428 悪役令嬢は弁解をする
ハロルド役のスタンリーを先頭に、マリナとアリッサが通商組合の建物に入ると、中にいた男達が三人を見てざわめいた。
「おい、あれ……!」
「銀髪の……ハーリオン家の令嬢じゃないか?」
「一緒にいるのは?」
受付と思しき場所で、そこにいた職員にスタンリーが話しかける。態度は主役を演じる舞台俳優のように堂々としており、普段の彼からは想像ができない。
「スイッチ入っちゃってるみたい」
アリッサは隣の彼に気後れしているが、マリナは隣に立っても負けていない。流石王太子妃候補は違うと思った。
「お兄様、お話は終わりましたの?」
「ああ。会合はここの二階の広間で行うそうだよ。父上の名代だと伝えたら、君達を伴っての参加も了承してもらえたよ」
「そうですか。では、二階へ……あら?」
階段へ向かう途中で、マリナは廊下の奥に視線を留めた。
「どうしたの?マリナちゃん」
「何でもないわ。見覚えのある方がいたものだから」
「通商組合の皆さんに面識があるのですか?」
「違うわ。……向こうの階段の近くにいた方が、マクシミリアン先輩に似ていたのよ。いいえ、絶対に彼だわ」
マリナが考え考え言うと、アリッサの表情が忽ち強張った。
「嘘……マックス先輩がこんなところに……」
「会いたくないのね、アリッサ」
「うん。……だって怖いもの」
「先輩のご実家はベイルズ商会。うちのビルクール海運と同じく、貿易会社をしているのだもの。先輩のお父様が後継者を会合で紹介することもあるでしょう。ここにいても不思議はないわ」
「そうだけど……会いたくなかったなあ」
暗い表情のアリッサをスタンリーと自分の間に隠すようにして、マリナは二階への階段を上がった。
◆◆◆
「ベイルズ君が来ているとなると……少々まずいですね」
ハロルドのふりで丁寧語を使いつつ、スタンリーが小声でマリナに言う。
「ええ。本物のお兄様を知っているから、偽物だと言われれば……」
「彼の注意を引き、会合に参加させないようにできませんか?お二人は生徒会で一緒に活動なさっている仲でしょう?話しかけて、通商組合の建物から離れるか、会合を開く間だけでも一階に引きつけておければいいのです」
スタンリーの提案に、マリナは尤もだと頷いた。しかし、アリッサはマクシミリアンを恐れている。行くとすれば自分だが、二人で会合が乗り切れるものだろうか。
「マリナちゃん……」
「泣かないでアリッサ。ほら、もう涙ぐんでいるじゃない」
「……泣かないわ」
「マックス先輩は私が引きつけるわ。アリッサは……」
「ううん。いいの」
アリッサはぎゅっとマリナの袖を掴んだ。
「先輩が執着しているのは私だもん。マリナちゃんはお兄様と会合に出てくれる?」
「本当に、いいの?」
「……他に方法がないもの。私は二人みたいに堂々とできないし」
「アリッサ……」
「二人で頑張って」
マリナの腕とスタンリーの背中をトンと叩き、アリッサは階段を駆け下りて行った。
◆◆◆
「大丈夫っすか?レイモンドさん」
真っ青な顔をしているレイモンドに、アレックスが話しかける。話しかけるなと視線だけで応え、中指で眼鏡を押し上げて顔を背けた。
「酷い道だねえ」
山越えの道は、想像以上に過酷だった。
器用に馬車を操り、エイブラハムはエスティアへ向かっているが、急な上り坂と曲がりくねった道が続き、馬も休憩が必要なほどだ。
ジュリアは全く車酔いしないが、アレックスもマシューもエミリーも多少気持ちが悪くなっている。レナードは横になったままで動かず、レイモンドも倒れる寸前である。
「……休憩、しよう」
「分かりました。あのー、そろそろ休憩しませんかってレイモンドさんが」
御者席に向けてアレックスが呼びかける。短い返事が聞こえ、速度を落として馬車は木陰に停まった。
「失礼しますよ。……おや、坊ちゃん、しんどそうですね」
「こんな道を通るのは初めてだからな。騎乗したほうが楽かもしれない」
「峠は抜けましたし、残りは下りが続きますよ。道中、黒い服の奴らは追って来ませんでしたから、無理をしなくても……」
「解毒剤が必要だ。少し休んだらすぐに出発しよう。先生、無効化の魔法はあとどれくらいもちますか?」
「数時間……解毒薬を作る時間が足りるかどうか」
「先に行って薬を作れないの?」
ジュリアがエミリーを見た。魔法薬の知識があるのは、このメンバーではマシューとエミリーだけだ。エスティアに行ったことがあるのもエミリーだけである。
「エミリーとマシュー……先生で、先にエスティアに転移して、魔法薬を作って待っていたらダメかな?レナードを一緒に連れていければ一番だけど、二人が作業している間に見ている人がいないと危ないし、二人だけでもさ」
「そっか、二人なら魔法で行けるよな?」
アレックスがぽんと手を打つ。彼は魔法で何でもできると思っている節がある。
「エミリー、町の人と知り合いなんでしょ?」
「……一応。前に来た時は、アリッサが頑張ってくれたから……あんまり話さなくてよかったの」
「エミリー。俺を案内してくれないか」
やる気を見せ始めたマシューは、赤い瞳をきらきらさせてエミリーを見ている。熱を含んだ眼差しに、魔法薬作りという大義名分の下、二人きりになりたいのではないかと勘繰ってしまう。
「……うん。分かった。……先に行く」
エミリーが言い終わらないうちに、マシューは彼女の身体を抱き込み、エスティアの町へと転移魔法を発動させた。
◆◆◆
目を開けるとそこは、見覚えのある田舎町だった。
セドリックが酔いつぶれた食堂や、馬具職人の工房がそのままある。
「情報を集め……って、マシュー。放して」
「嫌だ」
マシューはエミリーを抱きしめ、腕の力を一層強めた。
「会えなかった時間の分、埋めさせろ」
自分の顎に手をかけて上を向かせ、顔を近づけてくる。
――ちょ、ここじゃ、ダメ!
エミリーは彼の顔面を手のひらでブロックした。
「……どういうつもりだ」
「エスティアではベタベタしないで」
「人目を気にしているのか?旅人が何をしようと気にしないだろう?」
旅の恥はかき捨てだが、エミリーは違う心配をしていた。きょろきょろと辺りを見回し、町の人がいないのを確認し、マシューを道端に座らせた。
「私、前に来た時、既婚者だったの」
「……え?」
マシューの赤い瞳が魔力を帯びて輝いた。魔王化するのではないかと思い、ドキンと心臓が高鳴った。
「私と王太子が新婚夫婦で、アリッサが姉で未亡人の設定だったの。病弱な私に綺麗な空気を吸わせようと旅行に来たことにして、風景のいい場所を求めて……ピオリの群生地を見せてもらおうとしたのよ」
「……王太子、が……」
ゆらりと瞳の奥に何かが燃えた。
「深い意味はないから。……私、金髪碧眼には興味がないの」
「そうか」
唇の端を少し上げて、マシューはふっと笑った。




