65 悪役令嬢は手錠をかけられる
「こちらのお部屋にいらっしゃいます」
「そうか」
レイモンドが面白くなさそうに返事をする。
「ありがとうございます」
若い兵士は一礼する。優雅な微笑を浮かべたアリッサを見て頬を染める。
では、と言っていなくなったのを確認し、レイモンドは再びアリッサを壁に追い詰めた。
「レ、レイ様っ」
「新米兵士風情に色目を使うのか、君は」
「色目なんて、そんな」
――マリナのふりをして連れてきてもらっただけなのにぃっ。
「身分の低い男との恋愛に憧れているんだろう?」
また小説の話を持ち出すの?いつまで嫉妬しているのよ。
「違います!……早く、部屋の中にっ」
腕を振り払ってドアを開ける。
「エミリー!」
「うわぁっ」
中を見るとエミリーが、スカートの裾を下着の脚側から入れ、かぼちゃのようなお尻で窓の桟を乗り越えるところだった。驚いて踏み外しそうになり、すんでのところでレイモンドが室内に引き戻した。
「……何をしている。死にたいのか、君は」
「……」
「何か文句でもあるのか」
「いえ。ただ、レイモンドだなあと思って」
恋人の妹とはいえ、初対面で呼び捨てにされたレイモンドは、苛立ちを隠せない。
「失礼だろう。初対面でいきなり名前を……」
「この真面目そうな男が、図書館でアリッサにキスしまくってるんだと思って」
「なっ……」
「ムッツリスケベが」
「エミリーちゃん!」
「むぐっ」
アリッサが慌てて妹の口を手で押さえる。
「……ふん。どうして窓から出ようと?」
「魔法が使えないから」
手首には僅かに光る輪がつけられている。エミリーはスカートを直し脚を隠した。
「……魔導士の手錠か」
「鍵穴はどこ?」
「鍵穴はない。術でかけているんだ。手錠をかけた者は誰だ?」
「名前は知らない。宮廷魔導士の黒ローブだった」
「その人じゃないと外せないのかしら?」
「他にも、方法はある。術をかけた者より能力が高い魔導士に、鍵自体を壊してもらうんだ。エミリーは手錠をかけられている、魔法が使えないから除外する。宮廷魔導士の力の差は俺にもよく分からないが……」
「コーノック先生」
エミリーが呟く。三属性を持つ彼なら、鍵を壊せるかもしれない。
「そうだわ、エミリーちゃん。先生ならできるかも」
「コーノック?誰だそれは」
「私達の魔法の家庭教師です。宮廷魔導士なんです」
「王宮のどこかには、彼はいるんだな」
「……弟のマシューが捕まってる。帰らない」
マシューが苦しむ幻影が頭をよぎり、エミリーは目を伏せた。
「捕まった魔導士の関係者か。この部屋には近づけないだろうな」
ふうむ、と唸ってレイモンドは姉妹を見比べた。
◆◆◆
「考えがないのに、アレックスを置いてきてよかったの?」
エミリーを探して歩きながら、マリナは妹に問いかける。途中で兵士に声をかけて案内させようと思ったが、彼はマリナを見るなり、真っ赤になって走り去ってしまった。
「だってさ、アレックスや殿下がいたら、私達の内緒話ができないじゃない」
確かにそうだな、とマリナは頷く。アレックスはジュリアを男のジュリアンだと思っており、作戦会議の場にいては女だと気づく可能性がある。
「マリナこそ、セドリック殿下を置いてきてよかったの?何かの役に立つかもよ」
「役に立たなそうな予感がしたから置いてきたのに」
「私も役立たずだとは思ったけどさ。マリナの役に立ちたいって気持ちだけは汲んであげなよ」
「んー。私ね、考えたのよ。殿下と距離を置こうって」
「距離を置いても変わらないよ。マリナはゲームと同じように王太子の婚約者になるんだよ。嫌われてるか好かれてるか、どっちが没落しないかって言ったら、好かれてるほうがマシだと思う。無理に関係を絶とうとしなくったって……」
「……つらいのよ。殿下がお優しいだけに」
マリナは立ち止まった。
「そっかー。うん……時間だけじゃどうにもならないこともあるよね」
久しぶりに手を繋ぐと、ジュリアは左右に続く廊下を見て、
「よおし……私のカンだと、こっちだね!」
とマリナを引っ張っていった。
廊下をいくらも進まないうちに、マリナははっとした。
「ジュリア、見て。レイモンド様だわ」
「あ、アリッサじゃない?……違うな、アリッサのドレスだけど、あれ」
手を放して駆け寄る。レイモンドの腕にしがみついて歩いているのは、エミリーだ。
「いつの間にあんなに仲良くなったの?」
「さあ?……何やってんの、エミリー」
「シッ」
レイモンドが目でジュリアを制止する。
「久しぶりだね、マリナ嬢、ジュリア」
「私には嬢がつかないのか」
「山猿には要らないだろ」
「何でアリッサが……エミリーに?」
マリナが小声で尋ねる。
「エミリーは軟禁されていたんだ。魔導具の手錠を外すため、魔導士のコーノックを探している。アリッサと入れ替わっているんだ」
「じゃあ、アリッサが軟禁されてるっていうの?」
「そうだ。彼女が望んだことだ」
「腕組んでるのも?」
「手錠が見えないようにだ」
「……組みたくない」
エミリーが嫌そうにレイモンドを見る。
「俺は仕方なく協力してやってるんだ。文句を言うな、カボチャ女が」
カボチャって何?とマリナは首を傾げた。
「……キス魔のくせに」
今度はレイモンドが歯を食いしばる。マリナは喧嘩しそうな二人を見て言った。
「コーノック先生を探すより、確実な方法を思いついたわ。……ねえ、一度アリッサのところに戻りましょう。レイモンド様、お手伝い願えますわね?」
「仕方ない。乗りかかった船だ」
レイモンドは溜息をつき、アイスブルーの髪をかき上げた。




