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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
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426 悪役令嬢は濃厚なキスをする

エミリーはマシューの身体を離さないようにきつく抱きしめた。ドクンドクンと脈打つ心臓が、彼の温もりが、ここにいるのだと教えている。

「……エミリー」

壁も床も白い空間で、白い大理石の台の上に横たわったマシューは、拘束されて赤黒い擦り傷だらけの腕をエミリーへと伸ばす。痩せてしまった彼の手を取り、エミリーは自分の頬に当てた。

「ここにいるわ。あなたの傍に」

転移した瞬間に彼の上に跨るような格好になっていたが、気にせずに彼の瞳を覗き込む。赤い左目は禍々しい光が消え、穏やかな輝きが宿っていた。視線が何度も揺れる。

「本物よ。……分かるでしょう?……ひゃっ」

不意に起き上がったマシューは、自分の腿に跨ったエミリーを抱きしめ、アメジストの瞳を至近距離から覗き込んだ。

――近い、近すぎるっ!

少しやつれたマシューは、薄幸そうな感じが倍増している。直球がエミリーのストライクゾーンど真ん中に入り、さらに深く抉ってくるかのようだ。

「君を……感じさせてくれ」

「んぅっ!」

いつの間にか後頭部に回された手が銀髪を撫で、マシューは荒々しくエミリーの唇を奪った。腕輪を消すためにしていた優しく啄むようなキスとは違い容赦がない。顎にかけられた手がエミリーの口を開かせ、息継ぎのために開いた歯の間から舌が滑りこんでくる。

――ちょっと、こんなの、ダメだってばっ!

混乱したエミリーは、風魔法でマシューを弾き飛ばそうとするが、どんなに魔力を集めても指先から迸るあの感触がない。無効化されているのだろうか。王都の外門からここまで転移魔法を使ったせいかもしれない。

激しく繰り返される口づけに呼吸もままならない。意識が遠くなりそうだ。


「おーい」

エミリーの耳に、聞き覚えのある声がした。

「熱烈ラブシーンのとこ悪いけど、一旦やめてくれない?」

エミリーがマシューの口に手を当てて押し返し、身体を離して涙目で彼を睨むと、赤と黒の瞳が細められ、口元がふっと笑った。

――こいつ、正気に戻ってたんだ。悔しい。

白い空間に転移した時から、彼は正気に戻っていたのだろう。まんまと騙されたと気づき、エミリーはぽってりと腫れた唇を噛みしめた。はっと振り返ると、真っ赤になったジュリアが腰に手を当てて二人を見つめている。その後ろでは、レイモンドが冷ややかな視線を向け、アレックスが鼻の穴を膨らませながら頷いていた。


   ◆◆◆


「脱獄……」

レイモンドが渋い顔をした。

「魔力を奪われる毎日だったが、俺の魔力を吸った魔法石が壊れて魔力が戻ったんだ。抑えていた力が暴走して、気づいたらエミリーに抱きしめられていた」

「……私が痴女みたいに言わないで」

ジト目で睨むと、マシューは楽しそうに微笑んでエミリーの銀髪を撫でる。話を聞かれている間、神殿の椅子に座ったマシューは、自分の膝にエミリーを座らせて離さないのだ。

「先生の魔力は戻ったのでしょうか」

「完全ではないが、体調が回復すれば満ちると思う」

「『命の時計』の魔法を使ったのは先生ではないと証明できればいいのですが、それができない以上、脱獄はさらに刑を重くします」

「証明できないの?レイモンド。マシュー……先生はずっと、エミリーと一緒にいたんだし」

「できたら苦労はしていない。解呪の方法が分からない上、秘術の手がかりを持つと思われるエンウィ家も非協力的だからな」

「エンウィ……キースん家が何か知ってるっての?」

掴みかからんばかりの勢いでジュリアが身を乗り出した。レイモンドは承諾を求めるようにマシューに視線を送った。


「……いい。俺が話そう。ただし、外の連中を追い払ってからだ」

「気づいてたんですか?」

エイブラハムが驚きの声を上げる。

「ああ。あれだけ不快な波動が漂って来れば、嫌でも気づくだろう」

「……ゴミ箱のにおい」

「エミリーも気づいていたか。一度魔法で蹴散らし、隙を見て逃げるか」

「ダメだよ、まだレナードの治療が終わってないんだ」

「レナード……剣技科の生徒だな」

「神官さんが治療してくれてる。奥の部屋で」

「……おかしいな。俺も自分の手首に治癒魔法をかけているが、全て無効化されてしまう。建物全体に魔法無効化の結界が張られているのに、神官は治癒魔法が使えるというのか?」

アレックスとジュリアが顔を見合わせ、神官とレナードが消えた廊下へと走り出る。バタバタとドアを開閉する音が響いた後、ジュリアの絶叫が聞こえた。

「いやああああああ!」

「ジュリア!」

飛び込んできたアレックスが見た部屋は、応接椅子が一組あるだけだった。

青白い顔のレナードが目を閉じて背凭れに身体を預けている。唇の隙間から血を滴らせながら。

「どうした!」

レイモンドとエミリー、マシューが二人を追って来た。

「……毒か。脈はあるようだが」

「薬の瓶はないのか?毒が分かれば解毒剤が……」

遅れてエイブラハムが入ってくる。少し息を切らして、悔しそうに呻く。

「神官の奴、神殿の裏口から逃げたようですね。道理でじいさんの姿が見えないと思ったら、あの神官、あいつらの息がかかってたのか」

「神殿を出れば黒い奴らと戦わなきゃなんないし、転移魔法も使えないし……」

「馬車で逃げるぞ」

「は?正気ですか、レイモンドさん」

「総力戦だ。急がなければレナードが助からんだろう」

レイモンドは全員を見回して目を眇めた。


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