返ってドレスに走った。




