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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
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433 悪役令嬢と苦悩する熊

長椅子に座り、身体を強張らせて、アリッサはふぅと一つ息をついた。

「やはり、私一人では到底成し遂げられそうにありませんわ」

「私はあなたならできると思って言っているのです」

隣に座るマクシミリアンの唇が近づき、耳元で抑揚のない声がする。

「あなたにしかできないことなのですよ?」

「お、お話しを聞いて、あの……」

長い指先がそっとアリッサの銀髪を撫で耳にかける。

「……できないとは、言わせない」

「あ……」

囁かれた低い声に、アリッサの身体が震えた。

「それくらいしか役に立たないだろう?反逆者と見做され、没落寸前の侯爵家を救うつもりなら、アスタシフォンまで連れて行ってやる。一人では行けないなら、俺が連れて行く。……いいだろう?」

ゆっくりと目を瞑る。つまり、マクシミリアンと二人きりでアスタシフォンに行くのだ。怖い。何をされるか分からない。絶対に頷いてはいけない。

スカートの上で手のひらをぎゅっと握りしめた時、二階から人々が下りてくる音がした。


――会合が終わったんだわ!

ハロルド役のスタンリーとマリナはうまくやったのだろうか。マクシミリアンをもう少しだけ引きつけておけば、二人は無事に通商組合の建物から出られる。

「騒がしくなりましたね」

アリッサから身体を離し、マクシミリアンがすっくと椅子から立ち上がる。部屋のドアを開けて廊下を覗き、あっ、と声を上げた。

「と、父さん!?」

そのまま廊下に飛び出していく。アリッサも立ち上がって廊下を見た。

青い顔で両脇を支えられて階段を下りてきた老人に、マクシミリアンは全速力で駆け寄っていく。アリッサ達の父侯爵よりも一世代上に見えるが、あれが彼の父、準男爵位を持つベイルズ氏なのだろう。杖をついているから、元々足が悪いのかもしれない。

「大丈夫ですか?」

マクシミリアンは父の腕を肩に回し、これまで支えていた紳士に礼を言う。

「話し合いの途中で、少し驚かれたようでね。……ご高齢でもあるし、そろそろ引退なさってはどうかという声もあって」

「引退……」

「今日のところは早く戻って休まれた方がいい。……明日から忙しくなりそうだよ」


マクシミリアンの姿が見えなくなるのを待って、アリッサは廊下を進んだ。彼らがいた階段までは真っ直ぐで迷うことはないし、二階からマリナ達が下りてくるのを待てばいい。

「遅いなあ……どうしたんだろう?」

会合が終わったにしては、下りてきた人数が少ない気がする。マクシミリアンの父らしき老人の他に四人だ。始まる前にはもっと大勢が二階へ上がって行ったから、まだ話し合いが続いているのかもしれない。

迷子にならないように階段の手すりにつかまりながら、アリッサは二階へ上がった。会合はどの部屋で行われているのだろうと考える間もなく、奥の部屋から男達の言い争う声が聞こえた。


   ◆◆◆


魔法薬を飲みきり、レナードは体力回復のために寝てしまい、手持無沙汰になったジュリア達が宿屋の一階に下りてくると、エイブラハムとマーガレットが見つめ合って話をしていた。話だけでは終わらず、抱きしめ合って熱烈な口づけを交わしている。

「お邪魔しちゃうね」

「そ、そうだな。部屋に戻るか」

アレックスは動揺を隠せない。ジュリアとはあれほど熱いキスをしたことはない。

「……何?」

ちらちらとジュリアを見ていると、不審に思って睨まれた。

「……何でもない」

「エイブラハムは再会を喜んでいるんだからいいじゃないの」

「ああ。俺も、いいことだと思ってる」

「じゃあいいじゃん。そんな面白くなさそうな顔しなくったって」

「おもし……って、俺っ」

「してないとでも?ここに不満だって書いてあったわよ」

ジュリアは人差し指でアレックスの頬を突いた。

「なっ……や、やめろよ。くすぐったいだろ」

素晴らしい動体視力でジュリアの指を掴み、金色の瞳が熱を帯びた。

「……ジュリア」

「ん?」

「お前、レナードのこと、どう思ってるんだ?」

アレックスの瞳が揺らい……でいる暇はなかった。

「友達」

「そ、即答!?」

「うん。剣技科の中では仲良しの友達。アレックスだってそう思ってるでしょ?私達みたいに侯爵家の生まれで剣技科に行くなんてあまりないことだから、男爵家とか平民の皆からは、やっぱ、入学してすぐは距離を置かれてたと思うんだよね。それをレナードが、皆と繋いでくれたっていうか、橋渡ししてくれてさ、皆にとけ込めたと思ってる。身分がどうだとか関係なく、私にもアレックスにも他のクラスメイトにも対等に接してる。彼が今のクラスの雰囲気を作ったんじゃないかな」

「……」

「あれ?」

「……」

「おーい、アレックス?」

「……ジュリア、俺を殴ってくれ!」

「はぁああ?」

ジュリアはアレックスがいきなりMに目覚めたのかと思い、一歩後ずさった。


「何、ねえ、どうしたの?」

「俺、レナードに申し訳ない。っつか、正直言って、お前がレナードを助けようと必死になってるのを見て、嫉妬してたんだ。そうだよな。レナードがいなかったら俺達、クラスで浮いたままだったかもしれないんだよな。恩人に、俺はっ……!」

感極まったアレックスは目元を大きな手で覆い、嗚咽を漏らし始めた。

――そこ、泣くとこか!?

「あいつ、ジュ、リアを、……守ろ、うと……」

「無理に話さなくても」

「お前を好きに、できた、のに……そうしな、かったんだろ?」

「うん。自分を犠牲にして助けてくれようとしたよ」

「お願いだ、ジュリア。……俺を殴っ……ぐふっ」

二度目の懇願をされる前に、ジュリアの鉄拳がアレックスの鍛えられた腹筋にめり込んだ。

「いつまで泣いてんの。私達の問題は何にも解決していないんだからね?……神殿で結婚式もしていないし」

「ああー!せっかく神殿まで行ったのに!どうする?戻るか?」

宿屋から出ようか、二階へ戻ろうかと、動物園の熊のように一人でおろおろするアレックスの肩を、ジュリアはぐっと掴んだ。

「王女様と結婚するはめになったら、結婚式の会場から連れて逃げてあげるから、ね?」

「んなことしたら、お前……」

「命がけだってちゃあんと分かってるよ。死ぬまでアレックスを遠くから見つめるより、捕まって処刑されるまでの短い間でもいいから一緒にいたい」

「……っ!ジュリア!」

がばっ!と逞しい腕が……空を斬り、アレックスは自分の身体を抱きしめた。

部屋の割り当てをするレイモンドに呼ばれ、ジュリアは食堂のテーブルについていた。


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