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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
601/616

430 悪役令嬢と女神のハンカチ

エスティアの町の食堂の前で、エミリーは少し躊躇った。

「……入らないのか?」

マシューの手が肩に触れた。

「馴れ馴れしいと怪しまれますよ、マシュー先生」

「一線を引かれたような気持ちになるな」

「……入りますよ」

エミリーはマシューと相談し、マシューはエミリーの家庭教師だという設定にした。裕福な商家などでも家庭教師を雇うことはあるから、特に不審な点はないはずだ。


「いらっしゃい!」

店に入ると、女将の元気な声がした。まだ早い時間だというのに酒を飲んでいる男がいる。これも先日の様子と変わらない。珍しい銀髪のエミリーを見て、女将の表情が輝いた。

「おやまあ、あんた!あのときの」

「……お久しぶりです」

「あんた達が帰ってから、エスティアは随分変わったんだよ。王都から来たっていう人達がジャイルズを連れて行ったんだよ」

「えっ……じゃあ……」

女将は酔っ払いの前に料理を置き、にっと笑ってエミリーの二の腕を叩いた。

「そうさ。あたしらは監視の目をかいくぐらなくてもよくなったのさ」

「それはよかったですね。ジャイルズを追い出せなかったのが心残りだったんです」

「……おい、ジャイルズって誰だ?」

「ハーリオン侯爵家の執事の座に勝手に収まっていた男よ。領地管理人が暮らす館に住んでいたの」

「そうか。ジャイルズとやらは王都に連れて行かれたのか」

「多分ねえ。王都から来た……騎士だっていう連中はさ、ジャイルズがブラッドフォード様とセイディ様を事故に見せかけて殺したんじゃないかと疑っていたよ。調査の合間にうちの食堂に来て話をしていたからね。……と、今日はお客さんってことでいいんだよね?」

「はい。友人が着いたら何か軽く食べたいと思っています。……マシュー先生、食べても大丈夫ですか?」

「ああ」

「ふうん、あんた先生なのかい」

「ええ、まあ」

「えらい男前だけど、服がかなり汚れているじゃないか」

ぎく。

エミリーはマシューに会えた喜びであまり気にしていなかったが、牢から抜け出してきたマシューは着のみ着のままである。魔法で浄化してかろうじて身体を清潔にしているようだが、服の傷みは隠しようがなかった。

女将は疑いの眼差しを向けている。

――地魔法で直せばよかったわ。

「せ、先生は、あまり気にされない方なので」

「そう。ところであんた達、今日はどこに泊まるつもりだい?領地管理人のお邸は、騎士団の宿舎になってるよ。うちは食堂兼宿屋だから、二階の部屋に泊まれるよ」

「後から友人達が来る予定なんです。実は、そのうちの一人が、ユーデピオレと間違えて、赤ピオリの種を飲んでしまって……この街なら解毒剤が手に入らないかと思って」

「解毒剤、ねえ……」

「何か、ご存知ないですか?どんな手がかりでもいいんです」

「うちの店を出て左、四軒目に薬屋があるよ。魔法薬に詳しい子がやっていてね。……そうそう、あの子もあんた達みたいに、遠くから来ていついちゃったんだよ」

「魔導士なんですか?」

「いいや。理由があって家を勘当されて、旦那さんに先立たれてね。生活のために、趣味でやってた魔法薬作りを仕事にしたんだってよ。こんな田舎町だけど、あの子は確かな腕を持っているよ」

「ありがとうございます。薬屋の方は何というお名前なのですか?」

「マーガレットだよ。マーガレット・メイシュナー。いい子だからきっと親身になって相談にのってくれるよ」


   ◆◆◆


マーガレットの魔法薬の店で、赤ピオリに対応する解毒剤の在庫がないと聞き、エミリーは事情を話した。

「そうですか……すぐにでも作りたいのはやまやまですが、私の魔力では材料から合成するのに四日はかかるのです。お力になれず申し訳ございません」

店主は若い女性だった。店内には魔法薬とその材料になる薬草や魔物の角などが並んでいた。エスティアには能力の高い治癒魔導士がおらず、義兄の脚が完全に治せなかったと聞いているから、マーガレットは町の皆に頼られていることだろう。

「……魔力を送ればいいのだな?」

「ええ、そうです。薬草などの材料はありますので、それらを混ぜながら光魔法の治癒と闇魔法の無効化を溶け込ませる必要があります。私は同時に発動できませんし……」

「材料を混ぜてくれれば、俺とエミリーが魔法を放つ。同時に効果を持たせられれば、すぐに作れないか?」

「お二人は魔法を使われるのですね」

「はい。私は光魔法が使えませんが、先生は光魔法も使えます」

「分かりました。この奥が作業室になっています。どうぞこちらへ」

マーガレットは二人を促し、実験器具のようなものがたくさんある部屋へと招いた。


   ◆◆◆


馬車の中で、ジュリアはレナードの顔色がどんどん悪くなっていることに気が付いた。

「ねえ、アレックス。レナード、大丈夫だよね?」

「すぐに馬車がつくし、エミリー達がうまいことやってくれてるさ」

「真っ青で、少し汗が……あ、私、ハンカチ持ってないや」

「って俺を見るなよ。持ってるわけあるかよ」

二人はじっとレイモンドを見た。レイモンドはポケットからオードファン家の紋章が刺繍されたハンカチを取り出した。

「これしか持ち合わせていないが……」

「あ、それ。アリッサが刺繍したやつでしょ?」

レイモンドは折りたたんだハンカチでレナードの額を拭った。

「お守り代わりに持ってきたんだ。女神の加護できっと回復する。……エイブラハム、あとどれくらいだ?」

「今の坂を上りきったら後は町が見えますよ。解毒薬の話を聞いて、どこか休めるところに……」

「宿屋につけろ。俺とアレックスで運ぶ。ジュリアはエミリーを探してきてくれ」

「うん。りょーかい!隊長様」

敬礼をしたジュリアを、レイモンドは首を傾げて見つめた。


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