47 悪役令嬢は嬌声を上げる
アレックスがロープを解き終わり、ジュリアは自分の手首を見た。
「赤くなってる。赤っていうか、青黒い?」
「ぎっちり縛られてたもんな。……見せてみろ」
ジュリアの白い手を引き、アレックスは細い手首に唇を寄せた。
「ばっ、な、何してんだよっ!」
すぐにジュリアが手を引っ込める。少しだけ唇が触れた。
「唾つけときゃ治るって言うだろ」
「自分でやるからいい!」
――バカだ、こいつ。本物のバカだ。
真っ赤になってアレックスを見る。天然バカ男はきょとんとしてジュリアを見つめている。
「も、もう痛くないもんね」
手首をぶんぶんと振ってみる。……痛い。手首も、ぶつけた腕も。
つい顔を顰める。
「やっぱり痛いんじゃねーか」
「ここを出られる程度には戦えると思うけどね」
ジュリアは足元の藁の中から黒い何かを引き出した。
「それ……」
「何だろう。何かの軸?みたいだけど」
「馬車の部品か?」
「分かんない。握った感じは悪くないね。これなら使えそうだ」
床に立てると、長さはジュリアの肩まで届いた。思ったより長く、扱いが難しい。
「いつもの剣より重いな。こりゃ、お前には無理だわ」
握って持ち上げたアレックスが軽く棒を振る。細身の剣しか持たないジュリアには振り回すことができなかった。
「後は……」
月明かりを頼りに室内を見回す。逃げられそうな窓はない。天井近くに明かり取りの小さな窓があるだけだ。片側に木箱が積まれ、建物の梁まで届いている。
――決まった。
ジュリアはアレックスを床に座らせ、作戦を耳打ちした。
◆◆◆
「出せ!ここから出せぇーっ!」
力の限り叫ぶ。アレックスはドンドンと扉を叩き、物音に気付いた見張りの男が近寄ってくる。
「何だ。うるせえガキだな」
見張りの男はドアを開け、騒いでいたアレックスの胸倉を掴む。一発殴るとアレックスは床に伸びて動かなくなった。
「フン。そのままおねんねしてな」
乱暴にドアが閉められた。
「……今ので良かったのか?」
「うん。ゴメン。痛かったよね?」
「軽く当たったところで後ろに飛んだから、殆ど演技。ほら、今日の芝居でやってただろ」
「お前そんなとこ見てたのかよ」
「本当にやられてるみたいな芝居だったよな。俺、あれは感動した」
アレックスの感動ポイントはそこなのかとジュリアは唖然とした。
「次は、俺は梁に上ればいいんだよな」
「うん。これも忘れないで」
「うわーん、アレックスぅー、死なないでぇー」
今度はジュリアが大声を上げた。見張りが外から声をかける。
「今度は何だ。どうした」
「アレックスが倒れたまま動かないんだよぉ。死んじゃったかも。やだよー、死なないでアレックスー」
梁の上のアレックスが必死に笑いを堪えていた。ジュリアは役者にはなれそうにない。
「ちっ、面倒くせえ」
「おい、どうした?」
他に数人が入ってくる音がした。仲間が戻って来たのか?
「赤髪のガキがギャーギャーうるせえから一発殴ったら、そいつが死んだって、もう一人が……」
「何しやがる。赤髪のガキには手を出すなって言われただろ!」
――誘拐を指示した奴がいるんだ。アレックスだけを無事に返すように。
「軽く黙らせるつもりで、俺は……ぶっ!」
ドサリ、と何かが落ちる重い音がする。
「……使えねえ奴は皆こうなる。分かったか」
「はい」
口々に返事をした。声を数えると、……仲間は残り三人か。子供二人では厳しいな。
「ったく、予定通りに女は来ねえし、変なガキはついてくるし」
ガタン。
「金をもらえりゃそれでいいんだ」
「赤髪のガキ、本当に死んじまったんスかね」
「どうだろうな。おい、お前、見てこい」
「へえ」
閉じ込められている部屋のドアが開く。
麻袋に藁を詰め、アレックスの上着をかけただけの仕掛けに、ジュリアが縋って泣き真似をする。
「えーん、えーん」
大男がドアを閉めた瞬間、
ドガ!
無言で梁から飛び降りたアレックスが、脳天目がけて棒を振り下ろした。
「うっ……」
低い呻き声を上げ、大男はその場に倒れる。
二人は視線を合わせ、頷く。まず一人だ。あと二人躱せば、ここを出られる。
「……あいつ、遅くねえか?」
「あの銀髪のガキ、見た目は女みてえだったな」
「だからどうした」
「俺らに黙っておっ始めてやがるんじゃねえかと」
「フン。放っておけ」
「はあ……」
――女顔の子供相手に始める……ってそういうことだよね?
「嫌っ。やだぁ、触らないでっ!」
いきなり声を上げたジュリアに、アレックスがぎょっとする。
「何してんだよ……」
小声で尋ねる。ジュリアは視線をアレックスに向け、梁を指さした。
「やっ、やめて、服は脱がさないでっ!」
アレックスは黙って再び梁に上る。
「きゃっ、やだぁっ、あん、そんなとこ、はぁっ、ダメぇっ!」
麻袋を掴み、ドスンバタンと音を出す。
ドアの向こうを男がうろうろ歩く足音が聞こえる。
「あの野郎……」
「放っておけと言っただろうが。俺らが頼まれたのは赤髪のガキを生かして返すことだ。後は好きにしろと言われてる。どうせ女を一緒に連れてきても、ヤるのは同じだったんだからな。女からガキに代わっただけだろ」
「でも、お頭……」
ここであと一人誘い込んで倒せば、残るはお頭と呼ばれた男一人だ。かなり楽になる。
ジュリアはここぞとばかりに嬌声を上げた。
「お願い、やめて、いやっ、ああん」
「……畜生、我慢できねえ!」
手下の一人がドアを開けた。
「うわっ!」
先程と同じ要領で、梁から飛び降りたアレックスが男の頭を一撃する。
――やった、あと一人!
初めての戦いで興奮しているのか、アレックスは息も荒く顔が赤い。戦い続けられるか、と問いかけようとして、ジュリアは後ろから髪を引っ張られた。
「きゃっ」
「ジュリアン!」
男の腕に捕らえられ、ジュリアは後ろから首を絞められていた。
「下手な芝居しやがって。……おい、そこのガキ」
男はアレックスを見据えた。
「手に持っているモンを寄越しな」
「……っ」
「渡しちゃダメだ、アレックス!……うっ」
首に回された手に力が入り、ジュリアは息ができない。
「さっさとしろ。じゃねえと、こいつに、今度こそ本当に可愛い~い声を上げさせてやってもいいんだぜ」
――誘拐犯にヤラれて処女喪失?そんなのやだ!
ジュリアは恐怖で目を瞑った。
ゴト。
床に何かが転がる音で目を開ける。
「いい子だ」
男はニヤリと笑うと、棒を掴んでアレックス目がけて振り下ろした。




