435 王太子は親友の行方を案じる
【セドリック視点】
アレックスとジュリアが王都を出て、つまり、家出をして連絡がつかないとレイモンドから報せがあってから、僕は毎日手紙が来るのを待っていた。友人の一大事にも自由に出歩くことが許されない身分がこれほど恨めしいと思ったことはない。
「今日も、来ていないの?」
「はい。これまでのところ、お手紙は届いておりません」
新しい侍従が視線を落として俯く。
先日、僕付きの侍従長が腰痛を悪化させて自宅療養になってしまった。戦力としては物足りないが、彼の穴を埋めるために、父上付きから僕付き侍従になった若者だ。年齢は二十歳を少し過ぎたところか。彼の祖父も父も侍従を務めていたからか、歳の割には王宮のしきたりなどにも詳しく、頼りになるのだと侍従長は言っていた。
「あの……殿下」
「何かな」
「レイモンド様の消息をお知りになりたいのですか?」
「うん。少し遠くへ旅行に行くと言っていたから、どうしているかと思ってね」
家出人を探しているなんて絶対に言えない。母上の話では、ヴィルソード侯爵は息子アレックスの捜索の手をわざと緩めているらしい。ブリジットとの縁組は、この国の貴族としては名誉ではあるけれど、アレックスの本意ではないからだ。ジュリアと二人、幸せになってくれればいいと、会議が終わった後で母上にこっそり打ち明けたと聞いた。ハーリオン侯爵領を調べている騎士団が二人を見つけないように、見当違いの方向を捜索するように命じているのかもしれない。捜索の成果は芳しくないから。
「私が人から聞いた話ですが、王宮の倉庫には、遠くにいる人の様子を見られる鏡があるそうです。本当にそんなものがあるのか分かりませんが」
「初めて聞いたよ」
「あまり広まっていない話ですから。普通は魔導士が魔法で捜索しますので、必要ないと思われて倉庫にしまわれてしまったのでしょうね」
「そうか……ありがとう。時間がある時に探してみるよ」
侍従には『時間がある時』を強調した僕だったが、時間はたっぷりあった。新年のパーティーの後から、母上の主導でアイリーンが王宮に日参しているものの、顔を合わせることなく済んでいた。僕の部屋から一番遠い部屋に籠められて、朝から晩まで休みなく指導を受けているという。講師の顔ぶれを見れば、皆厳しいと定評がある者ばかりだ。幼いマリナが数分で覚えたことを、アイリーンは一日かかっても覚えられない有様で、講師達は次々と母上に暇乞いをしている。彼らに辞められては、王都中にアイリーンの無能ぶりを知らしめることになると、母上は引き留める素振りをしているが、結局は引き留めずに辞めさせていると言っていた。
「あなたが妃候補に選んでも、周りの貴族が引きずり下ろすでしょうね。うふふふ」
そう言って微笑んだ母上は、まるで魔王のようだった。
王宮の倉庫と言っても、数が多くてどこに何があるのか分からない。どこかに目録があるはずだと思い、先に書庫へ行ってみた。途中、何やら慌ただしく兵士や文官が走り回っていたけれど、僕は彼らに尋ねることもなく廊下を進んだ。
王宮の書庫は魔法仕掛けになっている。王立学院の資料室と似ていて、調べたいことを念じながら輝石に手をかざすと、関係すると思われる書物が棚から下りてくる。高いところの本が簡単に取れるのはありがたい。
「鏡、探す、人」
大量の本が棚から抜き出て浮かんだ。
――多すぎる!一体何冊あるんだ!?
「い、今のなしっ!検索無効!」
輝石の光が消え、本が元の場所に戻っていく。探すのは骨が折れそうだ。
「……王宮、鏡、魔法」
十冊程度の本がゆっくりと傍らの机に下りて重なった。これくらいなら目を通しても時間はかからないだろう。一冊を手に取り、表紙にそっと触れる。
「……えっ……」
まるで僕に開かれるのを待っていたかのように、古ぼけた本がぱらぱらとページを開いた。
「文字が、光っている……?」
王立学院の資料室でレイモンドが言っていた。本に魔法がかかっていると、読む人によって違う内容を見せるのだと。文字にそっと指を這わせると、それらは黄緑色の光を帯びて空中に浮かび、瞬時に霧散した。指を乗せた場所には、先ほどと別の内容が書かれている。
「鏡の在処を教えないための魔法かな?何故、僕には……ああ、そうか」
王宮の宝物は王のものだ。僕は王位継承権第一位で、十年もしないうちに父上が引退すれば王になる。本は僕の血統に反応したのだ。
本には、探し人を映し出す鏡の存在が書かれていた。王宮の中でも、重要な魔導具が眠る倉庫にあるとある。僕は書庫から飛び出して倉庫へと急いだ。王宮内のあらゆる部屋の位置は頭に入っている。目指す倉庫へあと少しとなったところで、僕ははっと気づいた。
――この部屋は、確か……。
数年前に魔法事故があった部屋だ。あの時は、魔法科のコーノック先生とエミリーが、王を害しようとしたと疑われた。魔力が強い二人が巻き込まれるくらいなのだから、きっと強力な魔導具がある。間違いない。
倉庫の中を光魔法で照らした。鏡と言っても、手鏡なのか姿見なのか。本にははっきりと書かれていなかった。それだけ秘密にされているのだろう。グランディアでは魔導士が転移魔法や遠見魔法で探せるのに、代用品としての鏡は魔法を持たない人々には魅力的なのだ。とりあえず、平らな形の箱や壁に立てかけてある板状のものを確認していく。
「……首飾りか。違うな。……こっちは絵だ。……鏡、鏡……」
ぶつぶつと呟いていると、部屋の片隅で何かが光った。僕の粗末な光魔法では照らしていない場所が。
「そこか!」
駆け寄るとそこには、厚手の布で覆われた板状のものが壁に立てかけてあった。台座があったようだが既に朽ちて、重さを支えきれずに鏡の縁が床についてしまっている。それとも、先生とエミリーの魔法事故の際に衝撃で壊れたのだろうか。
「魔法事故か……」
ふと、二人のことに思いを巡らせた。二人はあの頃から信頼し合っていたのだろう。マシュー先生はエミリーを庇い、エミリーはマシュー先生を助けに行ったと聞いている。その頃の僕は、まだマリナに一方的に気持ちを押しつけるだけで、信頼し合っていたとは言えない。羨ましい気持ちになった。
「マリナ……会いたいな。……あんな魔法なんかなければ、思う存分マリナに触れられるのに……はあ……」
がっくりと肩を落としながら、鏡にかけられた布を外した。鏡にはさぞかししょぼくれた顔が映っているのだろうと思い視線を上げ、僕は驚きのあまり言葉を失った。
「……!」
鏡に映っていたのは、アメジストの瞳を零れ落ちそうなほど見開いて、同じように驚いているマリナだった。彼女は鏡の向こうで手のひらをこちらに当てた。何かの間違いだろうと、そこに映る彼女の手のひらに自分の手を重ねた時、鏡が眩く発光して、僕はぎゅっと目を瞑った。




