表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 3 攻略対象の不幸フラグを折れ!
60/616

44 悪役令嬢と巨大な影

翌々日、ジュリアはアレックスと共にヴィルソード家の馬車に乗り、市街地へと向かった。芝居小屋に入ると人の頭で向こうが見えない。大盛況のようだ。端に適当な席を見つけて座る。

「ごめん。父上は説得できなくてさ」

申し訳なさそうにアレックスは頭を掻いた。

「仕方ないよ。お忙しい方だから」

「騎士団も遠征でさ、母上がついてこようとしてたんだけど、今朝急に客が来ることになったって」

「そっか」

アレックスの母を来させないようにしたのは、ジュリアの作戦であった。母に頼んで侯爵家に押しかけてもらうことにしたのだ。この外出が後々アレックスの人格に影響するイベント通りならば、ヴィルソード侯爵夫人は死んでしまうだろう。自分は危ない目にあってもいい。アレックスを悲しませたくない。

ヴィルソード家の地下室で話していた男とは違う、若い従者がついてきている。あの男が言っていたほど弱くはなさそうだが、帯剣を許される身分ではなく丸腰だ。賊に襲われたらひとたまりもない。

「なあ、ジュリアン」

「んー?」

「お前、劇って見たことあるか」

「あるよ」

「そうなのか?すげえな、俺、見るの初めてだからさ、いろいろ教えてくれよ」

何を教えたらいいのやら。

「そうだな。とりあえず静かにしとけ」

ジュリアは芝居小屋の雰囲気に興奮して、すげー!すげー!と、饒舌になっているアレックスの唇に指先を当てる。

「うっ……」

――し・ず・か・に。

と視線だけでおとなしくさせた。


   ◆◆◆


劇の上演中も幕間にも、ジュリアは周囲に目を光らせた。怪しい動きをする者がいないか、何度も何度も客席を見る。

「少し落ち着けよ、ジュリアン。お前が気になって話に集中できないだろ」

「気にするな」

「気になるに決まってんだろ。きょろきょろすんなよ、どこ見てるんだ」

「どこだっていいだろう」

アレックスは思いっきり不審がっている。どうにかして興味を逸らさないと。

ジュリアは会場を見渡した。自分達とは反対の壁際に、同じくらいの年齢の女子集団がいるのが見えた。

――よし、あれでいこう。

「アレックス、なあ。あれ、見えるか」

ジュリアがこっそり指先を向けた方向を見たアレックスは、嫌そうに舌打ちした。

「また女かよ」

「またとは何だ、またとは。彼女達を見たのは今日が初めてだろう」

「お前何しにここ来てんだよ。劇だろ、俺達は劇を……」

妙に熱く語るアレックスは、ジュリアの顔をむぎゅうっと両手で挟み込み、無理やり舞台へ向かせる。

「はにふんらお」

――何すんだよ。

「見て見ろよあれ。あいつ、友達のために命を投げ出すんだぜ」

熱血友情物語か。アレックスが好きそうなベタな話だな。

「こんなの話の中だけだろ」

劇に煽られて、賊に一人で立ち向かうようなことだけはしてほしくない。

「お前が敵に立ち向かう時は、俺も隣で戦いたい。一人で行こうとするなよ」

舞台に視線を向けたまま呟く。

返事がないなと隣を見れば、アレックスが視線を彷徨わせてカクカクと頷いていた。

――感動して言葉も出ないか。

ジュリアはくすりと笑い、アレックスにされたように両手で彼の顔を挟み込み、

「お返し」

と悪戯っぽく目を細めた。


   ◆◆◆


無事、劇は大団円を迎えた。

死んだはずの男が生き返ったり、王女様が魔女にハリセンチョップを食らわせたり、後半はぐだぐだの話だった。アレックスは感動して泣いていた。よくわからん。

「この後どうする?買い物にでも行くか」

従者と三人で歩き出す。

芝居小屋が建てられている空地の近くには市場があり、手ごろな大きさの剣を売っている店があった。正確には剣ではなく、劇中で出てくる聖剣を真似して作った土産物だが。

「劇を見た記念に、あれ買わないか」

「偽物じゃないか」

騎士の息子が偽物の剣を持つなど、アレックスのプライドが許さないらしい。

「じゃあお前は買わなくていいよ……おじさん、これ二つちょうだい」

店頭に走っていき店主に声をかけ、すぐに銅貨と品物を引き換える。

剣をくるくる回しながら戻り、アレックスと従者の姿を探す。

――しまった!見失ったか?

急いで周囲を駆け、赤い髪の少年は見なかったかと、街行く人に尋ねる。年配の女性が見たと言うものの、要領を得ない説明に時間だけが過ぎていく。

何とか教えられた通りに市場の外れに向かい、ジュリアは背筋が凍った。

赤いものが砂地に落ちている。

――これって、血溜まり?

ぬるりとした感触が靴底を通して足に伝わる。

嫌な予感しかしない。アレックスは?あの従者は無事なの?

見れば遠ざかる大男の背に、大きな布袋が見えた。袋がもぞもぞと動いている。

――いた!

皆が褒める俊足で男との距離を詰めると、

「アレックスを放せ!このブタ野郎!」

とアメリカ映画よろしく叫んで、買ったばかりの偽物の剣を振るった。

男は面倒くさそうに振り返って袋を下ろし、太い腕をジュリア目がけて振り下ろす。

「ふん、鈍くさいな。私は捕まらな……あれ?」

後ろに避けたはずが、何かに当たって進めない。足元には自分のものより大きな影が見える。

――やっちゃった……。

仲間がいたのか。背後取られてるし。

前方の大男とにやりと笑いあう影の主を見上げて、ジュリアは引きつり笑いしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