443 悪役令嬢と歯がゆいカップル
「本当に、いいのかな?」
ウォーレスの部屋の前で、セドリックは何度も彼に確認していた。
「はい。師匠から、お二人にベッドをお貸しするようにと言われています」
貸されるベッドが一つしかない事実に、セドリックは内心酷く狼狽していた。マリナにベッドを譲ろうにも、王族を床で寝かせるなど彼女のプライドが許さないだろうし、激しい譲り合いが起こるのは目に見えている。かと言って、二人で休むには狭すぎる。狭いベッドでマリナと密着するのは大歓迎だが、決して新しくなさそうなベッドが壊れるかもしれない。突然押し掛けた自分達が家具を壊しては申し訳ない。どうしようかと思案しているうちに、マリナがウォーレスに問いかけた。
「あなたはどこでお休みになるつもりかしら?」
居間には木の椅子しかなかった。どこで寝ても身体が痛くなりそうだ。
「さあ……師匠の部屋に転がりこもうかと」
「えっ」
マリナとセドリックの声が重なった。
「あ、お、同じベッドには寝ませんよ?師匠はまるで妹みたいな見た目ですけど、あれでいて妙齢の女性なんですからね」
慌てて弁解したウォーレスは、替えのシーツを持ってきてベッドメイクをした。手際よく彼が整えるのを見て、セドリックが呟いた。
「……君は、師匠をどう思ってるの?」
「は?」
「だから、その……師匠として、ではなくて女性としてどう思う?」
「セドリック様、その話は……」
「だって重要なことだよ?魔法を使ったのだってそもそも……」
「ゾーイさんご自身がお話しされるべきことですわ。愛の告白ですもの」
「あのぅ……すみません。さっきから何の話ですか?」
「こちらの話だよ。そうだね、仮に、ゾーイが君の師匠でなかったら……」
二人に背を向けて、ウォーレスはベッドメイクを続ける。既に整っているのに、何度も手で皺を伸ばしている。振り返らずに彼は口を開いた。
「師匠は……俺にとってただ一人の大切な人です。……ここ、俺の実家なのに、家族がいないんで変だと思いませんでした?魔法科の試験を受けて王立学院に入学が決まって、ひと月も経たない頃に、皆崖から落ちて死んでしまって」
「もしかして、馬車の事故で?」
「……知ってるんですか?」
「いいえ。私の知り合いが、この町へ続く道は危険だと話していたから」
「ええ。酷いものですよ。領主はフォルガ子爵ですけど、全く手をかけずに年貢だけ取り立てて行くんですから。峠の崖道で、俺の両親と弟妹は……でも、王立学院で俺は師匠に救われたんです。魔法なんて勉強している場合かって思って、勉強に身が入らなかった俺を叱り飛ばして、一人前の魔導士にしてくれました。師匠には一生頭が上がりません」
「そう……」
「大切って、そういうことかぁ」
セドリックが頭の後ろに手を組んで、はあと息を漏らした。
「残念そうですわね、セドリック様」
「うん。てっきり僕は、ウォーレスは男としてゾーイが好きなんだと思ってたよ」
ガタン。
「ぅわぶ」
床に垂れたシーツの端を踏んで転び、ウォーレスはベッドの縁に顔面を強打した。
「大丈夫ですか?」
「……ご心配なく。……俺が師匠を好きだとして、何か変わりますか?師匠にかけられた魔法が解けるんですか?一方的に感情を押しつけて、今の関係が壊れるくらいなら、俺はこのままでいいんです。頑張って魔法を解いて、師匠が少しでも長生きできるようにします」
「うーん……」
納得していないのがありありと分かるセドリックは、腕を組んで唸った。
「魔法は術者の心が核なのだと聞いたことがありますわ。それを打ち砕く強い想いがあれば、どんなに複雑な魔法も解けるかもしれないと」
「そうなの?」
「ええ。あくまで可能性の話ですけれど。……私、ゾーイさんの部屋に一緒に寝かせていただけるように頼んでまいりますわ」
