54 悪役令嬢は童話を読む
「ジュリアンはさ、俺のことどう思ってる?」
剣の稽古の合間に部屋で休憩していると、アレックスが唐突に聞いてきた。
「どうって、何、ああ、親友?」
「ん、まあ、そうだよな?」
アレックスは腑に落ちないように、うーんうーんと首を傾げている。
「何かあったのか」
「いや、昨日さ、父上と王宮に行って、セドリック殿下とお話ししたんだよ。俺達が誘拐された時にマリナと一緒にいたんだって。怖かっただろ?って聞かれて」
「怖かったんだ、アレックスは」
「怖くない!全っ然怖くなんかなかった!……殿下にもそう言ったんだが」
「信じてもらえなかったんだ。殿下はアレックスがビビりだってご存じだものね」
「ビビりじゃない!……殿下は俺に橋が何とかって言ってきてさ」
「橋?」
「ジュリアンと一緒でドキドキしなかったかってお尋ねになったんだ」
――吊り橋効果?
セドリック殿下は、私が女だって知ってるからなあ。
男同士で吊り橋も何もあったもんじゃないよね。何言ってるんだろ。
「アレックスはドキドキしたのか」
にや、と笑って小突けば、アレックスは真っ赤になって「うるせー」とこちらを睨む。
「俺のことはどうでもいいんだよ。問題は殿下だ。殿下もその……橋?になりたいって」
人柱じゃないんだから、橋になりたいって何だよ。
「男女が一緒に危険な目に遭うと、怖くてドキドキしたのを恋愛のドキドキと勘違いするっていうよな。殿下はそれを望んでおられるんだろ」
「う、うん。その通りだ。ジュリアン、お前すげーな」
アレックスの金色の目が心からの尊敬を込めて輝いている。
「アリッサの受け売りだから」
「殿下は、マリナと二人の時に、ドキドキするような怖い目に遭いたいってさ」
「無理じゃないか。王宮の外に出ないし、護衛がいっぱいいるし」
「だよな。俺もそう思ったんだ。そうしたらさ、この本を貸してくださって」
アレックスは傍らの机から本を持ってきた。使われていない感満点の机にはペンの一本もない。
「『ぐらんでぃあおうこくのこわいはなし』?……って絵本かよ!」
ジュリアは激しくつっこんだ。
「他に文字ばっかりの本もあったんだけどな、これが一番わかりやすいからって殿下が」
侮られまくりだろ、それは。
似たような本をアリッサが読んでいたように思うが、厚さも違うし文字も少ない。
「ここだよ、ほら。『くびなしきし』のところ」
◆◆◆
ぐらんでぃあおうこくのこわいはなし だい4わ
くびなしきし
むかしむかしあるところに、うつくしいおひめさまがいました。
おひめさまにはけっこんをやくそくしたおうじさまがいました。
あるとき、かっこいいきしがおひめさまにあいました。
きしは、おひめさまをひとめですきになったので、おひめさまにすきですといいました。
おうさまはおこって、きしをころしてしまいました。
それからすこしたって、やまおくからでてきたおとこが、おしろにやってきました。
おうさまにあうためです。
おしろにはいっておうさまにあいさつをして、かえろうとしたとき、きゅうにそらがくらくなりました。
おとこはおしろのなかで、あめがやむのをまちました。
すると、ろうかのむこうから、かしゃん、かしゃんと、あしおとをたてて、なにかがあるいてきました。
よくみると、それはきしのようです。
てもあしもありましたが、かおだけがありませんでした。
おとこはおどろいて、いちもくさんにいえへにげかえりました。
おわり
◆◆◆
「……読みにくい。絵があったからいいようなものの」
「だな。お前、これをやれるか?」
「首なし騎士をか?」
「俺達で首なし騎士を動かすのさ。怖くて怯えるマリナを殿下が守る!みたいな」
「はははっ。マリナはそんなの信じないってば。逆に殿下が泣きそうじゃん」
ジュリアは手を叩いて喜んだ。泣きべそをかく王太子の姿は想像に難くない。
「俺もそう思う。でもな、たってのご希望だから。……殿下はさ、マリナには他に好きな人がいるんじゃないかって言ってた」
「あ……」
