表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?
75/616

59 悪役令嬢と魔性の囁き

首筋に息がかかる。くすぐったい。

ちらりと横目で見れば、マシューは恍惚の表情でエミリーの銀髪に顔を埋めている。

――二人きりになった途端これなの?この間は普通……でもなかったけど、もう少しライトな変態だったのに。

「人を呼ぶわよ。十二歳の少女に手を出している変態男がいるって」

「そっちが俺の部屋に飛んできたんだろうが」

ええい。耳元で喚くな、うるさい。低い声が耳をくすぐる。エミリーが好きな声優さんボイスだ。ゲームも面倒だったし、エンディングはいつも魔王しか出なかったし、いい思い出はなかったけれど、この声だけは好きだ。

――邪険にしたくてもできない!ああ、もう!

「単なる転移ミスよ。王宮の瘴気にやられて……」

「瘴気?」

マシューがはっとして腕の力を緩める。エミリーは彼の方を向いて足の間に座る格好になる。

「倉庫の中に、すごく嫌な魔法の気配がした」

「そんな危ない物が王宮に?」

「嘘だと思うの?お兄さんに言って、自分で確かめてみればいいわ」

「何故兄に」

「王宮の結界は宮廷魔導士でなければ破れないんでしょ?」

「いや。あれは、能力があれば破れる」

何だって?

「お前も、ここまで一人で来ただろう?」

言われてみればそうだ。王宮に入る時はコーノック先生と一緒だったが、出るときは必死だったから……私、一人で出られた?

てことは、最初から先生を誘わなくてもよかったのか。

「瘴気の原因を確認しに行くから、お前も来い」

「断る」

確認するのも嫌だし、マシューと行動を共にするのもいただけない。

「あのな……自分から言い出したんだろう」

「確かめてみればいい。ただし、一人で」

エミリーは今度こそ転移魔法で部屋から脱出しようとした。

――手を放せ。また無効化したな。この魔王が!

黒い目を細めてマシューはふっと笑った。

ドキン。

ああ、この顔、見たことあるな。

既視感からかエミリーの胸が高鳴る。やはり彼は乙女ゲームの攻略対象者なのだ。

中身は変態でも見た目だけは最高だ。

「……前から思っていたが、お前の魔法の気配は心地いいな」

「は?何の話?」

いきなり話題を変えてきた。これだから不思議ちゃんは……。

「俺は魔力を感じる時、触っているような感じがするんだ。お前の魔力は絹かベルベット。触り心地がいい」

「……どうも」

褒められているのか?一応、そうなんだろう。

「お前はどう思う?俺の魔力はすべすべしているのか、ざらざらしているのか?自分では分からないからな」

「私はあなたの魔力を触っていない。魔力は匂いで分かる」

「匂い?」

「あなたの匂いは、シトラスミントの香り」

「しとらすみんと?」

「ああ、えっと……コクルルとエヴォムを足したような、すっきりする匂いよ」

「悪くないってことか」

「そう。……王宮の倉庫は、生ごみのにおいだった」

エミリーは顔を顰めた。吐き気を催すあのにおいが蘇る。

「俺が行ったら、どんな風に感じることやら」

「針に刺されるような不快感でしょ」

「……遠慮したいが」

眉間に指を当てて俯く。無表情な彼が嫌そうな顔をするなんて。

「私では太刀打ちできなかった。だけどあなたなら、発生源を除去できる」

強い視線を送れば、マシューは深く頷いた。

「それは俺への挑戦と受け取っていいんだろうな」

「勿論。やれるものならやってみなさい」

ふふん、とエミリーは笑った。自分も負けたあの瘴気に勝てるわけがない。必死に転移して逃げるに違いない。

「少しは私の気持ちが分かる」

「そうか。では、撤退する時は、転移先はお前のベッドか」

マシューはまた、ふっと瞳を細めた。

「うちに来るのは却下」

冗談きついわ。これ以上この人と仲良くなってたまるか。

そんな優しい瞳で見ないでよ。

ヒロインに失恋して魔王になるくせに。その魔力で、悪役令嬢を、私を殺すくせに。

「……一緒に来い」

マシューがまた耳から媚薬を注ぎ込む。身体の芯が震え、心臓がドクリと脈打つ。

迷惑そうに睨み付けるエミリーの腰に手を回し、マシューは転移魔法を発動させた。


   ◆◆◆


「マリナ、どこ行ったんだろ……」

叩かれて赤くなった頬をそのままに、ジュリアは王宮の廊下を歩いていた。

セドリック殿下の「お付き」であるアレックスには、殿下の傍にいてもらうことにし、一人で姉を捜し歩く。

「王宮にはよく来ているから、迷うわけはないんだけどなあ」

以前廊下を走って怒られたことがあり、駆け足になる寸前の競歩のようなスピードで歩きながら、キョロキョロと辺りを見る。

「お父様のところかな」

四姉妹の父は王立博物館の館長である。王宮に部屋を持つ必要はないのだが、王の計らいで部屋を賜り、日常生活の相談役となっていた。一部の貴族にはよく思われていないのだが。

「東側、だよね。こっちが南、だから……」

窓の外は暗い。夕方までまだ時間はあるが、分厚い雨雲に遮られ日差しが届かない。明るく暖かな回廊も、冴え冴えとした空気が漂う。

「うわ、ホントにオバケが出そう……やだな」

殿下を放置して、アレックスを連れて来ればよかったとジュリアは悔やんだ。彼とばかばかしい話をしていれば、恐怖感など微塵も感じなかった。少しだけ踵が高いブーツの足音が硬質の床から響く。白い廊下はずっと向こうまで続いている。あまり使われていないらしく、どの部屋も扉が固く閉ざされている。

「こんなとこ来ないよねえ……ん?」

何か、青色の物が落ちている。

――あれは!

脇目も振らずに走り、それを手に取る。

じっとりと湿り気を帯びたそれは、泥にまみれたマリナのリボンだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