438 悪役令嬢は赤い瞳に捕らわれる
意識が戻ったレナードを含め、彼の寝ている客室で話し合いをすることにした。レイモンドはエイブラハムとマーガレットが得た情報を元に、王都に戻る方法を考えていた。
「アレックス、ジュリア、エミリーは、王都に戻ることで意義はないな?」
「戻れません。俺、戻ったらブリジット王女様と婚約させられるんですよ」
「相手は四歳だ。今すぐ結婚するわけでもあるまい。ブリジット様が年頃になれば、十歳以上も年上の騎士なんて眼中にないだろう」
そうかなあ?と首を捻るアレックスの隣で、マシューがぼそりとエミリーに尋ねた。
「……歳が離れていると、ダメなのか?」
「人によると思うわ。……私は十歳離れていてもマシューがいい」
傍目から分からないくらいほんの僅かに頬を染め、エミリーが反対側を向いた。
「そうか……」
マシューの赤い左目が魔力を帯びて静かに輝いた。
「コーノック先生もレナードも残るんですよね?だったら、俺も……」
「……私も、残る」
「ずるい、エミリー。私も私も」
「授業が始まるぞ。出席日数が足りなければ進級できなくなるんだぞ。アレックスはそうでなくても学業成績の方が問題だろう」
「うっ」
アレックスが胸を押さえて呻いた。
「魔法実技、どうするの?」
「生徒が魔力を暴走させた際に止められるように、同数かそれ以上の属性の魔力を持つ教師が教えることになっている。学院には五属性持ちの教師はいないから、エミリーに教えられるのは俺だけだが……」
「魔法実技の授業がないなら、行く意味ない」
「二人同時にいなくなるのはよくない。かえって不審に思われる。黒い服の男達に狙われているレナードと、牢から逃走したコーノック先生はエスティアに残り、マーガレット嬢の家に居候させてもらうしかないな。お願いできるだろうか」
視線を送ったレイモンドに、マーガレットは快く頷いた。
「マーガレット嬢だなんて。私は貴族の令嬢はやめたのよ。でも、そうね……。女の一人暮らしの家に男二人が同居するのは、外聞がよくないわ。ここは『夫』に残ってもらいたいと思うのだけど、どうかしら、エイブ」
「俺はここに残って、隣の領地から悪い奴らが流れて来ないか見張ることにします。騎士団が何をしているのかも調べるつもりですし、王都には戻らなくてもいいですよね?」
「ボディガードの役目を放棄するのだな?」
「そうなりますが……」
「よかろう。ただし、必ず成果を上げろ。神殿に襲ってきた連中と、領主のエンフィールド侯爵の繋がりを明るみにしろ」
エイブラハムは短く返事をして頭を下げた。食堂兼宿屋の女将から借りたポットとカップで皆に紅茶を淹れる。茶葉はレイモンドお気に入りの銘柄で、彼の荷物に入れていたものだ。
「エンフィールド侯爵は限りなく怪しいのに、証拠がないから踏み込めないの?私、誘拐されたのに。貴族を誘拐するのは、貴族でも有罪でしょ?」
「ジュリアが連れ去られた件で、侯爵の関与がはっきりしているのか?閉じ込められた場所で彼を見たとか」
「見てないよ。レナードと逃げてきて……」
「侯爵本人が、自分の与り知らぬところで領主館が悪い奴らに使われたと言えばおしまいだな。レナード、君も知らないのだろう?黒い服の男達に命令をしたのが侯爵かどうか」
「はい。……俺と接触してきた男も、侯爵本人ではありませんでした。黒い服の男達もそうですが、皆目立たないように、顔を覚えられないようにしているみたいです。父に話を持ちかけてきた人物も、ある貴族の頼みであるとしか言わず、……ハーリオン侯爵の指示だと匂わせていたように思います」
紅茶に息を吹きかけて冷ましていたアレックスが、一度カップを置いて腕を組んだ。
「ジュリアが襲われた時点で、ハーリオン侯爵様の仕業じゃないってのは明らかだよな?だって、実の娘を傷つけるなんてあり得ないし」
「違う、アレックス。そうじゃないんだ。侯爵はジュリアを『褒美』として俺に与えたんだ。娘を差し出す代わりに、王の命を狙えと」
「侯爵が関与した証拠が示せれば、王の殺害を企てた時点で処刑は確実だが……」
「俺に接触してきた男によれば、剣士の試験に合格して、帯剣が許されるようになってから動くつもりだったようです。とにかく試験に合格しろと言われました。アレックスがジュリアと駆け落ちして、計画が狂ったようですね」
「なんで?」
ジュリアが紅茶を一口飲む。香りも味も絶妙だ。
「ジュリアちゃんがアレックスと結婚したら、処女じゃなくなるから?」
ブッ。
ごほごほごほ……。
アレックスとジュリアが口から紅茶を吹き、レイモンドとエミリーが激しくむせた。
「……ゴホン。ああ、そういうことか」
「納得するんですか、レイモンドさん!か、かかか、仮にも、俺は……」
「騎士志望だからと言って、正式な結婚をしていない相手に手を出さないとは限らない。騎士にも遊び人は多いからな」
「うちの兄達のことですかね?」
レナードが溜息をつく。
「貴族の間では王立学院を卒業してから結婚するのが通例だが、平民の娘は十五になる前に嫁ぐ者が多いと聞く。不思議はないな」
さらりろ言い切ったレイモンドは、真っ赤になって唇を震わせているアレックスを楽しそうに眺めた。
◆◆◆
話し合いの結果、騎士団が寝静まる夜中に、使用人の通用口から領主館に入って、魔法陣のある部屋を目指すことになった。解決策が見つかるまでエスティアに留まるマシューと、彼を残して渋々王都に帰るエミリーは、皆の計らいで客室に二人きりになっていた。
「……」
「……」
二人きりになったはいいが、お互いに何も話さない。
直前の話し合いで、平民の女子の初婚年齢について触れたため、二人の間に微妙な空気が流れてしまっている。その上、歳が離れていてもマシューがいいというようなことを口走ってしまった。エミリーは恥ずかしくて部屋から逃げ出したい気持ちになっていた。
ガタ。
マシューが椅子から立ち上がり、長い脚がテーブルに当たって音を立てた。
ビクン。
身体を震わせたエミリーに、彼はフッと唇の端を上げて微笑んだ。
「……どうした?」
「な、何でもない」
ベッドに腰掛け、ぼすん、と音がした。
「夜になったら活動開始なんだろう?少しでも魔力を回復させるんだ。寝ておけ」
自分の座っているベッドをぽんぽんと叩く。
――そこに寝ろっていうの!?
細めた瞳は優しくても、有無を言わせない強引さが垣間見える。戸惑いながらエミリーがベッドに腰を下ろすと、マシューは何も言わずに彼女の肩を押した。
――なっ!
背中がベッドにつき、銀髪がシーツに広がる。マシューの影がエミリーにかかり、垂れた黒髪が顔に触れる距離に近づいた。
「……あ、の……」
「俺の魔力で……お前を満たしてやる」
低い声が耳朶をくすぐり、長い指が頬を撫でた。
魔力を宿した赤い瞳に吸い込まれるかのように、エミリーは彼を見つめてゆっくりと頷いた。
体調不良につき、2日で1話になりました。
胃が痛くて座っていられないという、残念なGWを過ごしております。




