42 悪役令嬢の密談 11
今回でマリナと王太子のパートが一区切りになります。
目を腫らしたマリナが居間へ入ると、妹達は驚いて駆け寄ってきた。
「マ、マリナちゃん、何があったの?」
アリッサはおろおろするばかりだ。
「マリナが泣くなんてよっぽどのことがあったんだな。私が成敗してくれる!」
相手も聞かずに飛び出して行こうとするジュリアのポニーテールをむんずと掴み、エミリーが
「おかえり」
と言った。
◆◆◆
四姉妹の部屋の、マリナのベッドの上にて。
「お母様からマリナが王宮に泊まるって聞いた時はさ、熱でも出したのかと思ったんだよ」
「そうね。マリナちゃん、頑張りすぎていきなり倒れることがあるから」
「何があったの?」
エミリーが正座して、ずい、と膝を詰めてくる。
「ええと……」
侍女に冷たい水で濡らした布を持って来させて、まぶたに当てているものの、まだ腫れは引かない。
どこからどう話すべきか。
「お母様から、何か聞いてる?」
三人に問うと、皆首を横に振った。
「何も」
「王妃様の御使者が来られたけれど、お話は聞こえなかったわ」
「ドアに耳をつけても全然」
ジュリアは盗み聞きしようとしていたのだ。懲りないな、こいつ。
「そう……あのね」
まぶたに当てた布を手に取り、三人の顔を交互に見る。
「私、セドリック殿下と既成事実を作ってしまったわ」
「え、嘘!」
アリッサが再び動揺して熊のぬいぐるみの首を絞めた。
「!!」
何も言わず驚いてベッドの上に立ち上がったジュリアは、バランスを崩して下へ転がり落ちた。
「ジュリアちゃん!」
抜群の運動神経で受け身の姿勢を取り、再びベッドに上がってくる。
「どういうこと?」
動じなかったエミリーが、眠そうな瞳でマリナに近づく。
「子供がどうのって一人で盛り上がったセドリック様が、いきなりキスしてきて……」
「キスしちゃったの?」
「王太子、意外と手が早いな」
「子供の話でソノ気になるって、どこの変態よ?」
「エミリー!」
マリナが真っ赤になって妹を見た。
「……王太子がアレなのは前からじゃない」
「マリナちゃんに着せ替えごっこをおねだりするくらいだもの」
「ド変態」
「で、どうなったの」
「突き飛ばしたら頭をぶつけて気絶したの」
「……自業自得」
「いきなりはよくないよね」
「びっくりしたろ、マリナ」
「ええ。騒ぎになって、駆け付けた侍従がね、乱れたドレスや髪を見ていかがわしいことをされたと勘違いして」
「マジで?」
「マリナちゃんは十二歳で、殿下は十三歳でしょ。考えられないよぉ」
「私もそう思うわ。でもね、過去には私達と同じ年齢で結婚した王族もいたようだし、十五歳以下で世継ぎをもうけた王もいたそうなの」
アリッサは歴代の王の系譜を頭に浮かべた。確かに、何人か年若くして子をもうけた王と王妃はいる。
「だから、セドリック様と私の間にも何かあったと思われてしまったのよ」
「で、王妃様がお母様に使者をよこしたわけか」
「御使者の方が帰られた後、お母様は真っ青なお顔でお部屋に入られたわ」
「侍従から話を聞き、王妃様は私を部屋で休ませるように言いつけて。もう帰りたいって言っても聞き入れてもらえなかったの」
帰ってくるまでの顛末を妹達に打ち明けて、マリナは再びまぶたを冷やした。
「王太子妃候補から、ほぼ婚約者に内定かぁ。着々と進んでるな、マリナ」
「マリナちゃんはどうして泣いてるの?」
「殿下と婚約したら、破滅ルート通りの展開でしょう。お先真っ暗よ」
「違うって。王太子殿下の婚約者になってもさ、マリナは死ぬって決まったわけじゃないよ。どうにかなるってば」
口々に励ますジュリアとアリッサを眺めて、エミリーが口を開く。
「……運命を変える」
「エミリー?」
「私達は、運命を変えられる。ゲームの中の侯爵令嬢は我儘な嫌な女だったけれど、私達は違う。ゲームの侯爵令嬢が王立学院に入るまでに、攻略対象者とどんな関係を築いていたか分からない。でも、私達とは、きっと、違う」
エミリーの瞳の中に何かを確信する炎が燃えている。
「物語はもう、私達が変えてきているはず」
きっぱりと言い切った。
「これからできることは、まだたくさんあるよね!」
ジュリアが身を乗り出した。アリッサがぬいぐるみの熊と共に頷き、
「王太子殿下を信じてもいいと思うの。ヒロインに取られても、マリナちゃんが取り返せばいいのよ」
と珍しく強気な発言をした。
優しい眼差しに支えられて、マリナは妹達を頼もしく思うのだった。
◆◆◆
翌朝。
王太子セドリックの手紙を携えた従者がハーリオン侯爵家を訪れた。間違いなく王宮への招待である。
朝の身支度の途中で来訪を告げられたマリナは、ジュリアとアリッサと顔を見合わせた。
「えっと、昨日の今日だよね?」
「早くね?まだ朝だし」
「マリナちゃん、殿下に愛されてるから……」
眠っているエミリーを置いて、三人は客間へ向かった。
客間では、王太子付きの侍従長が、ハーリオン侯爵夫妻と歓談していた。
「早かったわね、マリナ」
侯爵夫人が娘に声をかける。
「殿下の御使者がお越しと聞き、支度を急ぎましたので」
使者から手紙を受け取り、マリナは封を切って中身を確認する。
「殿下は何と?」
侯爵が尋ねると、マリナは一つ大きく溜息をついた。
「……私が王宮に参じなければ、王太子殿下は死んでしまわれるとか」
「まあ!」
侯爵夫人が扇子で口元を隠して驚く。
――重い。重すぎる。
来てくれなければ死ぬなんて、正直重いにもほどがある。こっちはまだ朝食も済ませていないのに。
「王宮へは、後程支度を整えてから参ります」
「すぐにお連れするようにと仰せつかって参りました。是非とも私と一緒に王宮へ……」
「できません。支度に時間をいただきたいのです」
「どうか、私を助けるとお思いになって……」
王太子に厳命を受けた侍従と押し問答の末、マリナは根負けして彼に付いていくことになった。




