05 悪役令嬢はドラゴンを狩る
三人の令嬢が部屋に入ると、ハーリオン侯爵夫妻は誰かと談笑している最中だった。両親の向こうに白い服の男を確認し、三人は身を竦めてこそこそと内緒話をした。
「誰?」
「白に金糸の刺繍……王宮付きの魔導士みたいね」
「マシューと同じ。でも髪は違う。茶色に見える」
「やだ、こんなところで攻略対象と繋がりを作りたくないわ」
二人に押し出されてマリナが先頭になり進むと、両親の傍に並んだ。
「ああ、来たか」
ハーリオン侯爵はエミリーの肩を押し、自分の前に立たせた。エミリーはぎょっとして父を見上げた。
「コーノック先生、この三人があなたの教え子になります。マリナ、アリッサ、エミリー、こちらは宮廷魔導士のリチャード・コーノックさんだ。今日からお前達に魔法を教えてくださる先生だよ」
「ほら、三人とも。挨拶なさいな」
三人と同じ銀髪を結い上げ、一見地味に見えるが上質のドレスを纏った侯爵夫人は、笑みを浮かべて三人を見た。美しい顔は笑っているのに、目が笑っていない。今度こそ魔法の家庭教師を追い出したら母の逆鱗に触れる。
「長女のマリナです。ご指導よろしくお願いいたします」
「三女のアリッサです。魔法はちょっと苦手です。優しく教えてください」
「四女のエミリーです」
よろしくとも言わないエミリーを見て、コーノック先生は腰を落とす。エミリーの目の前に屈んで、ブルーグレーの瞳で彼女の顔を覗き込んだ。
「あ……」
「噂は聞いているよ。お手柔らかにね、エミリー」
◆◆◆
侯爵夫妻に退出の挨拶をし、コーノック先生は三人を中庭に連れ出した。向こうでは、ジュリアとアレックスが追いかけっこの末、庭師が丹精込めて育てている薔薇をボロボロにしたらしく、執事のジョンに叱られているところだった。
「あそこにいるのが、ジュリアです。私達姉妹の二番目の」
「呼ばなくていいのかな?」
「ジュリアは魔法のセンスがゼロで、教わるだけムダなんだって、前の先生が言っていました」
「ひどいことを言う人がいたものだね」
コーノック先生は悲しげに眉をひそめた。そうなんですよぅ、とアリッサは唇を尖らせた。イケメンで若くて優しい先生が来たので少し浮き足立っているのか、いつもよりぶりっこが見え見えだ。
「コーノック……」
マリナは二人の後ろをついて歩き、何やらぶつぶつと呟いていた。
「ねえ、エミリー」
「何」
「あなた、コーノックって名前知ってる?貴族名鑑にはなかったような……」
「そうね。貴族じゃないもの」
「知っているの?」
「マリナ。私、まずいことになったかも」
見ればエミリーは細かく震えている。先生に何か魔法をかけられでもしたのだろうか。
「魔法科教師……マシュー・コーノック。攻略対象と同じ苗字でしょう」
◆◆◆
コーノック先生が課題を出し、三人はそれぞれ魔法を披露した。
「この花壇にはまだ蕾の花がたくさんあるね。よし、これを一つ咲かせてみて」
「はい」
マリナが呪文を唱えると、水の玉が現れ花の上で霧散した。
「うーん。水をあげる発想はよかったけれど、咲かなかったね。じゃあ、次は」
「私の番ね」
アリッサが呪文を唱え、花が植えてある花壇の土が揺れる。と、周りの花が萎れた。
「ああ、いけない!」
コーノック先生がアリッサを止め、呪文を唱えて萎れた花を元に戻す。
「土に働きかけて、養分を集めたつもりだったんだけどな……」
しょぼーん、と言いながらアリッサが俯いた。
「次はエミリーの番だね」
肩を叩かれ、エミリーはびくりと体を震わせる。
「やってみて」
促されてエミリーは前に進み、花に触れると
ぶわっ
と触れた花が開き、周囲にある花も半開きになった。
「エミリーちゃんすごい」
「呪文を唱えたようには見えなかったわ」
「今のは、何の魔法だったんだい?」
エミリーは小さく、わかりません、と言う。
