404 悪役令嬢は恋人に攫われる
「こんな夜中にどうしたの?アレックス」
正面から来れば使用人達が中に入れてくれたのに、わざわざ庭にいるとはどういうことなのだろう。アレックスは、四姉妹の部屋が二階の南端にあると知っており、庭を回りバルコニーの下まで来たのだ。
「ジュリア……俺は……」
アレックスは下を向いて、ぐっと拳を握った。
「お前を、攫いに来たっ!」
攫いに来た、いに来た、に来た、来た、た……。
夜の庭に大声が響いた。一階の窓を開けて執事のジョンが外を確認している。
「ジュリア?早く中に入らないと身体が冷えるわよ?」
ガウンを羽織ったマリナが出てきて、下を見つめているジュリアの肩にガウンをかける。
「……アレックスだわ。さっきの大声は彼?」
「そう。ねえ、マリナ」
「何かしら」
「私、攫われてみてもいい?」
◆◆◆
「……ごめん」
客間に通されたアレックスは、リリーが淹れた紅茶を手にしょんぼりと下を向いた。
バルコニーでジュリアに攫われていいかと聞かれたマリナが、
「話が良く見えないのですけれど、少し、お話しませんこと?」
と女王モードでアレックスに迫った。事実上の「ツラ貸せや」である。そして、断るすべもなく彼は尋問を受ける羽目になった。
四人は部屋着を普段着に着替えて彼を出迎えた。
「いきなり来て、ジュリアを連れ去ろうなんて、どういうことかしら?」
「何の連絡もしないで、悪かったと思ってる。でもさ、今晩行かないと……」
「どこに?」
エミリーが魔法球のお手玉をやめ、紫の魔法球を肥大させる。
「あ、うん。それは……リングウェイで」
「リングウェイ……駆け落ち?」
「アリッサ、知ってるの?」
「うん。昔、駆け落ちのメッカだったところよ」
「昔なのか?」
ぐいっと身を乗り出し、アレックスはアリッサに詰め寄った。
「今は違うみたいよ。二十年くらい前までは、結婚許可証がなくても飛び込みで結婚式ができて、正式な婚姻だと認められたみたいだけど、いろいろ問題が起こったの」
「問題かあー」
頭の後ろで手を組み、ジュリアが椅子の背凭れに寄りかかった。
「相手が承諾していないのに、教会まで強引に連れていって結婚したって。特に、財産狙いの結婚が多かったみたい」
「アリッサ、詳しいわね」
「前に小説を読んだの。『愛の逃避行~最果ての地に祝福の鐘は鳴る~』っていう本でね、主人公はリングウェイの教会で永遠の愛を誓うの。そんなところがあるならロマンチックだなあって思って、どこにあるのか調べたの」
隣でエミリーが吐きそうな顔をしている。
「そっかー。小説は昔を題材にしてたってわけか。どうする?アレックス」
「貴族の結婚には国王陛下のサインが入った結婚許可証が必要よ。婚姻に問題がないかどうか、何代前にも遡って血統を調べられるの。時間がかかるわ」
「つーか、アレックスをブリジット様の夫にしようとしてるんなら、陛下はサインしないよね」
「……当然」
「王都にいたら、俺、新年のパーティーでブリジット様の婚約者として紹介されるんだよ。今日、王宮の衣装係からうちに連絡があったんだ。衣装合わせの件でさ。父上もはっきり断れないだろうし、もう終わりだぁあああ……」
頭を抱えてアレックスは呻いた。
「ブリジット様は、アレックスのことを嫌ってるみたいだよ」
「そうなのか?」
「レイモンドが言ってた。ね、アリッサ?」
「ええ。王太子様に呼ばれて、クリスが魔法で変装して王宮へ行ったのよ。王女様とクリスは仲良くなったそうよ、ただ、王女様は……その……」
もじもじしているアリッサの話の続きはジュリアが引き受けた。
「『赤い髪の鬼』を嫌ってるんだってさ。いいじゃん、嫌われてるんだから、あっちから断ってくれるんじゃないかな」
「ジュリアは平気なのか?俺がブリジット様に取られても」
「やだけど、ブリジット様が取る気ないってんだからさ」
「ジュリア。俺とリングウェイに行ってくれ。結婚式はできなくてもいい。あの場所に行ったってだけで、俺達の本気が伝わると思うんだ」
◆◆◆
「やっぱ不安だよ。剣士の試験に受かってからにしようよ?」
「新学期が始まる前にパーティーがあるだろ。皆の前で発表されたら後には引けない。今しかないんだよ!」
「……うわ、熱血。……ウザい」
エミリーが椅子に寝転がったまま、盛り上がる二人を見ている。
アレックスは妙に乗り気だった。こうなると何を言っても無駄なのは、ジュリアは何度も経験して分かっていた。リングウェイまで行かなくとも、途中まで行けば彼の気は収まるかもしれない。
「無事で帰れるといいなあ」
「ジュリアちゃん、弱気になっちゃダメよ。愛の逃避行はここからなんだから!」
「……こっちにもいた。……ねむ」
「剣は練習用を持っていくのね。手紙を頂戴ね、ジュリア。無事の知らせを待っているわ」
「うん。必ず書くよ。途絶えたら何かあったと思って。……迎えに来てね、エミリー」
「……面倒」
アレックスの熱意に押される形で、ジュリアは真夜中に男装して旅立った。新学期が始まる前に彼を説得して戻ってくるとマリナに耳打ちして行った。
「心配だね」
「そうね。アレックスルートで駆け落ちなんて、まるでヒロインみたいだわ」
「ヒロインを邪魔する悪役令嬢は、アレックス君に殺されちゃうんだよね」
「……」
黙り込んだマリナは、椅子の上で寝ているエミリーを揺り起こし、アリッサを伴って寝室へと引き上げた。




