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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?
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55 悪役令嬢と彷徨う鎧

「今日は空模様が悪うございますね」

執事のジョンが主人であるハーリオン侯爵に言った。

「ああ、向こうに黒い雲が見える。一雨きそうだな」

侯爵はサーモンピンクのカーテンをずらすと、山を見て答えた。

「マリナはいつ帰ってくるかな。雨が降り出す前ならいいが」

「心配ですねえ」

「この頃は特に、王太子殿下に引き留められているようだからな」


   ◆◆◆


王宮の一室で、マリナは王太子セドリックとチェスに興じていた。

乙女ゲームの世界はいろいろと設定がぬるい部分があり、このチェスのように現実世界と変わらずにあるものもある。植物の名前は違うのに、だ。

「マリナ、強いな」

「殿下が弱すぎるんです。もう帰ってもよろしいですか?」

マリナがチェスの駒を片づけ始めた。セドリックが慌てて手を止める。

「ちょっと待って」

「待ちません。手ごたえのない試合は嫌いなんです、私」

強めに主張すると、すぐにセドリックは叱られた子犬のように項垂れる。

「これでも、練習したんだよ」

「誰と?」

「……アレックス」

こりゃ勝てるわけがないわ、とマリナは肩をすくめた。

「次は……オードファン家のレイモンド様がよろしいのでは?」

「レイモンドぉ?だ、ダメだ、あいつだけは」

セドリックはレイモンドと何度かチェスをしたが、その度にボロ負けした挙句、チェスもできないようでは王失格などと暴言を吐かれている。毎回それでは心が折れてしまう。

「いつも同じ手で勝とうとするからですわ。少しは頭を使って別の策を考えたらよろしいでしょうに」

「うう……そう、言わないでさ。もう一回、もう一回だけ!」

セドリックは窓を見た。山の向こうから黒雲が流れてきている。

「天気も悪くなってきましたし、私、お暇したいのですけれど」

「お願いだ!あと少しだけ、一緒にいてほしい」

マリナは溜息をついて椅子にかけ、赤茶色のテーブルにチェス盤を置いた。


   ◆◆◆


「まだですか、殿下」

退屈そうに扇子を開いたり閉じたりしている。パタパタという音が静かな室内に響く。

「……待て」

「待てません。いつになったら駒を置くんです?」

そろそろ雨が降りそうだ。セドリックは持ち時間引き伸ばし作戦でマリナを引き留めようとしていた。昼だというのに外が急に暗くなり、大粒の雨が降り出す。

「ああ、降ってきてしまいましたわ」

マリナは大袈裟に溜息をつき、セドリックを責めるような視線を向けた。

「……よし、ここだ」

すぐに駒を置く音がし、マリナは無言でセドリックが置いた駒を取る。

「ああっ」

「あれだけ待たせておいてこれですか」

――私の時間を返してよ!

稲妻が光り、雷鳴が轟く。

「きゃっ」

流石のマリナも小さく叫んだ。

また比較的近くに落ちたような音がした。王宮には多くの樹木があって、雷がよく落ちるのだ。セドリックは慣れっこなのか平気な顔をしている。

「怖いのかい、マリナ」

マリナの隣に座り直し、王太子は彼女の肩を抱き寄せた。

――どさくさに紛れて何なのよ。また光った!

「当たり前です、こんな近くに……きゃっ」

ドオオン!

「わあっ」

一際大きな雷鳴が聞こえ、建物に振動が伝わった。室内を照らしていた光魔法の球が転がり落ち、水風船のように割れてしまう。

「灯りが消えてしまったね」

真っ暗な室内は、時折稲妻に照らされた時だけお互いの顔が分かる。後は全て手探りだ。

「マリナ、ここを動かないで」

セドリックはマリナの手を取り、腕を撫で、肩から頬を撫で上げる。

「殿下、何をして……」

「君がどこにいるか確かめているんだよ」

――だからって触りすぎでしょう?

ドオオン、バリバリバリ……。

再び大きな雷鳴がした。稲光が室内になかった何かを照らした。

――何、あれ!

それは銀色に光る甲冑だった。部屋のドアを開けて甲冑はゆっくりと入ってくる。ガシャン、と金属の音が鳴る。こちらを向いた甲冑が、斧を振り上げた。

――頭部がない?

マリナの脳裏に、アリッサが読んでいた物語が蘇る。確か王宮には、首なし騎士の伝説が……。嘘でしょう?

「セドリック殿下、あれが見えますか」

「あれ?何のことかな」

「銀色の甲冑ですわ、ほら、ドアのところに……」

「甲冑?僕には見えないなあ」

セドリックはとぼけた。アレックスがジュリアの協力を得て、倉庫の鎧を持ち出してきたに違いない。重そうな鎧なのに、よくやるなと思う。

「斧を持って、あ、頭がないんですよ?」

「大丈夫だマリナ。怯えなくていいよ。僕がついている」

ここぞとばかりに恰好をつけて、セドリックは震えるマリナを両腕で包む。

それにしてもアレックスの奴、上手くやったなと感心する。子供が鎧を着ているにしては、肩の辺りも十分な高さがあるし、斧だって高く上げるのは難しそうだ。

あとでからくりを聞いてみようとセドリックは観察を続けた。――ところが。

部屋にもう一体の鎧が入ってきた。

鎧自体は大きいが脚が短く、見るからにガクガクしている。前が見えないのか、壁に突進していく。

「いでっ」

「押すなよ!」

何やら小さい声が聞こえる。

「……ジュリア?」

マリナが怪訝そうに不恰好な鎧を見た。

「ひっ」

不安定な歩行を見せる鎧が、先客の鎧を見て声を上げた。

「で、出たああああ!!」

鎧が投げ捨てられ、中からジュリアとアレックスが転がり出る。両足を甲冑の膝当てで纏められていて、必死の形相で匍匐前進してくる。

「マ、マリナ、これ、これ……」

ジュリアは腰を抜かしながらもう一体の甲冑を指さす。

王太子の顔色が変わった。

「あ、れは……アレックス達ではなかったのか?」

真っ青になってガタガタ震えたかと思うと、セドリックは意識を失って、カクンとマリナの膝に倒れこんだ。


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