「え、あ、うん……」
残念そうなセドリックを残し、マリナはゾーイの部屋へ向かった。
「失礼いたします。ゾーイさん、起きていらっしゃいますか?」
「どうぞ」
部屋の中に入ると、ゾーイは青白い顔でベッドに横たわっていた。
「ウォーレスの部屋に泊まるのではなかったかな?」
「あなたとお話したくて」
「私と?」
「『命の時計』は、ご自分で解くことはできませんの?」
「無理だ。術式の途中に術者でも解けないように組んでいる。私自身が途中で魔法を解きたくなってもできないように」
「まったく……余計なひと手間ですわね。そんな魔法を考えている暇があったら、ご実家でご家族を説得すればよろしいのに」
美しい眉を寄せ、ゾーイは苦しげに息を吐いた。
「君は強いな、マリナ」
「こう見えて私、どうやら没落して死ぬ運命なのです。運命に抗い、最高に幸せになるために貪欲に、できることは全部やっていきたいと思っておりまして。ゾーイさんが後世に残した『命の時計』の魔法のせいで、私の幸せが遠ざかりそうになっていますのよ。責任を取って解呪の方法を教えてくださらないと困りますわ」
「……解呪、か……」
「ウォーレスさんの課題ですわね」
「……恐らく、ウォーレスには無理だ。完全に対になる呪文を編み出したところで、光・風・土の三属性しか持たない彼には発動できない。全属性持ちはいないし、私と対になる闇以外の五属性持ちはいない。私はどのみち助からない。ウォーレスの傍で死なせてくれ」
「……チッ」
マリナの舌打ちの音に驚いて二度見し、ゾーイはベッドから少し上体を起こした。彼女を残してマリナは部屋を出て、居間を挟んで向かい側にあるウォーレスの部屋のドアを開け放った。
「ウォーレスさん!あなたの師匠はあなたの実力を信じていませんわ。あなたに解呪なんてできないと思っていらっしゃるの。それなのにあなたが好きで、あなたの傍で死にたいなんて女々しいことを仰っているのです」
「マリナ!余計なことを!」
ベッドから這い出したゾーイが、真っ赤になってマリナの口を塞ごうとする。部屋から出てきたウォーレスとセドリックが、何事かと二人を見ていた。
「師匠……本当ですか」
「う、嘘だ。嘘に決まって……こら、抱きつくな!」
小柄なゾーイを包み込むようにウォーレスが抱えた。
「うう……嬉しいです、師匠。俺も、師匠が大好きです!」
「だか、ら……嘘だ……はあ、うっ……」
「ウォーレスさん、ゾーイさんから離れて。あなたが近寄ると命が縮まるわ」
「なんで、え?師匠、酷い顔色で……」
手を伸ばしたウォーレスをセドリックに引き離させ、マリナはゾーイを抱き寄せた。
「両想いだと分かったところで、ウォーレスさん。あなたが魔法を解きさえすれば、幸せが手に入るわよ」
「そうか!馬の鼻先に……」
セドリックがポンと手を打った。
「勿論、すぐに魔法を解きますよ!見ていてくださいね、師匠!実は密かに対魔法を作っていたんですよ」
ドオン!
「何だ、今の音は?」
「爆発でしょうか」
「セドリックさん、マリナさん、師匠をお願いします。俺、ちょっと行って見てきます」
ウォーレスが家のドアを開けると、町の人達が走り去っていくのが見えた。
「あんたらも早く逃げろ」
「何があったんだ?」
「訳分かんねえよ。魔導士達が魔獣を連れて暴れ回ってるんだ!」
男が半べそをかきながら走り去っていく。ウォーレスが振り返った先には、狼のような魔獣を従えた魔導士の一団が空中に魔法陣を描いていた。
「なん、だ……?」
「いたぞ!コーノックだ!」
魔導士の一人が叫び、一斉に魔法が放たれる。ウォーレスは防御の結界を張る間もなく魔法を受けて吹っ飛び、地面に強か背中を打ちつけた。




