444 悪役令嬢は宣誓に立ち会う
「ウォーレス!」
ゾーイは胸を押さえながら家の外に飛び出した。痛みに顔を歪め、ウォーレスは彼女を家の中に戻そうとする。
「マリナさん、師匠を頼みます!魔法を使わせちゃダメです。俺は自分の傷くらい治せますから」
「お前は攻撃がさっぱりじゃないか!魔獣に襲われたらひとたまりも……」
「いいから、師匠は下がってて!」
ゾーイの背中をマリナの腕に押しつけた。
通りの向こうから、狂ったように叫ぶ魔獣の声がする。セドリックはドアの陰にマリナとゾーイを隠し、外の様子を窺った。
「家の中を物色しているようだ。何が目的なんだろう」
「魔導士達のローブの色は様々ですわね。赤、黒、緑……」
「火、闇、風か……白いローブの者もいるか?」
「ええ。確か、主属性が光魔法だとローブは白ですね?」
唇を震わせてゾーイは俯いた。
「攻撃魔法の使い手に、回復魔法が使える者も一緒だとすれば……いよいよ、うちの者が押し寄せて来たか」
「うちって?」
「エンウィ家の縁者と、その弟子だ」
「ウォーレス、お前は下がれ。私が行く」
「師匠、魔法は……」
「魔法は使わず、奴らに従えばこの騒ぎは収まる。私の傍にいれば、お前に危険が及ぶ」
マリナの腕を振り切り、ゾーイは通りに出て行った。すぐに獣の声がする。
「魔獣を退けよ!お前達の狙いはこの私だろう?」
小さな掌を胸に当て、仁王立ちのまま魔導士を威嚇する。ゾーイが持つ強力な魔力の気配に怯んだのか、魔導士達は手を止めて沈黙した。
「ゾーイ……無事か」
「私が望んでこの町にいるのだ。何故、町を襲う?暇なのか?従兄殿は」
「ウォーレス・コーノックがお前を監禁しているんだろう?領主のフォルガ子爵も黙認している。お前を救出するために、我々に町ごと破壊されても文句は言えないさ」
リーダー格の黒いローブの魔導士が前に進み出た。成長が遅いゾーイとは異なり、彼は年齢相応に見える。
「監禁などではない。体調が回復したら王都に戻るつもりだと我が父に伝えてほしい」
「戻るつもりなどないだろ?……いいや、戻れないな。お前はコーノックに命を削られているのだから」
ゾーイの顔色が変わった。隣でウォーレスが彼女の手を取り、魔法球を発生させまいとする。
「……命があっても死んでいるのと同じなら、短い命でも自由に生きたい。そんなに五属性の血が欲しいなら、父上が彼と結婚すればよい」
「伯父上には子は産めない」
「エンウィ家には兄上達もいる。私に子がなくても次代には続く」
「伯父上はお前の子を望んでいるんだ。自分の娘が五属性持ちだと分かって、血眼になって五属性持ち以上の魔導士を探したくらいに」
「私は王都にはしばらく帰らない。破壊行為をやめてすぐに帰れ」
「帰れと言われておとなしく帰ると思うか?……そうだな。土産が必要だ」
魔導士は一瞬で転移魔法を発動させ、ゾーイの前に立った。ウォーレスの腕を掴み、何やら呪文を唱える。
「ぅわぁああああああっ!」
掴まれたところが発光し、ウォーレスは絶叫した。電動のこぎりの刃の形になった光魔法が彼の腕を斬りつけている。
「何をする!やめろ!」
紫色の霧が辺りを包み、ゾーイの無効化の魔法が発動した。魔導士との間に魔法障壁を作り、その場に崩れ落ちて荒い息をしている弟子の肩を腕で包んだ。
「行って来た証拠に、そいつの腕の一本でも持って帰るつもりだったのになあ。残念」
「私の大切な弟子に……なんてことを」
両手を広げて特大の魔法球を発生させる。人の頭の大きさから、次第に両手でも抱えきれないものに成長していく。紫の大玉に、赤や金の火花が散っている。
「師匠、やめるんだ!」
叫ぶ声が空しく響いた。
ドウン!
