48 悪役令嬢は恐怖に震える
夜が更けても、ジュリア達の行方は掴めなかった。
王立学院へ寄ったコーノック先生は、マシューの不在を告げられ、マリナと共に侯爵邸へ到着した。
「あいつの部屋に、ここまでの転移魔法陣を置いてきたから。用事が済み次第駆けつけてくれると思うよ」
「ありがとうございます、先生」
すぐに家族が待つ居間へ入る。新しい情報は入っていないらしい。
「街道の検問からも手がかりは掴めなかったようだ。こちらが検問をする前に、通り過ぎてしまったのかもしれない。騎士団やヴィルソード家の皆が王都をくまなく探したが、何の収穫もなしだ」
ハーリオン侯爵が悔しそうにテーブルを叩いた。
「ジュリアちゃん……どこへいったのかしら」
アリッサが半べそをかいている。侯爵夫人は娘の背中を撫でて落ち着かせようとしている。
「コーノック先生。お願いできますか」
「はい。それが……私より捜索に長けた者がおります。今夜の内にはこちらに参りますので、その者にやらせてはいただけないでしょうか。私よりも高い魔力を持っております」
長椅子におとなしく腰かけていたエミリーの顔色が変わる。
――先生より、高い魔力……。
三属性持ちのコーノック先生は、エミリーが会ったことがある魔導士のうちで最も高い魔力を持っている。彼より優れた魔導士とは、まさか……。いや、そんなはずはない。ゲームの攻略対象者の一人、魔法科教師のマシュー・コーノックは、普通科に在籍する悪役令嬢とは接点がないはずだ。入学まで出会うことはないのだから。
◆◆◆
夜も遅い時間となり、侯爵夫人は娘達に寝室へ行くように促した。
「嫌よお母様、ジュリアの行方が分からないのに、のうのうと寝ているなんてできないわ」
マリナが母のドレスを掴む。
「ジュリアちゃん、きっとご飯も食べてないんだよ?食いしん坊なのに」
「硬い床で寝ていると思う。可哀想だ」
「私達もここで無事の知らせを待ちたいの。お願い、お父様、お母様!」
侯爵は静かに首を横に振った。
「いいから寝なさい。お前達が心労で倒れたら、ジュリアが帰ってきた時に悲しむだろう。笑顔で迎えてやれるように、今日のところは休むんだ。いいね」
侯爵夫人は頷くと、娘達の背中を押して廊下へ向かわせた。
ベッドに入り、しばらく三人で話していたが、次第にアリッサの返答がなくなり、隣のベッドのマリナは寝息を立てていた。
「王宮に行って、疲れたか」
エミリーは姉二人に、安息を得られるように闇魔法をかけた。自分もベッドに横になり、天蓋の中を闇で満たす。大きな窓から部屋を照らしていた満月の明かりも届かない。真の暗闇に身体を包まれ、エミリーは深く息を吸い込んだ。
――結界が、破られた?
身体がビリビリする。
侯爵家を覗く不届き者から皆を守るため、強力な結界を張り巡らしていたのだが。容易く破られた衝撃に、エミリーは冷や汗が止まらない。
「いつもと、違う?」
遠見魔法の気配とは異なる、さらにもっと強い力を感じ、エミリーは恐怖に慄いた。生まれてこの方、あまり外に出たことはないが、自分より強い魔力の気配を感じたことはなかった。魔法の家庭教師であるコーノック先生であっても、絶対的な魔力量はエミリーに敵わない。
自分が作ったテリトリーに何者かが入り込み、いいように蹂躙されている。
――嫌だ、怖い。
エミリーの方が魔力で劣るため、相手の魔力を推し量ることができない。感じたことのない絶望感。
……いや、怖がっていてはダメだ。こちらから打って出て叩きのめしてやる!
エミリーは天蓋の闇魔法を解き、ふんわりした飾り気のないネグリジェ姿のまま、魔法の気配を辿って廊下を進む。
他人が放つ魔法の気配は、エミリーには匂いで感じられる。マリナは石鹸のような清潔な香りがするし、アリッサは蜂蜜を垂らしたホットケーキのような甘ったるい香りがする。どの属性の魔法を使っても、同一人物なら同じ香りがする。
エミリーと毎晩対決している覗き見野郎は、柑橘系とミントが合わさったような清涼感のある香りがする。決して不快な香りではないが、何分覗き見しているような奴だ。碌でもないに決まっている。
廊下の先にある客間から、特に強い気配を感じる。
「ミントの香り……」
むせ返るほど強い香りに、エミリーは甘い痺れを覚え、眩暈がしそうだった。
魔力の主は父が連れてきた客なのだろうか。そう言えば、コーノック先生が魔導士を呼ぶと言っていた。先生の知り合いなら、同僚の宮廷魔導士か。覗き見するなんて、選ばれし者しかなれない宮廷魔導士の風上にも置けない。
――お父様の前でバラして、王宮にいられなくしてやる!
エミリーは力を込めて客間のドアを開けた。