411 悪役令嬢は二重に罠をかける
「探索するには、ある程度場所を絞り込まないといけないのね」
「そう」
「前にね、エミリーちゃんが行方不明になった時、マシュー先生がやってたのを見たことがあるの。学院の中だけだったし、強い魔力を持つエミリーちゃんを探すためだったから、すぐに分かったけど……」
「ノアは魔法が使えるのかしら?」
「分からない。……探索が無理なら、転移魔法か」
エミリーは本を閉じて溜息をついた。転移先をノアにして飛んでも、彼がアスタシフォンに帰っていたら片道で魔力をかなり消耗してしまう。海を越えて無事着けるかも分からない。
「……」
「どう、エミリーちゃん」
「技術的に可能かは分からないけれど……例えば、図書館の裏口にノアだけを転移させる魔法陣を描いたらどうかしら」
「アイリーンに見られたら……」
八方塞がりかと思った時、エミリーがにやりと笑った。
「アイリーンだけを転移させる魔法陣を描いて、その奥にノアだけを転移させる魔法陣を描けば?」
「二重の罠?」
「……そういうこと」
◆◆◆
目立たないコートを着たエミリーが転移魔法で消え、小一時間もしないうちに戻って来た。
「早かったのね」
「……同じようなものを二つ描いたから、二つ目は慣れたし」
「流石エミリーちゃんだね」
魔法陣の転移先は自分達の部屋にしている。ノアが真夜中に転移してきてもいいように、三人は普段着を着てベッドに入った。窓際のベッドが空いている。
「ジュリアから、今日も手紙が来なかったわね」
「レイ様はまだ見つけていないのね。王都にはいないのかなあ?街道を通った形跡はないのに」
「街道を通らずに……あっ」
マリナは机の引き出しからノートを取り出した。先日、市場を調べた時に、転移魔法陣の配置図を描いてきたのだ。
「魔法陣を使ったってことはないかしら?行き先がリングウェイだとすると、その近くの町まで行ければ、後は馬車を使わずに歩いて行こうと考えないかしら。ほら、あの二人は体力自慢だから」
「……ありうる」
エミリーが指を立てると、本棚から地図帳が下りてきた。
「すごーい」
「最近、狙った本が取れるようになったの」
自慢げに胸を張る。
「リングウェイは……ここね」
「かなり北にあるのね。馬車でも何日もかかりそうだわ」
「市場の魔法陣が繋がっている都市のうち、一番リングウェイに近いのはノーゼウィンクね。ここからリングウェイまでなら……そうね、丸一日朝から夕方まで歩けば着くわ」
「……そんなに歩きたくない」
「エミリーに歩けとは言っていないわよ」
「私、お手紙を書くわ。魔法陣を調べてほしいって」
「うちから使いを出せば、もれなく尾行されるわよ?レイモンドが来るのはともかく」
「うん。だから、スタンリー先輩にお手紙を書くの。先輩からレイ様に伝えてもらうわ」
アリッサは机の上に可愛らしい便箋を広げた。
◆◆◆
その夜、真夜中には月明かりもなく真っ暗だった。
三人はそわそわしてベッドに入ったが、眠気に耐えられずに寝てしまった。
ブワッ。
辺りが白く光った。エミリーが真っ先に魔法の気配に気づき、がばっと跳ね起きた。
「……来た!」
転移してきたのは剣を構えたノアだった。
自分が女子の寝室に転移したことに驚き、目を丸くして口を開けている。
「……は、ええ?」
一瞬ふらついて、慌てて剣を下げた。鞘に納めると咳払いを一つして膝をついた。
「敵の罠にかかったとはいえ、夜遅くに婦女子の部屋に乱入するなど、あってはならないことです。どのような罰でも受けましょう」
「……じゃあ、罰ね」
「エミリーちゃん、あんむむむむ」
ノアに説明をしようとしたアリッサは、エミリーに口を塞がれた。
「私達、あなたに聞きたいことがあるの」
ベッドから下り、マリナがノアに近づいた。彼は頭を下げたままだ。
「……あなたが知っていることを、全て教えてほしいの。お父様がアスタシフォンから帰れない理由、お兄様がどこにいるのか、リオネル様は黒幕が誰だと見ているのか」
「それは……」
「答えられない?」
「我が国の王位継承権争いに関わることですので」
ノアは苦しそうに告げた。
「……こっちも、死ぬか生きるかなんだよね」
エミリーは両手に魔法球を発生させ、口の端を歪めた。ノアの顔色が変わった。
「私を脅すのですか?」
「……教えてくれないならね」
「脅すのはダメよ、エミリー。私達、協力し合えないかしら。リオネル様はきっと、お兄様の王太子殿下を守ろうとなさっているはず。第二・第三王子の関係者が、グランディアで起こった事件の黒幕と関係しているのなら、我が国での事件を明らかにすることで、第二・第三王子は失脚する。……違うかしら?」
一歩踏み出して、マリナはノアの前に跪き瞳を覗き込んだ。
「……仰せのとおりです。リオネル様は、王太子殿下のために奔走なさっています。殿下は母君の王妃様を失くされ、伯父君が後見になっていますが、第二王子の一派は他国との貿易を牛耳ることで国内の商人を従わせ、財力で貴族を味方につけてきています。病弱な王太子殿下よりも、健康面で不安がない第二王子を王位継承者とすべきだと、再三国王陛下に働きかけているそうです。病床の陛下に遺言を書かせようとしたとか。リオネル様は、第二王子の一派と毒薬のつながりについて調べるよう、私にお命じになりました」
「毒薬?」
「はい。王太子殿下のために用意されたお薬の中から、解毒剤ではなく、毒性が強い赤ピオリの種が見つかりました。幸い粉末にはされておらず、殿下にも害はありませんでしたが、入手経路を調べたところ、グランディアにたどり着いたのです」
「王宮に持ち込むには、グランディアの人間では無理でしょうね」
「王太子の近くまで寄ることができる人物……侍従が買収されているのかも」
「リオネル様もそう思われて、王太子殿下の侍従や侍女の身元を再度調べ、私や他の側近の者に行動を見張らせました。うち、一人が、街の魔法薬店に出入りし、王宮の薬を横流しし、代わりに金貨と赤ピオリの種を得ていました。ピオリの瓶には、ハーリオン家のハロルド様がおすすめしていると書かれており、リオネル様はグランディアへの留学をお決めになったのです」
ノアはぐっと顔を上げた。
「私達は、皆様を疑っていたのです。アスタシフォンを内部から揺るがそうとしていると」




