49 悪役令嬢は攻略対象に痺れる
ドアの軋む音に室内にいた全員がこちらを向く。
渋い顔をした父母、コーノック先生、そして。
「エミリー、まだ起きていたのか」
「強い魔力の気配がしたから」
コーノック先生の隣に立つ黒いローブの男にちらりと目をやれば、ビクリと魔力の気配が波立つ。
「エミリーには分かってしまうようだね。流石だ」
先生はびくびくしている隣の男に微笑みかける。まるで私の生徒はすごいだろうとでも言うように。エミリーは不審人物を無視して父母と師に問う。
「コーノック先生が探してくださるのですよね」
「私は遠見はできないからね。助っ人を呼んだんだ」
「ああ。先生の弟さんだ。王立学院魔法科始まって以来の天才と言われている。そうだね、マシュー君」
ローブのフードを下ろし、マシューが顔を見せる。
黒くて真っ直ぐな長髪は無造作に束ねられ、前髪で顔の半分が隠れている。片方だけ見える涼しげな瞳は黒曜石の輝きだ。通った鼻筋、薄い唇。見た目だけなら完璧な美少年だ。
――覗き魔の少女趣味の変態だけどな!
エミリーは想像通りの展開に地団駄を踏みたくなった。
尤も、無表情で両親と客人を見つめただけだったが。
覗き野郎には文句を言ってやりたかった。でも、攻略対象には会いたくなかった。
――何で来るのよ!用事があるなら来なくてもいいのに。
ジュリアの捜索には遠見魔法が有効なのは、魔導士を目指すエミリーにも分かっている。他に遠見魔法を使える魔導士もいただろうに、どうしてこの人を連れてきたのか。恨めしい気持ちでコーノック先生を見る。――ただし、無表情で。
ゲームで魔法科の教師を務めるマシューは、ヒロインより七歳年上だ。ヒロインはエミリー達と同じ学年だから、マシューは現在十九歳。王立学院を卒業したのだろう。在学中は魔法の乱用が禁じられている学院の寮から我が家を盗み見ていたのか。学院全体に張られている結界を破り、尚且つエミリーの張った結界を破り、そうまでして家の中を見るとは。
ゲームのエンディングでも魔王になった男だ。マシューは底知れぬ魔力を持っている。エミリーの厳重な結界を破れるとしたら彼以外にいない。
黒い瞳をじっと見つめると、マシューはいたたまれなくなったのか目を逸らした。片目を鬱陶しい前髪で隠しているが、エミリーは隠された瞳が赤いと知っている。
「それで、ジュリアは見つかったのですか?」
「まだなんだ。こいつも頑張ってはいるんだけど、どうも調子が悪いみたいだ」
コーノック先生はマシューの頭をがしがしと撫でる。撫でているのか叩いているのか微妙だ。マシューは黙ったままだ。
「そうですか。では、他の方にお願いしては?」
さっさと帰れ役立たず、とエミリーは心の中で毒づいた。マシューが家の中にいるとエミリーの魔力も落ち着きがなくなる。さっぱり安眠できない。
唇を噛みしめていたマシューが徐に口を開いた。
「自分に、やらせてください。必ず探し出します」
侯爵と侯爵夫人に頭を下げた。ゲームでは終始ムッとして、誰にも頭なんか下げなかった気がしたが、まだ若いマシューには素直なところがあるらしい。
「だが……君も学院で魔術を研究する忙しい身だ。今日も古い呪いの解呪に行っていたと聞いたよ。無理に頼んで悪かったね。後は我々で……」
「お願いします!」
必死に訴えるマシューにエミリーは驚いていた。大きな声を出すキャラクターではなかったはず。侯爵令嬢を探し出して、そんなに手柄が立てたいのか。さては学院の研究者ではなく、王宮で働く魔導士に推薦されたいのだな。
――手柄を立てても、私が潰してあげるけどね。この覗き見野郎が。
「お父様」
エミリーは一歩前に出た。
「先生の弟さん……マシューさん?もお疲れのようだし、ここは」
帰れと言われるのかとマシューははっとしてエミリーを見た。エミリーは無視して続ける。
「魔法を分担したらどうかと思うの」
ジュリアを見つけるため、手段を選んではいられない。やる気があるならせいぜい利用させてもらおう。
エミリーはマシューを見つめて微かに笑った。
◆◆◆
別室にマシューを伴い移動する。そわそわと挙動不審なマシューは、貴族の邸が珍しいようだ。
「ここよ」
魔力を増幅させる様々な器具を置いてある保管庫に着く。エミリーは重い扉を開けた。
「これは……」
「代々のハーリオン侯爵が魔力を込めた魔法石が保管してあるの。金庫と同じ」
彩り鮮やかな魔法石が、一様に弱い光を放っている。
「強い力を感じるな」
「この魔法石に力を借りながら、あなたは光魔法、私は風魔法を使って遠見魔法を合成する。一人の負担が小さくなるから、広い範囲を探せると思う」
エミリーの提案にマシューは黙って頷いた。
「私は遠見の魔法は使えないから力を貸すだけ。あなたが魔力を制御するの」
「できる。……手を貸せ」
呟くように言い、エミリーに強い視線を向ける。手を引かれて咄嗟に振り払う。
「何だよ」
「今、ビリってきた!ビリって!」
エミリーのポーカーフェイスが崩れる。軽く涙目になって絶叫した。
「光魔法使ってんだから、そりゃな」
子供相手にはかしこまった口調が崩れる。
「あなた黒ローブなんだから、闇魔法の魔導士でしょう?」
「俺は全属性持ってる。お前は……」
マシューは目を細めてエミリーを見る。
「光以外の、五属性か。なかなかやるな」
「光魔法は体質的に受け付けないの」
「今は我慢しろよ。姉のためだろ」
再び手を取り、マシューは目を瞑って意識を集中させる。エミリーの身体から緑色、マシューから金色の光が宙に放たれ、魔法石のエネルギーを呑みこみながらロープのように捻れあって邸の外へ出ていく。お互いの魔力が身体の中を巡るのが分かる。シトラスミントの香りがエミリーを包んだ。




