52 閑話 魔法科教師は採用を見送られる
古魔術の呪いを解呪していた俺の元へ、王宮にいる兄から急の知らせが届いた。
使いをさせられた鳥が俺の部屋の窓に倒れこむ。手紙を受け取ると回復魔法をかける。
何だろう。父や母に何かあったのだろうか。
手紙に目を走らせ、俺は胸が高鳴った。お前にしかできないことを頼みたいとある。しかも、依頼人はハーリオン侯爵だと。
学院の職員寮へ転移魔法で戻る。一張羅の黒いローブに着替えると、兄が置いて行った魔法陣に立ち発動させた。転移先はなんと侯爵家の客間だった。侯爵と夫人はいきなり現れた俺を歓待した。兄はこの家の家庭教師で使用人とも顔なじみであるが、俺は見るもの聞くもの全てが新鮮で、場をわきまえずキョロキョロしてしまう。
「……マシュー」
兄にローブを引っ張られ我に返る。侯爵夫妻と簡単に自己紹介を済ませ、依頼された通りに遠見の魔法を発動させる。
まずは邸の中をくまなく探す。上階のある部屋に差し掛かった時、俺は激しい衝撃を受けた。
「っつ……」
「大丈夫か、マシュー」
兄が心配して背中をさする。
「ああ。ちょっとな」
強い魔力の波動を感じる。とても心地よい、絹かベルベットに包まれているような幸福感で満たされる。
「見つかりそうか?」
「もう少し時間をください」
俺の代わりに兄が答えた。
数分の後。
「エミリー、まだ起きていたのか」
「強い魔力の気配がしたから」
強い魔力の波動を伴い、件の少女が部屋に入ってきた。
兄の自慢の生徒、そして俺がライバルとして目をつけている子供だ。父侯爵に受け答えしながら、俺を一瞥する。
ぞわり。
何だ、これは。
兄と侯爵は俺を少女に紹介した。
「それで、ジュリアは見つかったのですか?」
「まだなんだ。こいつも頑張ってはいるんだけど、どうも調子が悪いみたいだ」
悪かったな。この子の気配に気を取られて集中できないだけだ。
「そうですか。では、他の方にお願いしては?」
何だと?
やってみなさいよ、この無能が!
とでも言うように彼女が罵るような視線を向けてくる。
「自分に、やらせてください。必ず探し出します」
貴族に頭を下げるのは癪に障るが、侮られたままでは帰れない。侯爵と侯爵夫人に頭を下げ、俺は再挑戦を願い出た。
「お父様」
エミリーが進み出る。遠見で何年も見てきたが、相変わらず無表情な少女だ。まるでよくできた人形のようだと思う。
「先生の弟さん……マシューさん?もお疲れのようだし、ここは」
彼女の口から俺の名前が。
息が止まる。心臓に杭でも打ち込まれたかのようだ。
「魔法を分担したらどうかと思うの」
突然の提案に、俺は頷くことしかできなかった。
◆◆◆
ハーリオン家の魔法具保管庫は、一種の宝物庫だった。
俺達は代々の当主の魔力が籠められた魔法石の力を使い、光魔法と風魔法を分担して遠見魔法を発動することになった。
俺が手を握ると、光魔法の衝撃に驚いたエミリーが顔を歪める。無表情が崩れて、きゃあきゃあいう様は年相応の女の子のようだ。
「あなた黒ローブなんだから、闇魔法の魔導士でしょう?」
「俺は全属性持ってる。お前は……光以外の、五属性か。なかなかやるな」
兄が言っていた通りだ。闇を主属性にした紫・青・赤・橙・緑。五色の波動を感じる。王宮にいる宮廷魔導士のように高度な魔法を使える者でも、多くて二つの属性を持つ程度だ。彼女のように多属性の魔法を使いこなせるのは、この国はおろか大陸全体でも何人もいないと聞く。
「光魔法は体質的に受け付けないの」
「今は我慢しろよ。姉のためだろ」
有無を言わさず手を握ると、再度衝撃を感じたのかエミリーは俺を恨めしそうに見つめた。
協力して遠見魔法を発動させる。二人の身体に魔力を循環させ、増幅させる。
「ジュリアの魔力の気配を感じるか?」
「ううん。ジュリアは魔力が殆どない。気配から辿るのは不可能ね。他に方法はないの?」
魔力が殆どないだって?
貴族は多かれ少なかれ魔力持ちじゃないのか?
