04 悪役令嬢の密談 2
ジュリアが攻略対象である、騎士団長子息アレックスに会ってしまったことに、一同落胆の色を隠せない。アリッサはおろおろして遂に熊のぬいぐるみの耳を齧り始めた。
「攻略対象と出会わないように、あれほど外出を控えていたのに……」
マリナが遠い目をする。
「……ごめん」
「私達の命がかかっているの。分かってる?ジュリアちゃんだけの問題じゃないよ」
「……うん。だけどね、男だと思われてるから、婚約者にはならないと思う」
「……はあ」
「余計複雑ね」
騎士団長子息アレックスの攻略ルートは、エンディングが三つある。
一つは、親密度は基準に達しないが、必要とされるパラメーターが基準以上の友情エンド。別名、女騎士エンドである。ジュリアが前世で何度も到達したエンディングで、ヒロインは女騎士としてアレックスと共に騎士団に入る。二人で組んで魔物を討伐し、最強の相棒として認められるというもの。アレックス攻略には、主に運動のパラメーターを上げる必要がある。王立学院入学時に剣技科を選択しないと、他の学科では運動のパラメーターが上がりにくく、実質アレックスのルートには入れない。
二つ目は、親密度が基準以上で、パラメーターが基準以下の恋愛エンド。アレックスはヒロインとの結婚を認められず駆け落ち婚しようと計画するも、婚約者のハーリオン侯爵令嬢が手下を使って妨害する。黒幕として二人の前に現れた時にアレックスにより殺され、ヒロインとアレックスは最果ての地の教会で結婚する。
三つ目は、親密度もパラメーターも基準以上のトゥルーエンド。こちらはアレックスとヒロインの結婚が周囲に認められ、ハーリオン侯爵令嬢は婚約破棄される。しかし、王権を狙うハーリオン侯爵は、騎士家系との婚姻による同盟を目指し、娘を別の騎士の元へ嫁がせる。侯爵の策略は騒動が起こる前に露見し一家は処刑される。騎士に嫁いだ侯爵令嬢は処刑前に夫に折檻されて死亡している。
「アレックスとヒロインが友情エンドを迎えれば、悪役令嬢が死んだとは聞かされないから私達は安全だと思う」
「本当にそうかな」
「エミリーちゃん?」
「文章になっていないだけで、死んでるかもしれないじゃない」
「うぐ」
アリッサは再びぬいぐるみの耳を齧る。
「それに、ヒロインが現れて、友情で終わる?アレックスは脳筋騎士団長の息子なんでしょ。かわいーいヒロインに迫られたら、即刻逆ハーレム要員になりそう」
「エミリーが言うことも一理あるわね。男らしさを気にするタイプは、可愛い系女子に弱いものね」
「おお、マリナ、体験者は語るってやつ?」
「うるさいわよ。」
前世のマリナは、一時期爽やかスポーツマンの彼がいたが、勝ち気でバリバリしたマリナに愛想を尽かした彼は、ピンクのレースワンピースが似合う砂糖菓子のような可愛い後輩と浮気し、マリナを捨てたのであった。
「出会ったものは仕方ない。これからどうするか」
エミリーが淡々と続ける。
「はい、はい!分かった!」
ジュリアが挙手し、勝手に発言する。
「アレックスとヒロインが近づかないようにする!」
「誰が?」
「私が。渾身の力で邪魔する!」
「バカじゃない。それじゃ、シナリオ通り」
「バカって言う方がバカ」
エミリーがこめかみに青筋を浮かべ、左手に深紫色の球体を発生させる。
「やめなさい。……邪魔はしなくていいわ、ジュリア」
「どうするの、マリナちゃん」
「ヒロインがアレックスを攻略できないように、アレックスがヒロインに興味を持たないようにすればいいだけよ」
マリナの凄味のある表情に、一同唾を呑みこんだ。
「ジュリア。アレックスを虜になさい。……ただし、男として」
「はぃい?」
「攻略対象者アレックスは、男にしか興味が湧かないようにするのよ」
◆◆◆
騎士団長ヴィルソードに連れられたアレックスがハーリオン家を訪れ、ジュリアと模擬試合をするようになって三か月ほど経った。ジュリアがヴィルソード家に行く日もあり、かなり頻繁に行き来をしている。ジュリアに完全勝利を収めようと、毎日父を相手に練習に励んでいるらしく、アレックスの上達ぶりはすさまじかった。
「いいなー、ジュリアちゃん。楽しそうで」
打ち合う二人を窓から眺め、頬杖をついたアリッサは、小さな椅子に座って脚をぶらぶらさせた。
「本でも読めば?」
ベッドにごろごろしていたエミリーが、視線だけ姉に向けた。
「飽きた。うちの書庫の本は、もう何回も読んだもの」
アリッサは読書家である。他にすることがないのもあるが、日がな一日書庫に籠っていることもざらにある。他の本を求めて父侯爵と王立図書館へ行き、家にない専門書を夕方まで読み耽っている。
「もうすぐ魔法の先生が来るって」
ドアが開き、居間から戻ったマリナが二人を手招きした。
「へえ」
エミリーが片方の口の端を上げて笑い、さも気怠そうに起き上がり伸びをした。
「今日は楽しめるといいけど」
「いい加減にしなさいよ、エミリー。お父様が探してくださった家庭教師の先生を何人追い出したと思っているのよ」
このグランディ王国では、貴族の令嬢の身に付けるスキルとして、礼儀作法、学問(一般教養)、裁縫、楽器演奏、ダンスの他、魔法というものがあった。一般的に高位の貴族は、有事の魔法戦闘員としての役割を持っており、代々魔力が高い者を当主に据えたり、魔力が高い娘を嫁にして、その力の継承を図ってきた。ハーリオン侯爵家においても、娘達に魔力の素養があると知り、能力を磨くべく家庭教師を見繕うこととなったのだが、初めの家庭教師が五歳のエミリーに撃退されて以来、最短で一日、長くても一週間で辞めてしまい、なかなか定着しないのであった。
「エミリーちゃんより強い魔導士の先生って、いるのかなあ?」
「今までの先生方だって、それなりに素晴らしい魔力の持ち主だったのよ。それを、あんな……」
「幻覚の光魔法を打ち消したこと?」
先日辞めた家庭教師は、幻覚魔法で頭髪の寂しい頭を隠していたのだが、エミリーが闇魔法で効果を打ち消してしまい、泣きながら帰った。
「奈落に落としたこと?」
その前の家庭教師は、ジュリアを除く三人に土属性の魔法を教えた。アリッサが唱えると地面が盛り上がる程度の魔法だったのだが、エミリーが無詠唱で指さした地面は直径五メートルで大人の背丈ほど深く抉れ、家庭教師が穴に落ちて脚を骨折した。
「分かった。お尻に火がつい……」
「エミリー。いいから、行くわよ。お父様がお呼びなの」
マリナは妹二人の手を引き、客人が待つ部屋へ向かった。