特大魔法球はゾーイの従兄に直撃した。衝撃で通りの端まで飛ばされた魔導士は、立ち上がりかけて頽れた。後ろに控えていた魔導士達と魔獣は散り散りになっていく。
「……ウォーレス、私とセドリックとマリナを連れて、隣町まで転移できるか?」
「隣……?」
「行き先はティグリア神殿だ。謂れのない町の教会はともかく、神殿までは破壊しないだろう」
「分かりました。セドリックさん、マリナさん、俺にくっついてください」
冷や汗を浮かべているゾーイを抱きしめ、ウォーレスは転移魔法を発動させた。
◆◆◆
白い光が消え、四人は薄闇の中で目を開けた。
「着きました」
「ここが……?」
「契約の神・ティグリア様の神殿です。魔導士でも魔獣を使役したい者は、よくここに来ますね。俺も何回か来ましたけど、いい魔獣との出会いはなかったな。……師匠、ここにずっと隠れているつもりですか?」
「ほとぼりが冷めたら帰る。だが、いざという時のために、ここに避難できるようにしておいてもいいか?」
ゾーイはウォーレスが腰につけた道具袋から魔法のチョークを取り出した。手早く神殿の床に魔法陣を描いていく。描かれた線が紫色に光る。
「転移魔法陣ですか?」
「違う。この建物全体に魔法を無効化する結界を張る。万が一、神殿内で攻撃された時のために」
「師匠、魔法陣でも魔力を使うんですから、やめておきましょうよ」
「……ウォーレス、お前が襲われたらここに逃げろ。私の命が費えても、お前は絶対に生き延びるんだ」
魔法陣を描き終わると、ゾーイは腰に手を当てて全体を俯瞰した。満足のいく出来だったと見えて、口元が微かに上がった。
「あの、ゾーイさん。私達を連れてきたのは、避難するためでしょうか?」
「あ」
何かを思い出したゾーイの頬が染まった。
「師匠?」
「ウォーレス、一つ確認してもいいか?」
「何ですか」
「わ、私は……お前を好いている。師匠としてではなく、ひ、一人の女として、だが」
視線が彷徨い、手持無沙汰に下げられた手がローブを掴んで弄ぶ。
「お、お前は……どう、だ?」
「どうって……好きですよ?」
「お前はそう、いつも軽々しく好きだと言うではないか」
「俺は心から思ったことしか言いません。ましてや、師匠に嘘なんてつきません」
「では……あ」
話を続ける前に、ウォーレスの腕が小柄なゾーイを抱き寄せた。
「神殿で誓うために、セドリックさんとマリナさんを連れてきたんですよね?」
「……そうだ」
「ふふ、やっとこれを渡せます」
首にかけていた紐を引き、ウォーレスが胸元から取り出したのは小さな巾着袋だった。口を緩めて指輪を二つ取り出し、小さい方をゾーイの指にはめた。
「師匠には大きいですね」
「これは……」
「コーノック家当主と妻の指輪です。王立学院に入学が決まった時、父から渡されたんです。この人だと思う相手が見つかったら渡しなさいと」
表情が乏しいゾーイの瞳から大粒の涙が溢れた。ウォーレスは指先で彼女の涙を掬い、額に額を当てた。
「……師匠、俺、ずっとあなたの傍にいます。大切にします。だから、師匠も誓ってください。俺が死ぬまでずっと傍にいるって」
「ウォーレス……ああ、誓う。私はお前が死ぬまで傍にいる……えっ?」
二人の指輪が眩い光を放ち神殿の天井に当たって跳ね返る。祭壇の上から光が差してきた。
「やったぁ!」
飛び上がってガッツポーズをし、ウォーレスは跪いて契約の神ティグリアに祈った。
「待て、ウォーレス。何が起こっているのだ?」
「ティグリア様が俺の願いを聞き届けてくださったんですよ!……と、言いたいところですが、指輪にかけておいた対魔法の呪文が効力を発して」
「対魔法、だと?」
「師匠を悩ませていた『命の時計』に対抗すべく、俺はこっそり研究していたんです。魔法の効果から術式を割り出し、それを一つずつ打ち消すにはどの対魔法が有効なのか考えて完成させました」
ゾーイは顎が外れそうなほど驚いている。
「お前の持っている属性では無理だと……」
「コーノック家当主と妻の指輪は、代々魔導士がはめて魔力を蓄えてきているんです。そこいらの魔法石よりずっと強力な魔力を持っています。しかも全属性対応です」
「話し中に悪いけど、聞いてもいいかな?」
セドリックが挙手してウォーレスに尋ねた。
「君が編み出した対魔法で、ゾーイにかけられた『命の時計』の魔法は解けたんだね?」
「はい。魔法を解くには対魔法を完成させるだけでは不十分だったんで、師匠に誓ってもらいました。俺が死ぬまで一緒にいるって」
「そうか!君より長生きするってことは、つまり……」
「俺の傍にいても命が削られないってことです。ね?師匠」
ウォーレスはドヤ顔、もとい、満面の笑みでゾーイの肩を叩いた。
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