――あれしかないか。まったく、気が滅入る。
「ある、にはあるんだが……」
「できないわけ?難しいの?」
何かにつけて俺を侮る発言ばかりだな、こいつは。
言い返したいのを胸に秘め、俺は彼女を見た。
――うん。見た目だけは完璧だ。美しい。
「簡単だ。……血があれば」
「ジュリアの血が必要なのね」
遠見魔法で見る先を定めるには二通りある。通常は見たい場所か、会いたい人を思い浮かべて魔法を発動させる。しかし、範囲が広く場所が遠い場合は焦点がずれやすい。会いたい人を思い浮かべても遠見がうまくいかない。
「本人なら一番いいが、血縁が近い者の血でもいい。なるべく外見が一致している者がいれば……」
俺はエミリーを見つめた。兄の話では、侯爵家の四つ子姉妹はそっくりだと言っていた。
「お前の血をくれ。少しでいい」
短剣を渡してエミリーに指を切らせた。白い肌と赤い滴が鮮烈な印象を与える。
血が垂れないよう、俺はすぐに彼女の手を引き寄せ、切った指先を口に含む。
「……ひっ」
小さく息を呑んだ彼女を見る。頬がわずかに赤くなったか。
動揺する表情が見たくて、必要以上に指をしゃぶってしまった。甘く感じる彼女の血を魔力に変え、もう一方の手を繋ぐ。成果は明らかだ。先ほどより視界がはっきりしている。
「これ……」
「見えたか」
エミリーが声を上げ、姉の危機を知らせた。俺は彼女を抱えると、今見た場所へと転移した。
◆◆◆
侯爵家で魔法を使った日からひと月あまりが過ぎ、明日は王立学院の卒業パーティーが開かれる。去年も一昨年も、卒業パーティの前には、話したこともない女子生徒が俺にエスコートを頼みに来る。王立学院魔法科の天才だの、将来は魔導師団長になるのは堅いだのと言われ、肩書に惚れ込んだ貴族令嬢が平民で教師の俺にアプローチを仕掛けてくるのだ。その都度適当な理由をつけて断っていたが、そろそろ面倒になってきたな。
ある男爵令嬢が俺の教官室に来た時のことだ。
彼女は、爵位のある貴族の令嬢が、一介の平民風情に理由もなくエスコートを断られたのが余程頭にきたようだった。
「恥を知りなさい!薄汚れた平民のくせに!」
あろうことか魔法科教師の俺に、火魔法をふっかけてきたのだ。
頭から大量の水を浴びせて消し去れば、濡れ鼠になった令嬢は半狂乱で喚きたてる。
「何ですのあなた!わたくしをこんな目に遭わせて……後悔するわよ」
「身の程知らずはどっちだろうな。俺は魔法でやりあえる奴しか、相棒として認めないんだがな」
微力の魔法を発動させ、赤い左目を光らせる。片手には金色の火花を散らす闇色の魔法球を出現させる。
「ひっ……」
令嬢は腰を抜かしてへたりこむ。這いつくばるようにして逃げて行った。
パーティーを前に、学院長が俺を呼びだした。
卒業後一年は宮廷魔導士の試験勉強を兼ねて、魔法の研究をするため王立学院に留まっていたが、宮廷魔導士の人数が定員超過で俺は採用を見送られたとのことだった。
兄からは、人数が足りていないと聞いていたのだが。
「この時期に、急な話ですまないね」
好々爺の学院長は申し訳なさそうに俺を見る。この人は悪くない。
「圧力でもありましたか」
「い、いや、決してそんなことは。魔導士として君の能力は一流で……」
「なら、採用されても良いのでは?」
ふう、と息を吐き、学院長は隠し事を諦めたようだ。
「陛下に、君が犯罪行為を行っているとの進言があった。強い魔力を持つものが悪に染まれば国は滅ぶ。王宮魔導士は傷一つなく清廉潔白でなければならない」
度の合わない眼鏡を下げて、学院長は鋭い視線を俺に向けた。
「少女の寝室を盗み見るような男は、王宮には要らないとさ」
ぎくり。
――やはり、それか。
「私は別に、君を責める気持ちはない。強力な魔導士ほど、生涯の伴侶に出会えないと聞いたからね。君がその子に何か特別なものを感じているのなら……」
特別?エミリーは兄が認めた俺のライバルだ。
七歳も下だけど、ライバルなんだ。
魔法の属性も俺より一つ少ないけれど、ライバルだから気になって……。
学院長の言葉に混乱した俺は階段を踏み外し、気づいた時には卒業パーティーが終わった後だった。




