61 港町・ビルクール
ジュリアとアレックスが誘拐され、自分の領地に監禁されていたと知ったハーリオン侯爵は、アレックスの父で騎士団長のヴィルソード侯爵と共に、犯人の隠れ家があった森へ来ていた。
南に開けた河口にかかる橋を渡り、南西に森林地帯が広がる小高い山である。砂利が敷かれた細い山道を少し入ったところに、木でできた倉庫のような建物があった。
「ここなのか、アーネスト」
「マシュー君が見せてくれた風景と全く同じだ。赤茶けた屋根、崩れかかった塀……こんなところにジュリアが閉じ込められていたなんて」
ハーリオン侯爵は絶句した。外観だけではなく、中はもっと酷い有様だった。
「なんだ、こりゃあ」
倉庫の木箱を開けたヴィルソード騎士団長は、上に乗っている藁を払い、中身をむんずと掴み出す。
「……何だ、それは」
「これか?新手の武器だな。この硬い殻の中に魔力を詰めて、地面に埋めておくんだ。踏めば一発で吹っ飛ぶ」
「恐ろしいな。そんなものがうちの領内に……」
「ハーリオン家が狙われてんのかもしれないな」
「俺は恨みを買われるようなことをした覚えはない。狙われてるのはお前の方だ、オリバー。犯人はアレックスは傷つけるなと言っていたそうだが、ジュリアは女の代わりについてきたオマケ扱いだったらしい」
「女?」
「ああ。お前の妻子を誘拐するつもりだったのさ」
「……畜生!」
ヴィルソード騎士団長は怒りを木箱にぶつけ、粉々に分解した。中に入っていた空の魔力封入装置(地雷)が床に転がる。
「俺は、何を見ていたんだ。使用人のこともそうだ。お前に言われなければ、あいつらを危険に晒し続けたままだったんだぞ」
悔し涙が胸元に落ちる。涙だけではなく鼻水も滴っている。
「そんなに自分を責めるな。アレックスもアンジェラも無事なんだから」
◆◆◆
現場検証を終え、二人はビルクール商会の本社に立ち寄って昼食休憩することにした。従者が馬車を裏に回している間に、ヴィルソード侯爵は波止場に停泊している貿易船に目を剥いた。
「ひゃあー、えらく大きな船だな」
「うちの船の中では中くらいだぞ」
「もっと大きい船があるのか?こりゃあたまげたな」
「あの大きさのが、確か八隻。大型は四隻……いや、今は三隻か。一隻は建造中でな」
海賊に襲われた船、青い装飾のマリナ号を作り直しているところだ。
「向こうに見えるだろう?あれが大型船。赤の装飾……ジュリア号だ」
「ジュリア?船に娘の名前をつけてるのか、お前」
「それぞれ娘が好きな色を使っていてね。飾りも四人に選ばせた。あの船は金の装飾と燃えるような赤が綺麗だろう。派手だが趣味がいい」
いつもの娘自慢が始まり、ヴィルソード騎士団長は苦笑した。用は済んだ。さっさと飯でも食ってしまおう。
「旦那様!」
ハーリオン侯爵が振り返ると、ビルクール商会の若者が転がるように走ってきた。
「だ、旦那様!アスタシフォンのロディス港より、急の魔法便が届きました!」
風魔法に乗って届く電報のような魔法便は、ロディスにある商会の取引先からだった。すぐに伝わるよう、急の場合はごく短い文章で認められる。
コドモヲホゴシタ
「う、うぉい、アーネスト、まだ昼飯食ってないぞ?」
中に入ろうとしていたヴィルソード侯爵の後ろ襟を掴み、ハーリオン侯爵は少し背伸びをして告げた。
「一人で食っとけ。……私は三日で戻る」
若い従業員をジュリア号へ走らせる。大型船三隻のうち、最も速度を出せる船だ。アスタシフォンまで急いで一日、一日港町にいても、残り一日あれば戻れるだろう。
「何があった、なあ、アーネスト!」
「息子が見つかったらしい」
「息子……海賊船にやられた養子の?」
無言で頷いたハーリオン侯爵は親友の肩を叩き、身を翻して波止場へ続く坂道を駆け下りて行った。




