403 悪役令嬢への弁解の手紙
レイモンドがクリスを連れて戻り、短い時間ではあったがアリッサは彼との逢瀬を楽しんだ。彼を見送り、うふうふふと笑いながら居間に戻って来た。
「……ちっ」
「エミリー、舌打ちはやめなさい」
「アリッサはいいよ。簡単に会えて。マリナもそう思うでしょ?」
「ジュリアだって、会おうとすればアレックスに会えるわよ。ヴィルソード侯爵様は、交際を禁止なさらなかったのでしょう?」
「どうかなー。レイモンドの隠れ家で会ったのが最後だよね。ハーリオン家に行くなって言われてるっぽい。毎日会ってたのにずっと会ってないって変な感じ」
「寂しいの?ジュリアちゃん」
「当たり前のことが当たり前じゃなくて、ガボッと抜けちゃった感じかな。抜けたところを埋めるってできないよね」
四姉妹は黙り込んだ。胸の中に空白感を感じているのは、マリナもエミリーも同じだった。
「レイモンドはどうしてクリスを連れていったの?」
「うん……私にもあまり話してくださらなかったの。王太子様にクリスを会わせたかったみたいなの。クリスはお行儀よくできたって言っていたわ」
家族以外に褒められて、クリスは鼻高々だった。レイモンドにもアリッサにも褒められ、乳母に連れられて上機嫌で寝室へ向かった。
「よかったじゃん。殿下の前で失敗しなくて」
「……クリスはできる奴だから」
「失敗しても、セドリック様は怒ったりなさらないわよ。ブリジット王女と同じ年頃ですもの。小さい子のすることには目を瞑るわ」
「ふーん。分かったようなこと言っちゃって」
「そうそう。王太子様のことなら何でも、マリナちゃんが知ってるみたいね」
「……ふっ」
にやりと笑ったエミリーの横を通り、アリッサはマリナの手に封筒を手渡した。
「お手紙よ。レイ様がお預かりしたの」
「レイモンドを伝書鳩にする人なんて数えるくらいしかいないよね」
◆◆◆
親愛なるマリナへ
しばらく会えていないけれど、元気にしているかな?
王宮に戻ってから、僕は毎日君のことを考えているよ。
ブリジットが君の弟のクリスを気に入っていて、僕は昔の自分を見ているようだった。
あの頃は何も心配することなどなくて、純粋に君を好きでいられたなって。
新年のパーティーには、ハーリオン侯爵家は招かれないと聞いたよ。
侯爵夫妻がアスタシフォンにいる以上、仕方がないことだとレイは言っていたけど、僕はパートナーは君しかいないと思っている。
他の令嬢と踊ることになっても、それは僕の意思ではないからね。
お願いだよ。僕を信じて。
愛をこめて
セドリック
◆◆◆
「……どういうことかしら」
「なになに?見せて」
「ダメよ。ジュリアは茶化すから。新年のパーティーに出られない私の代わりに、他の方をパートナーにするようね」
そっと便箋をたたんで封筒に入れる。宛名の文字に触れ、マリナは目を伏せた。
「……出られても『命の時計』がかかってるから無理」
「そうだねえ。王太子様も苦渋の選択ってところね」
「言っておくけど、出られないのは皆も同じなのよ?レイモンドもアレックスも、他の誰かをパートナーにするのよ」
「そっか!」
ジュリアはぽんと手を打った。アリッサが無言で泣きそうな顔になっている。
「だからアレックスはうちに来なかったんだね。気まずいじゃん?」
「アレックスに合う相手なんて、ジュリアの他に誰かいるのかしら……?」
◆◆◆
夜遅く。
寝る支度を整えて、四姉妹はマリナのベッドに集まった。
「明日はどこに行くの?エスティアとも魔法陣で繋いだから、状況を見に行きやすくなったよね」
「……変態スタンリーがいなくても、私達だけで十分」
「スタンリー先輩もお兄様役が板について来たよね。そろそろ終わりにしてもいいかなって思うの」
「そうね。とてもお世話になったから、後でしっかりお礼しなくちゃね」
と、三人はエミリーを見た。
「……私?」
「エミリーちゃんがお礼をしたほうが、先輩は喜ぶと思うよ?」
「そ。私なんかより、エミリーの生足で踏んであげたら、すっごく喜びそう」
「……踏んだことは、ある」
やっぱり踏んだんだ、と姉三人は思った。スタンリーは見た目がいいだけに、返す返すも残念な男だ。
「気持ちをこめてお礼を言いましょうね。明後日にでも家に来てくださるよう手紙を出すわ」
「変装しなくて大丈夫?」
「従僕の服装を届けてもらうわ。騎士団の見回りも減ってきているから、怪しまれることもないでしょう」
「よっしゃ。私も気合入れて、料理でも振る舞うかな」
「……死人が出るからやめて」
コン。
ガツン。
「……今、窓から音がしなかった?」
「うん。何だろう……」
「……ひょっとして、お化け?」
にやり。
笑ったエミリーにアリッサがしがみつく。
「私、ちょっと見てくる」
「危険よ、ジュリア」
「いいから、大丈夫だって」
手をひらひらさせて三人をその場に残し、ジュリアはひょいとベッドから下りて窓に寄った。大きな窓を少し開けて、パジャマ姿のまま外に出る。
「うわ、さっぶ……」
自分で自分を抱きしめ、首を亀のように縮める。何か羽織ってくればよかったと思った瞬間、
「ジュリア!」
聞き覚えのある声が、バルコニーの下から響いた。




