427 悪役令嬢は豪快に飛び出す
バン!
「うりゃあああああ!」
神殿の入口が大きく開き、掃除用モップの柄を持ったジュリアと、練習用の剣を持ったアレックスが飛び出した。二人を追うエミリーが無詠唱で火魔法と闇魔法を発動させると、アレックスの剣が赤黒い炎を纏って燃え立った。
「魔法剣だぜ!俺、一度やってみたかったんだよな」
「感動してないで、戦ってよ!」
「行くぜぇっ!」
鞭を持った黒ずくめ集団に襲いかかる。ヒュッと空気を斬る音がし、アレックスの剣に鞭の先端が絡まるが、すぐに闇魔法と火魔法で跡形もなく消滅する。
「すっげえ!魔法剣、すっげえ!」
「アレックス!後ろ!」
「おわっ」
アレックスを後方から狙った男の頭に、ジュリアの振るうモップの柄がヒットする。
「助かった」
「ぼやぼやしないで。次、来るよ!」
「任せろ!俺、マジで強えから!」
『俺に任せろモード』のアレックスは始末に負えない。ジュリアはやっちゃったなと思いながら彼の背中を頼もしく見た。
物理攻撃で倒した敵がすぐに起き上がって魔法を放つ。火の玉が足元を掠めてジュリアがよろめくと、アレックスがすかさず腰に手を回して支えた。
「大丈夫か」
「ありがとう。ねえ、倒しても倒しても終わんないんだけど?」
「……向こう。誰かが回復させてる」
エミリーの指が示した方向から、次々と倒れたはずの敵が歩いてくる。
「どうにかなんない?……ハッ!」
バキ。
ジュリアの前で敵が一人倒れた。倒れると身体が発光して転移し消える。
「元を絶たないとダメ。……そろそろ、来ると思う」
ガラガラガラガラ……。
猛スピードでジュリア達の方へ馬車が突っ込んでくる。何もない空間から突如馬車が現れ、黒ずくめの集団は驚いて散り散りになった。
「乗れ!」
荷台から手を伸ばし、レイモンドとマシューが三人を引き上げる。勢いに押されて逃げ出した敵の間を抜け、エイブラハムが大通りへと馬車を操る。黒ずくめの集団は次々に魔法を放ち、馬車を燃やそうとするが、マシューが作った強固な防御壁に阻まれ、魔法球は消滅していく。
「陽動作戦成功だな」
レイモンドが満足そうに息を吐いた。
「レナードは?」
「俺が一時的に体内の毒を無効化した。治癒魔法は不得手だから、正直、いつまでもつか分からん」
「山越えにはなるが、エイブラハムは問題ないと言っている。山脈を抜ければハーリオン侯爵領、エスティアに入るぞ」
「転移魔法で行けないの?」
「エミリーは魔力の消耗が激しい。俺の魔法で皆を国内どこへでも送ってやれるが、安全な場所はどこにある?王都では邸を見張られ、俺はお尋ね者だ」
「エスティアに行ったってさ、解毒剤があるの?毒の種類だって……」
おろおろするばかりのジュリアに、レイモンドは上から目線で微笑んだ。
「これだ」
取り出した小瓶は、ところどころ欠片を失い不完全な形だった。
「瓶……再生させたのね?」
目を眇めたエミリーに、マシューが得意げに頷く。
「椅子の下に散らばっていた欠片を、土魔法で再生させた。『ユーデピオレ』と書いてある」
「万能解毒薬になる植物の名前だ。解毒だけではない。傷の治りを早める働きもある。神官は治療のためと称してレナードに飲ませたんだろう」
「……偽物だわ。義兄の名を騙り、ピオリの種を入れただけの。赤ピオリの種には毒性があるの。見た目はユーデピオレと同じ。騙すのは簡単ね」
「そうだろうな。ここにハロルドの名が書いてある。中身がピオリだったとすれば、ピオリを栽培している場所には解毒薬があるのではないか?」
レイモンドはラベルを指し示す。コツコツと瓶を指先で叩く。
「そうか!エスティアにはピオリが植えられているんだよね?」
「うん。いっぱいあった……と思う」
「薬草の知識がある者の手を借りよう。今は他に成す術がない」
一同は頷き、馬車が無事にエスティアに着くことを祈った。
◆◆◆
「ビルクールに来たのは久しぶりだね」
潮風に銀髪を靡かせて、アリッサが目を細める。カモメのような鳥が上空を舞っている。前世で見た光景とあまり変わらないなとアリッサは思う。
大通りの一角で馬車を下り、三人は徒歩で目的地を目指していた。
「観光気分になっていてはダメよ」
「分かってるわよ。エミリーちゃんがいなくなっちゃったから、作戦変更よね」
「ビルクール通商組合の会合は、組合の建物で行われるわ。ほら、歴史博物館の隣よ。お兄様……スタンリー先輩と私達、全員で行くわ。アリッサ一人じゃ調査に行けないでしょう?」
「うん。道に迷っちゃうし、馬車で乗り付けても建物の中で迷っちゃうし……ごめんね、役立たずで」
「そんなことないわ。何かあったときに一緒にいた方が心強いもの。皆で乗り切りましょうね」
やがて目の前に赤レンガ造りの建物が見えた。アーチ状の屋根が特徴的なそれは、入口に看板が掲げられている。マリナは建物を見上げて
「ビルクール通商組合。ここよ」
と凛とした声で言った。スタンリーは姿勢を正し、二人に向かって
「では行こうか。可愛い妹達よ」
と仰々しくポーズを取った。
「先輩、やりすぎです……」
アリッサの呟きは潮騒の音に消された。




