407 悪役令嬢は王宮の煌めきを懐かしむ
「今日はお城のパーティーだねえ……」
窓の外を眺め、王宮がまだ明るいのを見てアリッサは呟いた。隣に座って魔法書を読んでいたエミリーが視線を上げ、窓に目を向ける。
「……新年のお祝いか」
「去年は四人であそこにいたんだよね。なんだか、随分前のことのように感じるね」
「アリッサは行きたかったの?」
マリナが横に並び、アリッサとエミリーの視線の先を辿る。
「レイ様と……踊りたかったの」
「……ダンスは苦手なくせに」
「レイ様とは踊れるもん!」
アリッサがレイ様レイ様と連呼し始めたところで、リリーが部屋に顔を出した。
「お嬢様方、お客様がお見えです」
「……こんな夜更けに?」
「はい。……アリッサ様がお待ちになっていた方かと」
リリーがにっこりと口元を弛めると、アリッサが弾けるような笑顔を見せた。
◆◆◆
「夜分遅くに、すまない」
客間に通されたレイモンドは、紅茶を飲みながら三人を待っていた。来客に相応しい服装に着替えるのに少し時間がかかってしまったのだ。
「レイ様、どうかなさいましたの?」
「アリッサ……」
椅子から立ち上がったレイモンドは、煌びやかな正装のままだった。長い腕でふわりとアリッサを包み込み、額に口づけた。しばらく見つめ合う二人に、エミリーが白い目を向ける。
「ええと、レイ様、あの……」
「ああ……話をしに来たのだったな」
――何をしに来たのかしら。まったく。
マリナはアルカイックスマイルを浮かべつつ、額には綺麗に青筋を立てている。
「皆に良くない報せがある」
姉妹は長椅子に座り、レイモンドが話し出すのを待った。
「父のことですの?」
「いや……今晩の新年パーティーでのことだ」
「……まだやってる」
「俺は途中で抜けて来た。会場にいても娘を売り込まれるだけだからな」
アリッサがはっと目を見開き、次の瞬間に涙ぐむ。
「……泣くな。俺が君以外を視界に入れると思うか?」
「レイ様……」
――だから、甘い雰囲気出すなっての!
妹には悪いが、マリナの我慢も限界である。
「さっさと用件に入っていただけます?」
声に棘があるのに気づき、レイモンドは咳払いをした。
「……実は、王太子妃候補が選ばれた」
「ええっ!」
アリッサが声を上げた。エミリーは瞠目したまま何も言わない。
「……そうですの」
「驚かないのか、マリナ」
「はい。……覚悟はしておりましたから」
「『命の時計』の解呪方法を探す手がかりと引き換えに、セドリックはアイリーンの要求を呑んだ。国王陛下のいらっしゃる前で、アイリーンを妃候補にするよう発言した。男爵令嬢は公爵家か侯爵家の養女にならなければ妃には立てないから、後ろ盾がないままその場ですぐ妃候補になれるわけではないが、国中の貴族が集まるパーティーの、しかも陛下の御前で発表したことに意義がある。王太子が自分に惚れこんでいると知らしめたいのだろう」
「……あいつが考えそうなことね」
「目立ちたがり屋だから」
「セドリック様は、どういう理由でアイリーンを妃候補にと仰ったのですか?」
「理由はない。無表情で『アイリーン・シェリンズを僕の妃候補にしたい』とだけ言った。マリナが候補に選ばれた時と雲泥の差だな」
レイモンドはクックッと笑った。
「妃候補では、知っての通り実質は何の拘束力もない。アイリーンは当初、王太子妃の座を要求していた。王族は離婚できない決まりがあるから、あいつが妃に立ってしまえば、死なない限り婚姻は継続する。それこそ権力をほしいままにするだろう」
「つまり、王太子妃にはさせないけれど、候補にすることでアイリーンの持つ情報を引き出そうということですのね?」
「その通りだ。約束したのは妃候補にすることだけだ。情報さえ手に入れば、候補から外せばいい。セドリックは今頃アイリーンから情報を入手しているはずだ。魔法を解いて、必ず君を幸せにすると言っていた。……信じてやってくれないか、マリナ」
「勿論ですわ」
彼を信じる以外に道はないとマリナは思っていた。なるべく自分達で現状を打開する気ではいるが、四人には手詰まり感があった。
「今夜のパーティーは、アレックスがいなくて、ブリジット王女との婚約は発表されなかった。セドリックの発言でそれどころではなくてな……ところで、ジュリアから連絡は来ていないのか」
「ええ、まだ……」
「ジュリアちゃんはお手紙なんて書かないんです。書くのがつらくてやめちゃったのかなあ」
「筆不精でも連絡くらい寄越すでしょう?……アレックスからも、まだ?」
「ああ。あいつが手紙を書けないのは、書く気がないからか、書けない事情があるからか。どちらだろうな」
レイモンドは持参した王国の地図をテーブルの上に広げた。
書けない事情とは何だろう?とアリッサは首を捻った。
「……監禁、とか?」
エミリーが目を眇めた。
「転移魔法で、探しに行ってもいいけど……」
「遠距離だと精度が下がるのよね?ジュリアのすぐ傍に転移できなかったら、かえって危ないわ」
「監禁されていると決まったわけではない。移動に時間を取られているだけかもしれん。リングウェイまでの街道沿いにあるうちの領地から、二人らしき人物が通ったとの報告はない」
主要な街道沿いの街にオードファン公爵領があり、報告済みの街にはバツがついている。
「どの道も通っていないのね」
「……『灯台下暗し』?」
エミリーがにやりと笑った。
「何だ、それは?」
「……二人は王都にいるかも、ってこと」
「かけおちしたと見せかけて、王都に潜伏しているのか!?」
レイモンドはバッと立ち上がった。
「アレックスは急病で欠席したことになっている。見つかったら、ヴィルソード家がどんなお咎めを受けるか分からないぞ」
「ジュリアちゃんとアレックス君が王都にいたら、どうするんですか、レイ様?」
「……そうだな。捜索の手が及ばないところへ逃がしてやるか」
長い指先でトントンと叩いた場所を見て、三人は互いに顔を見合わせた。




