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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
589/616

418 悪役令嬢は布を裂く

レナードに肩を貸しながら、何とかして商店街の裏通りまで逃げた。

閉店の告知が貼られている店の前で、アレックスはゆっくりとレナードを座らせた。隣にジュリアが背中の荷物を下ろし、いそいそと中身を出し始める。

「アレックス、薬草と包帯は?」

「傷薬の薬草は持って来なかった。包帯は……あー、これしかないか」

アレックスが取り出したのは幅が広い白い布だった。ジュリアが胸に巻いていたものと同じで、捻挫した時に固定するのに使えるものだ。ジュリアは適当な幅のところに歯を立てた。ビリビリと端まで一気に切り裂く。

「傷口を見せてもらえる?」

「服、脱がすぞ。少し寒いけど我慢な?」

袖を抜き、顔を顰めてレナードが上着を脱いだ。白いシャツが真っ赤に染まっている。アレックスはボタンを外して彼の肩を出し、傷口をじっと見つめた。

「魔法の核は残っていないみたいだな」

「アレックス、そんなの見て分かるの?」

「騎士団の訓練場に遊びに行った時に教わったんだ。魔法の核が残っていると、傷口が光るらしいぞ。光魔法なら金色、闇魔法なら紫色にさ」

「レナードの肩は光ってないね」

「あとは止血して、できればどこかで傷薬を買えればいいな。この街はあいつらの支配下だから、他の町で買おう。レナード、ゆっくりでいいから歩けるか?」

自分を気遣う二人に、レナードは俯いたままだった。

「……アレックス、ジュリアちゃん」

やっと顔を上げた彼の瞳から涙が溢れた。

「俺……やっぱ二人には敵わないな」

はは、と弱々しく笑う。

「さっさと傷を治してもらわないと。私達の練習相手がいなくなっちゃうよ」

「ああ。魔法陣へ急ぐぞ」


   ◆◆◆


「これといった収穫はなしだな」

レイモンドは首のストールを巻き直して空を見上げた。間もなく夜が明ける。アレックスとジュリアはどこで夜を越したのだろうか。雪は降らなかったが、この街は夜間かなり冷えるところだ。寒さで体力を奪われていなければいいと思う。

「んー、このパン、なかなかうまいっすね」

「どこまでも不謹慎な奴だな。俺達は人探しをしにきたんだぞ。美味いもの探訪ではないんだぞ」

「ふぁーい。すみません。さっきのパン屋といい、犬の散歩をしているおじいちゃんといい、ろくな証言はありませんでしたね。本当に坊ちゃんのお友達は、この街に来たんでしょうか」

「疑うのか?」

「証拠もないでしょう?」

「……ああ、証拠はない。二人とは付き合いが長い。パン屋も行きそうな店ではあったが、食事もせずにいるのか……」

「心配ですね。寒くて腹が減っているとなれば。俺が思うに、お二人はこの街を出たんじゃないかと。魔法陣で着いて、すぐに目的地に向かったとは考えられませんか?」

「リングウェイか」

「体力自慢の剣技科なら、歩いて行く体力は十分でしょう?」

エイブラハムに持たせていた荷物から地図を出して広げて見る。

「山道のようだな。リングウェイは山を越えた先だ」

「まあ、どっちに行っても山ですしね。けもの道でないのが救いですかね。ほらここ、馬車が通れるって書いてあります。街で馬車を借りて追いかけましょうか」

「行ってみるか。いなければ引き返すのみだ」

「御意。んじゃ、ちゃっちゃと馬車を借りてきますね」


街の広場にある悪趣味な銅像の前で、レイモンドはしばらく執事を待った。暇に任せて背凭れにしていた銅像を仰ぎ見る。自称前衛芸術家が作ったそれは、人のような獣のような、タコのような……一見して何の形か分からない。台座に書かれている作品名を読もうと、指先で雪を払った。

一読して心臓が音を立てた。

「……『乙女と命の時間』だと?」

言われてみれば、時計らしき円盤を人が抱えているようにも見える。顔には表情がないが、人だとすれば打ちひしがれているような体勢だ。

「これ、は……」

ポケットから手帳を出し、作者の名前を書き留める。

「坊ちゃん!」

レイモンドが振り返るのと、エイブラハムが馬を嘶かせて馬車を操ってきたのは同時だった。新しくはないが御者席が前に着いた幌馬車だ。後ろから飛び乗る仕様でも、屋根があるだけありがたい。いざとなったら野宿もできそうだ。

「お待たせしました。なかなかいいでしょ。新しい馬車が買えるだけのお金を渡して買い取って来ましたから、俺が馬車を脱輪させても心配無用ですよ」

ややくたびれた馬を撫で、エイブラハムはひらりと御者席から下りた。

「くれぐれも脱輪させないでくれ。……リングウェイで二人を見つけたら、またここに引き返すぞ。調べたいことができた」

「もしかして、後ろのタコ像ですか」

「乙女だと書いてあるぞ」

「俺にはタコにしか見えませんが。これがどうしたんです?」

「この像にモデルがいるなら、乙女……彼女はある魔法にかかっていたのではないかと思う。詳しくは言えないが、乙女を知る者に話を聞きたいんだ」

「分かりました。お話を伺うなら時間がかかりますもんね。先にリングウェイを見に行きましょう。……後ろにお乗りなら、手を貸しますよ?」

「要らん。一人で乗れる」

荷台に足をかけて飛び乗り、藁が散っている床を蹴り飛ばし、レイモンドは奥へと進んだ。ここからなら御者席が近い。話もできそうだ。側面についている布を持ち上げると、小窓から馬車の外が見える。窓の向こうを眺めていると、後方の幕が下ろされた。

「座っていてくださいよ。出しますんで」

「分かった」


   ◆◆◆


魔法陣がある小屋の近くまでたどり着き、ジュリアとレナードを森の中に隠し、アレックスは一人で小屋へと向かった。

ジュリアと歩いてきた時より、道の雑草が踏み荒らされている。

「誰か通ったか……」

人の気配を感じ、すぐに背の高い茂みに隠れる。小屋の戸が開いて、黒い服を纏った魔導士風の男達が出てきた。自分とジュリアを襲った連中だと、アレックスは即座に判断した。ここにジュリアと負傷したレナードを連れてきてはいけない。一歩引いて逃げようとした時、足元から音がした。

パキッ……。

乾いた木の枝を踏んでしまった。アレックスは一気に青ざめた。

「誰だ!」

「おい、誰かいるぞ!」

背中に黒ずくめ集団の声を聞きながら一目散に逃げる。ジュリア達のいる木の陰まであと少しだ。

「ジュリア!レナード!逃げろ!」

声に気づいたジュリアが立ち上がり、レナードを引き上げる。

「町の中まで走ろう。人目があれば……」

「大きな通りは向こうだ。行くぞ」

レナードの腰に腕を回し、アレックスが道路を横切ろうとした瞬間。

「うわぁっ!」

馬の嘶きが聞こえ、馬車の車輪が軋む音がした。


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