ジュリアの顔が真顔になる。王太子と同じ金の髪の……。
「マリナは、自分を通して、誰か別の人を想っているようだって」
――王太子の前で、何やってんだよ、マリナ。
呟くアレックスの表情が暗い。切なげだ。
王太子がどんなに苦しそうだったか、彼の表情から伝わってくる。
「ジュリアンは何か知らないか。マリナに好きな人がいるのか?」
「おれ、は……」
首を横に振る。
「知らないよ。……姉の恋バナなんか知るかよ!」
わざと男らしく告げて、椅子から立ち上がる。
「ほら、行くぞ、練習。続きやるんだろ?」
アレックスの肩を叩き、先にドアまで進む。開けようと手をかけて振り向き
「やってやろうぜ、首なし騎士。殿下とマリナのためにさ」
と明るく声をかけた。
◆◆◆
「……というわけでさ。どうかな、協力してくれない?」
ジュリアは妹二人の顔を見た。
「怪談くらいで吊り橋効果が出るかしら」
「マリナちゃんはオバケ嫌いだもの。うまくやれば大丈夫よ」
「首なし騎士、嘘だって言ってなかった?」
「うーん。あれはね、私が調べたところだと、いろいろな噂が混ざった創作だという結論になったのよ。レイ様も正解だって言ってくださったもの」
レイモンドに認められて鼻高々のアリッサは、腰に手を当てて胸を張った。
「ガセなの?」
「そうよ。前の話と次の話の間に結婚した王太子は一人だけ。でも、その妃は十歳で王家に嫁いでるの」
「結婚は十六歳からでしょ?」
「王家は特別なの。それにね、その王太子妃様はグランディア王国の貴族令嬢じゃなくて、アスタシフォンから嫁いでこられた王女様だったのよ。到着してすぐに結婚式でしょ?一介の騎士が一目惚れするチャンスはそうそうないもの」
「まあ、十歳の女の子に一目惚れする青年男子って……なんかなー」
「この間まで十九歳の男に寝室を覗かれていたがな」
エミリーが暗く呟く。
「そうだ、エミリー、この頃夜中に魔法使ってないね」
「夜もちゃあんと寝られてよかったね」
「まあ、釘刺したから……」
釘どころではなく、マシューは就職先を失う羽目になっているのだが。
「うん。ま、首なし騎士は嘘だったってことか」
「そうね。ついでに言うと、同じ時代に王権奪取を目論んだ貴族がいてね。今は断絶したから残ってないけど、騎士の家系だったようなの。で、クーデターを起こす前に見つかって処刑されたって」
「誰かが悲恋にねつ造……」
「噂なんてそんなもんじゃん。でもさ、鎧が動いてたってのは、関係なくない?」
「それよ」
アリッサは人差し指を立てて、ちっちっちっ、と動かした。
「王宮の倉庫にある武器や防具はね、年に二回お手入れしているのよ。昔からずっとそうなんですって。魔導士が別の部屋に運んで浄化魔法をかけるんだけどね」
「そうか……」
はっとしたようにエミリーが眠そうだった目を見開く。
「何?」
「魔導士は重たい鎧を運べない」
「だから?」
「浮遊魔法で移動させる」
「うん!その通りなのよ、エミリーちゃん」
アリッサはエミリーの手を握り、上下にぶんぶんと動かした。同志よ、とでも言うように。
「田舎から出てきた貴族は、王宮の年中行事を知らなかったのよ。自分で部屋へ行くようにって、魔導士が魔法をかけて浮遊させていた鎧を見て腰を抜かしたのね」
「なあんだー。単なる勘違いかー」
ジュリアがベッドに倒れる。
「ジュリアちゃんが鎧を着るの?」
「どうかな。重かったらアレックスに着せる。倉庫の鍵は王太子殿下に開けといてもらうことにするし、早めに準備して……」
「私はマリナちゃんにもう一度、首なし騎士の話をするね。まだ種明かしはしてないから、怪談の謎は解けなかったってことにしておくね」
「よろしく!……よっしゃ、アレックスと細かいとこ詰めなきゃ」
ベッドをボンと弾ませて立ち上がると、ジュリアは勢いよく走って行った。ドアを開けて侍女にぶつかりそうになり謝っているのが見える。
「私も、図書館でまた借りて来なきゃ」
とアリッサが続いて部屋を出ていくと、残されたエミリーは目を眇めて窓の外を見た。




