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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
587/616

416 悪役令嬢は引き上げられる

アレックスが先頭を走り、ジュリアとレナードが後に続く。高い塀に囲まれた邸の庭は暗く、塀に沿って走れば月光に照らされず人目につかない。簡単に出られそうに思えた。

「俺が来たのはあっちだ。問題はどうやって上るかだな」

「どうやって上がって来たの?」

「勢いをつけて駆け上がったんだよ。塀の向こう側は道路で、走る場所もあるし」

レナードは邸の庭をもう一度見渡した。自分達は木立の陰に身を隠しているが、助走をつけるには陰から出なければならない。

「厳しいな。ここは走る場所がない。何より、走ればすぐに見つかってしまうな。……そうだ、肩車はどう?少なくとも一人はここを出られるよ」

「誰が出るの?」

「俺が出たんじゃ意味ないだろ?ここに捕まってたのはジュリアなんだから、先に逃がすならジュリアだろ」

「うん。俺もそう思う」

ジュリアは二人の腕を掴んだ。

「皆で逃げなきゃ意味ないよ。私を逃がしたからって二人が酷い目に遭ったら、私、自分が許せないもん。……三人でここを出よう?」

「助走つけて上るか?」

「見つかるぞ」

「一回で決めれば、向こうが門を開いている時間である程度遠くまで走れる。一か八か、やってみない?」

窺うようにアメジストの瞳が二人を見る。アレックスとレナードは横目で目を見合わせて、やれやれと肩を竦めた。

「俺らが嫌だって言っても、やるんだろ?」

「さっすが、アレックス。よく分かってるね」


「せーの!」

三人は同時に建物に向かって走り出した。助走をつけられる距離だけ塀から離れる。

「行くぞ!」

無駄に絶叫するアレックスと、歯を食いしばって全力疾走する二人は、同時に壁に足をかけて上がった。

「ぅわ!」

「ジュリア!」

「ジュリアちゃん!」

あと少しのところでジュリアの足が滑る。二人の手がジュリアの腕をがっちりと掴み引き上げる。

「ありがと!」

「逃げるぞ。行き先は魔法陣だ」

「魔法陣?」

レナードが首を傾げた。

「説明は後!行くよ」

走り出した三人の背後で、邸の鉄の門扉が開く音がした。追っ手がかかったのだ。

「まずい。見つかった……っ、く」

「レナード?」

「何でもない。急ごう。とにかく走るんだ。方向はこっちでいいのか、アレックス」

「ああ。俺はこっちから……おい!」

レナードの足元に赤い滴が落ちているのを見て、アレックスが目の色を変えた。

「お前、怪我っ……」

「門から魔法で撃たれた。俺がいたんじゃ、どこに逃げても目印がつく。……先に行きなよ」

弱々しく笑って二人の背中を押す。上着の左肩に大きく染みが広がっている。左足も引きずっている。

「断る。な?ジュリア」

「とーぜん。さっさと王都に帰って、ロン先生に治してもらおう?」

「……ごめん。ジュリアちゃん、アレックス、本当に、ごめん……」

レナードの瞳から一筋の涙が頬を伝った。アレックスはレナードの右肩の下に身体を入れ、肩を貸して引きずるようにして走り出した。


   ◆◆◆


「いやあー、まるっきりド田舎ですねえ」

エイブラハムは見渡す限り山に囲まれた街に仰天した。当然、夜中に開いている店はない。

「感想は街の人に聞こえない声で言え。夜中でも誰が聞いているか分からんぞ。気を悪くされたら俺達の調査に支障が出るだろう?」

「あ、すいません。いやね、俺、こう見えてもバリバリの都会っ子なもんで」

「出身はどこだ?」

「コレルダードです」

「都会と呼べるほど栄えていないが……まあいい。コレルダードもここも、農業地帯だから似たようなものだろう。街の構造やら、似通った部分があるかもしれない」

「そっすねえ。坊ちゃん、ここは俺に任せてくださいよ」

「分かった」


適当に歩いていると、仕込みを始めているパン屋を見つけた。

「開いてそうな店発見!ここで聞いてきますから、待っててくださいよ」

「先に行ってもいいか?」

「まぁた、そんな意地悪を言うんですから。じゃあ、一緒に入りましょう。……すみませーん」

エイブラハムはレイモンドの背中を押して先に入らせ、自分は後ろから叫んだ。耳元で大声を出され、レイモンドは彼を睨み付けた。

「うるさいぞ」

間もなく、奥からパン屋の女将が出てきた。

「いらっしゃいませ。悪いけど、まだ開店前でね。焼き上がったのは少なくてね」

「これ一つください。俺達腹減っちゃってさぁ」

「あんた達、旅の人かい?」

「この辺じゃ珍しいでしょ?」

「そうだねえ……なーんもないところだから、特に用がなけりゃ来ないよ。昔はリングウェイまでの道の途中、最後の宿場町だってんで、栄えたもんなんだけどね」

「リングウェイ?」

女将とエイブラハムの会話に、レイモンドが身を乗り出した。

「若い人は知らないかもねえ。ここから先、あっちの道を行った先に、リングウェイって町があるんだよ。昔はかけおち者が皆あそこに行って、レメイデ教会で式を挙げたもんさ」

「かけおち……」

「レメイデ様は愛の女神様だろう?ま、子宝祈願の方が有名だけどね。そのレメイデ様を祀る最北の教会がリングウェイにあるのさ。あの町自体がでっかい魔法陣みたいなところでね、昔々の魔法使いが張った結界がまだ生きてるんだとさ」

「ひゃあ、すごいっすねえ。そんな由緒あるところが近くにあるなんて」

エイブラハムが白々しく驚いてみせる。

「町全体に魔法陣か……余程高度な魔法を操る魔導士なのだろうな」

「恋人を守るために張った結界だとか……本当だか嘘だか知らないけど、ロマンチックじゃないかい?」

笑顔で女将はパンを紙袋に入れた。エイブラハムが代金を支払い、品物を受け取る。

「あ、女将さん」

「何だい、兄ちゃん」

「この辺で銀髪の女の子見なかった?赤毛の男でもいいけど」

「さあねえ……」

「そか。ありがとう」

店から出るやいなや、エイブラハムはパンにかじりつく。

「おい、俺の分は?」

「半分こ。はい、坊ちゃん」

齧りついていない側をもいでレイモンドに渡す。普段食べているものとは品質が大きく違う硬そうなパンをしばらく眺め、レイモンドは思い切ってかぶりついた。


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