441 悪役令嬢は永遠の誓いを立てる
エスティアは小さな町だ。中心部と呼べる一角にだけ建物が並んでいる他は、広大な農地を隔てて民家が点在している。アレックスが探す間もなく、この町の教会が見つかった。
「なーんだ、超近いじゃない?」
手を繋いだままのジュリアが、アメジストの瞳を細めてニッと笑った。
「そうだな……」
自分から誓いを立てようと提案したが、アレックスは緊張を隠せなかった。いつもよりきつく握られた手に気づき、ジュリアがくすくすと笑う。
「……何だよ」
「緊張してる?だーいじょーぶだって。二人とも初めてなんだから、間違ったって分かんないよ」
「間違ったらくすぐりの刑って言ったのは誰だよ」
「さあ?」
他愛もない話をしているうちに、二人は教会の前に着いた。他の町で見た教会や神殿よりもはるかに小さく、木造でかなり古びている。
「雨漏りでもしそうだな」
「後でお父様に言わなきゃ。ハリー兄様のお父様とお母様が管理していた頃は、こんなじゃなかったんだろうなあ」
「知らない間にエスティアが乗っ取られかけてたって聞いたから、そいつが悪いんだろ」
ギイ……。
ジュリアが木製のドアを押すと、蝶番が軋んで音を立てた。
「うわあ……取れそう」
「壊すなよ」
「分かってるって。……すみませーん、誰かいませんかー」
室内にジュリアの声だけが響く。木製の長椅子が並び、奥にある祭壇が天窓から射す光で確認できる。
「暗いねえ」
「教会ってもっと、こう……キラキラしたガラスがあってもよさそうなのにな」
ステンドグラスを知らないアレックスは、必死にジュリアに伝えようとしている。確かに、質素すぎる造りではある。
「誰もいないぜ?」
奥を見てきたアレックスが肩を竦める。
「うーん。折角来たのに残念だなあ。……そうだ。誰もいないけど、二人で誓っちゃう?」
「いいけど、お前、台詞分かってんの?」
「何となく。アレックスは?親戚の結婚式に呼ばれたりしないの?」
「うちは父上も母上も兄弟がいないからな。遠い親戚の結婚式には父上が出れば十分だし」
「だよねー。うちもそう。ほら、私達の誰か一人を連れて行くとなったら不公平だから、行くなら四人とも行かないとダメだってお母様が言うの。エミリーは出不精で嫌がって、結局四人とも行かないことになるんだよ。結婚式に出たこと、ないんだ」
「そっか。じゃあ、適当に合わせろよ?」
ジュリアの手を引き、アレックスは祭壇の前に立った。隣にジュリアが立つ。
「こっちでよかった?」
「いいんじゃないか?……コホン。始めるぞ」
「ん」
「汝、アレックス・ヴィルソードは」
「ちょっと、待って。それ違う、神官さんのセリフじゃない?」
「違うのか?」
「アレックスがアレックスに呼びかけてどうすんの。そこはさ、『私、アレックス・ヴィルソードは』って言うんだと思うよ」
アレックスは一瞬首を傾げ、半分納得したようだった。すぐにまた咳払いをし、
「俺、アレックス・ヴィルソードは」
と言い直した。
「……」
「……コホン」
「……」
「……アレックス、止まってるよ」
「俺は、ジュリア……ジュリア・ハーリオンを妻とし」
頑張れ、とジュリアは心の中で応援した。
「すこや……か?悩む……?あー、もう、分かんねえ!」
逞しい腕がジュリアをきつく抱きしめた。
「アレックス!?」
「すげえいっぱい幸せにする!……って誓う」
顔を上げると金色の瞳が愛しさをこめて見つめている。ジュリアは満面の笑みを返し、
「私、ジュリア・ハーリオンは、アレックス・ヴィルソードを、もっともっと、ずーっと一生笑顔にします!誓います!」
と叫んで彼の首に抱きついた。
「ねえ……誓いのキスは?」
「えっ……」
動揺したアレックスの足元がふらつき、二人分の体重を支えようと半歩後ろに踏み出した時、バランスを崩して背中から祭壇にぶつかった。
ガタ!
「痛っ」
「大丈夫?ごめんね、私がいきなり抱きついたから」
「こんくらい、痛いうちに入らねえよ」
「嘘。今、痛いって言ったよ?」
「地獄耳め」
剣の練習でタコができている手が、そっとジュリアの耳を撫でた。くすぐったさに首を振ると、ふと祭壇に視線が留まった。
「……あ」
「どうした?」
「やば……あそこ、壊しちゃったんじゃない?」
「何だって?」
振り返ったアレックスは、自分がぶつかった場所を見た。木製でできた祭壇は、なぜかそこだけ板が薄くなっていて、凹んで割れていた。
「うわあ。謝って弁償だな。誓いを立てたのに、幸先悪くなっちまって……」
ブツブツ言っているアレックスを置いて、ジュリアは祭壇に近づいて凹んだ箇所を見た。目を眇めて薄い板の割れ目から奥を覗く。何やら赤いものが見える。
「ねえ、アレックス。あれ見える?何か赤いのがあるんだけど」
「祭壇の反対側にあるやつだろ?」
「ううん。裏側を見ても……赤いのはないね。何だろう。この壇の中に入ってるみたい」
「お宝発見か?」
期待感に声が上ずる。『俺、やっぱツイてる!』というアレックスの心の声が聞こえてきそうだ。
「町の人に聞いたら何か分かるかも。宿屋に戻って聞いてみようよ」
アレックスの背中を叩いてすぐに立ち上がり、ジュリアは銀のポニーテールを靡かせて教会を走り出て行った。




