62 悪役令嬢は食べられかける
王立図書館の二階は、殆ど手に取られることのない本が、狭い間隔で並べられた書架に収められている。閲覧室でハーリオン侯爵にキス現場を見られて以来、レイモンドは人に気づかれにくい書架の隙間にアリッサを追い込み、甘い時間を過ごすようになっていた。
「レ、レイ様っ……こんなところで……」
アリッサが半泣きでレイモンドを見つめる。
胸を押し返すと、彼女が逃げられないように顔の横に置かれていた手が一瞬壁から離れ、今度は肘をつける格好になって顔が近づく。
「人が、人が来てしまいますっ……ん、んっ」
レイモンドは一言も話さず、アリッサの唇を貪る。
――何てことなの!私まだ十二歳なのに!!
ツンデレのはずの彼に溺愛され、アリッサは戸惑いっぱなしだった。ハーリオン侯爵がいない今日は公爵家の馬車で迎えに来たレイモンドだったが、馬車の中でも図書館でも、色気たっぷりの視線をアリッサに向けてくる。
「はあ、あ、あの、レイ様?」
この間もエンフィールド副館長に窘められたばかりなのに。
「分からないか?こんな風にキスできるのも、あと半年もないんだぞ。王立学院に入学したら、俺が図書館に来ることもない。君が入学するまで二年ある。耐えられないだろう?」
「レイ様……」
そんなに私のことを……。
嬉しい、嬉しすぎて泣いちゃいそう。
「君が」
――え?
「俺は別に、二年くらいどうってことはないが、君は俺を恋しがる」
――ええええ?わ、私???
「忘れられないように、君の身体に教え込ませてやろうか。アリッサ」
「ななななな、何を!?」
十八禁みたいなセリフを耳元で呟かれ、アリッサは膝が震えた。声変わりが終わったレイモンドは、低く艶めいた声で彼女を誘惑する。
お、教え込むって何ですか?
私は十二歳でもうすぐ十三歳にはなるけど、レイ様は色気たっぷりだけどまだ十四歳で、そんな、そんなあ……。
深緑の瞳がアリッサに照準を合わせ、少しだけ覗いた舌先が薄い唇を舐める。
――ひゃああ、た、食べられちゃうよぉぅ!
「抵抗しないのか?……ふっ、そんな期待した目で見て、煽るなよ」
私、期待した目で見ちゃってたの?期待してないわけじゃないです、でも、待って。
「……待ってくださいっ!」
予想したより大きな声が出てしまったとアリッサは口を手で塞いだ。レイモンドは辺りに視線を配り、誰も来ないのを確認する。
「大きな声を出すな。……キスしているのを見られたいのか。そういう趣味か、アリッサは」
感情の読めない冷たい視線がアリッサに突き刺さる。
見られて喜ぶ変人じゃないもん!こんなんじゃ幻滅されちゃうよ。
「ちがっ……」
思わず泣きそうになり、アメジストの瞳が潤む。
「期待に応えてやらないとな」
見つめる瞳の奥に欲望が煌めく。レイモンドの目が眇められた。
――また、キスされちゃうぅ!……え?
ズオオオオオオオオン……
「揺れてる?」
「こっちだ、アリッサ!」
レイモンドに手を引かれ、狭い書架の間から広い空間へ出る。
書架の本がカタカタと揺れる。天井まで作り付けの棚は落ちることはないが、地震が来れば本が落ちることもあると聞いた。
「こ、怖いっ」
アリッサが抱きつくと、レイモンドは彼女の背を撫でた。
「……地震か?それにしては……」
部屋を出て廊下から吹き抜けになっている階下を眺めれば、司書達が右往左往している。
「皆落ち着け!地震ではない!」
エンフィールドが声を上げ、騒いでいた客や職員が一斉に振り返る。
「地震では、ないの?」
「何かの衝撃のようだ。音は王宮の方から聞こえた。……魔法事故かもしれない」
「大変!」
頬に両掌を当て、アリッサは叫んだ。
「どうした」
「マリナちゃんとジュリアちゃんとエミリーちゃんが、お城に行ってるのに」
「何だって!?」
「お願いです、レイ様。私を王宮へ連れて行ってください!」
泣きそうなアリッサを前に、レイモンドは小さく「任せろ」と言い、銀髪をくしゃりと撫でた。
◆◆◆
「何かの間違いです。弟は国家の転覆を謀ってなどおりません!」
爆発事故の後、容疑者マシューの兄である宮廷魔導士リチャード・コーノックは、玉座の前で弁解する機会を与えられた。つまり、王による尋問である。黒に金糸で刺繍が施された宮廷魔導士専用のローブを着て、膝をついて王を見る。
「しかし、王宮に張られた結界を破り、魔法石の力で自らの魔力を増幅させ、大爆発を引き起こしたのではないか。王宮は王の在所、陛下のお命を狙っていると思われても仕方あるまい」
グランディア国王の代わりに、側に控えていたオードファン宰相が問う。
「結界はある程度の魔力があれば簡単に破ることができます。私は三属性持ちですが、滅多にいない四属性以上の魔導士なら、宮廷魔導士の協力を得ずとも中に入れます」
「そうなのか?」
初めて聞いた事実に国王が目を丸くする。
「はい。通常の賊の侵入を防ぐには、大仰な結界は必要ありませんから。弟は六属性持ちで高い魔力があります。弟と共に捕らえられたのは私の教え子も、自分でここの結界を破る力は持っています」
コーノックのブルーグレーの瞳に力が宿る。
「私がエミリーに、倉庫の瘴気の正体を突き止めてほしいと頼んだのです。彼女は私の弟とも顔見知りですから、転移魔法で協力を求めに行ったのかもしれません」
「二人とも全くの部外者では?」
「はい。……部外者の二人を爆発騒ぎに巻き込んでしまったのは私の責任です。今回のことを予見できなかったとはいえ、部外者を王宮に入れるなど、宮廷魔導士としてあってはならぬことです。いかなる処分もお受けします。ですから……」
なおも続けようとする彼を王は手で制する。
「よい。わかった……宰相」
「はい」
「あの腕輪は、宝物庫にあったか」
「腕輪……と申しますと、もしや」
グランディア国王は宰相の目を見て強く頷いた。
「王家に伝わる、『廃魔の腕輪』だよ」
それを聞いたコーノックは、茶色い髪を床に擦り付けるばかりにして泣き崩れた。