「花を咲かせたい、と思って触れただけです。こうしたい、と思うと自然と魔法が出ます」
天才肌の人は自分のやり方を人にうまく説明できないものなのだ。エミリーは自分で何の魔法を使っているか分からないままでも、なんとなくやれてしまう素質があった。
「それはすごいね。だけど、発動する魔法の属性によっては、状況が悪化することがあるから、意識して魔法を使う訓練をしよう」
コーノック先生は三人を広い芝生の上へ誘った。
空を見上げて何もないのを確認し、少し離れた庭木に目をやる。
「あそこに果物がなっているね。見える?」
「はい。黄色い実がなっています」
「そうだね。コクルルの実がたくさんなっている。それも木の上の方にたくさん」
「あれを取るのですか?」
マリナが問いかけると
「正解」
とコーノック先生は人差し指を立てた。軽く目を細めて、ウインクでもしそうだ。ウインクしたらそれはそれで恰好良かろうが、自分の容姿を鼻にかけていそうで少しイライラする。宮廷魔導士としてマナーも完璧で、一つ一つの動作が美しく、マリナとアリッサはすっかり心を許してしまっている。エミリーだけが激しく警戒しているのだ。
「やり方を教えよう。ここでは風の魔法を使うよ」
呪文を詠唱して腕を庭木へ向け振うと、コクルルの実が弾けて飛ぶ。すかさず次の風魔法で拾い、投げられたボールのように先生の手へ飛んできた。
「すごーい!かっこいー!」
アリッサが口に両掌を当て、きゃあきゃあ言っている。
「やってみます」
マリナが先生の詠唱と動きを完全に真似て実を弾き手元へ寄せる。
「いいね!君は風魔法が得意なようだね」
「そうですね。他より少し自信があります」
次にアリッサが先生の詠唱を諳んじる。暗記は朝飯前なのだが、動きが怪しい。
「へっぴり腰」
「しっ、エミリー。アリッサが真面目にやっているのよ」
腰を痛めた老婆のようになりながら、アリッサは腕を庭木に向けて振った。
……ゴスッ。
木の幹に何かが当たる音がし、周囲に沈黙が訪れた。
「ああ……空気の弾が木に当たったようだね」
コーノック先生が分析し、またもアリッサは俯いて小さくなった。
「大丈夫だよ。あとはコントロールだけだからね」
優しく頭を撫でられ、うんうんと頷きながら両手を握りしめている。何のガッツポーズだか分からない。
「エミリーもやってみるかい?」
先生の実演通り、エミリーはきちんと呪文を詠唱し、腕を振り上げた。が。
ズワッ
周囲の地面から芝が引き抜かれて舞い上がり、竜巻になって空へ上っていく。
「きゃあっ」
スカートが捲れ上がりそうになり、マリナが手で押さえる。アリッサは尻餅をついて倒れた。竜巻の中心にいたはずのエミリーは、肩まで伸びた銀の髪を揺らし、何事もなかったかのように佇んでいた。
「どこかへいってしまったね」
「そのようね……あら?」
四人が空を見上げていると、黒い影がだんだん大きくなってきた。
「あれ、何?」
「来る!こっち来るよぉ!」
「危ない!」
コーノック先生は三人をまとめて抱きかかえると、風魔法で瞬時に飛び上がった。
ドオォォォォォン
衝撃で侯爵邸の庭が抉れている。砂煙が立ち上り、何があるのかよく見えない。執事に叱られていたジュリアとアレックスがこちらへ走ってくる。
「君達、危ないから来ちゃダメだ」
三人を抱えたコーノック先生がジュリア達の傍に降り立つと、子供達五人を執事のジョンに頼み、庭に落ちた物を確認しに行った。
しばらくして、魔法の発動で穴が光ったかと思うと、先生は皆に呼びかけた。
「もう安心だ。皆、こっちに来て見てごらん!」
ジュリアが猛ダッシュし、アレックスがそれに続く。穴を覗いてうわーと叫ぶ。
エミリーが最後に穴の縁に到着し、中を覗きこむとそこには、
グエエエ!
と鳴く傷ついた幼ドラゴンの姿があった。