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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
602/616

431 悪役令嬢と七色の魔法薬

宿屋の場所を覚えてから、ジュリアはエミリーとマシューを探して町の中を歩いていた。適当に目についた店に入り、自分と同じ銀髪の少女と黒い髪の男を見なかったかと訊ねると、即座に答えが返ってきた。よそ者が殆ど訪れない小さい町ならではのことだ。

「通りを真っ直ぐ行ったら、『マーガレットの薬屋』って書いた鍋の形の看板が出ているから。お嬢さんが探してる二人は、そこに入っていくのを見たよ」

「ありがとう!」

礼を言い、未舗装の道を駆け出すと、間もなく教えられたとおりの鍋の形の看板が出ていた。鍋と言われれば鍋だが、一目見ただけでは何の形か分からない。書かれている文字も綺麗とは言い難い。

「……ここ、だよねえ?」

首を傾げながら中に入ると、ドアについたベルが音を立てた。


店のカウンターには人影はなく、奥から女性の歓喜の声が聞こえる。

「うわあああ、すごいですね、すごいですね!感動しました、私!こんなに早く薬ができるなんて!」

何をやっているのか。どうやら他に人がいるようだ。

「すみませーん」

何度か奥に呼びかけたが返事がないので、ジュリアは「入りますよー」と声をかけて店の奥へと続く廊下を進んだ。

人の話し声がした部屋をノックし、思い切って開けると

「ぅぶわっ!」

七色の煙がもわもわと広がり、無防備だったジュリアを襲った。甘いような苦いような、いろいろなものが混じりあった得も言われぬ臭いに、一瞬気が遠くなりそうになる。

「ナニコレ、変なニオイ」

服の袖を引っ張って鼻に当てたものの、そんな簡単に臭いを防ぎきれるものではない。目を凝らして煙の向こうを見て進んだ。

「お店の方……いますか?」

「ごめんなさいね、お客さんだったわ」

「げほ……この煙、何なの?」

「……ジュリア」

「エミリーの声がするけど、全然見えない……」

「馬車が着いたのか?」

「あ、うん。……宿屋にいるよ」

少しだけ煙が薄くなると、ジュリアは室内の様子が分かってきた。実験器具の数々の前で、エミリーとマシューともう一人、恐らく店主が鍋を囲んでいる。薬草でできたドロドロの液体は、魔力を注がれて色を変えながらぐつぐつと煮立っている。

「解毒剤はできたわ。毒を飲んだお友達は宿屋にいるのね?」

「……そう」

「すぐにでも与えたいのだが、一緒に来てもらえないだろうか。俺達は赤ピオリではないかと思っているが、もしかすると他の毒薬の可能性もある」

「分かったわ。解毒剤の在庫があるものは、一通り持っていくわね。近い効果が出せれば、後は自分の治癒力で治ってもらうしかないわ」

「そうだな。……頼む」

「じゃあ、行こう。その鍋はマシュー……先生が持ってね」

「……」

当然のようにエミリーに力仕事を任され、マシューは無言で彼女を見つめた。赤い瞳が煌めき、何か耳元で囁いた。

「……考えておくわ」

エミリーは赤くなって俯いた。無表情なエミリーが赤くなっていると分かるのは、ジュリアが家族だからである。


   ◆◆◆


マーガレットとジュリアが解毒薬の瓶を袋に入れて持ち、エミリーは魔法で浮かせて宿屋まで運んだ。マシューも鍋を浮かせて運ぼうとしたが、零してしまっては折角の苦労が水の泡だとエミリーに諭されて、ピンクの鍋つかみを手にはめて持っている。こんな鍋つかみしかなくて申し訳ないとマーガレットが言い、マシューは「別に構わない」と返すのが精一杯だった。

「皆が二階に運んだはずだよ。……おっと」

宿屋のドアを開けると、ジュリアの前に広い胸があった。

「ジュリア様、すみません……って」

「エイブ!」

マーガレットは宿屋から出てきたエイブラハムに抱きついた。放り投げられた解毒剤入りのバッグを、ジュリアが抜群の反射神経を活かしてキャッチし、薬は事なきを得た。

「マギー……」

低く呟いたエイブラハムは、腕の中のマーガレットを引き離し、愛しそうに白い頬を撫でた。

「死んだなんて嘘だと思っていたのよ。よかった!生きていたのね」

「……君が、解毒薬を作ったのか?」

「そうよ。魔法は手伝ってもらったけれどね。……積もる話は後ね。案内して頂戴」

「……っくくっ」

エイブラハムは向こうを向いて肩を震わせた。

「何よ」

「そうやって俺に命令するなんて、懐かしくてつい」

「……ごめんなさい。次から気をつけるわ。あなたは……私とは関係がないんですものね」

マーガレットは悲しげに眉を顰め、長い睫毛が何度も震えた。


三人が作った解毒薬は、結論から言って大正解だった。やはり、毒は赤ピオリの種からなるもので、毒性を打ち消すには赤ピオリの葉を乾燥させたものを主体にして様々な薬草を混合し、魔法を加えるのである。マシューとエミリーが強力な魔力を送り込んでおり、レナードの口に含ませただけで、胸から腹にかけて魔力がきらきらと発光しながら広がっていくのが見えた。

「すっげえ。効いてる感じだな」

「どの程度飲ませれば、毒から回復するんだ?」

レイモンドが鍋いっぱいの薬を見て眉をしかめた。七色に光を放つ謎の液体は、鼻を覆いたくなるような猛烈な臭いを放っている。

「コップ一杯分かしら。効きが弱かったらもっと飲ませてもいいけれど、この二人の魔力は十分すぎるほど強いから大丈夫でしょう」

ジュリアはベッドに腰かけ、膝の上にレナードの頭を乗せたまま、少しずつコップで飲ませた。彼に飲ませるのはジュリアが適任だとレイモンドが言ったからである。

「ゆっくりでいいよ?ね。少しずつ……」

「ジュリアちゃん……」

治癒魔法の効果で、傷口からも光が溢れ、塞がっていっているのが分かる。顔色がみるみるよくなっていく。

「もう少しで……うん?どうしたの?」

「飲めないよ」

「あと半分はあるよ?美味しくなさそうだけど飲もうよ」

レナードはさらに身体を起こし、頭をジュリアの二の腕から胸の辺りに当てて、上目づかいで見つめてきた。

「……じゃあ、飲ませて?」

「飲ませる……?」

「察してよ。……こういう時は、口移し、でしょ?」

くるくると動く猫目をいたずらに細め、レナードがジュリアに熱の籠った視線を送った瞬間、ベッドの反対側に座っていたアレックスが彼の頭を自分の膝に乗せた。

「いいぞ、口移し。レイモンドさんか、エイブラハムか、俺か、マシュー先生の誰にする?」

「……やめておくよ」

「すっかり元気だな、心配はいらなそうだ」

レイモンドがにやりと口元を緩めた。


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