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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
学院編 14
573/616

402 公爵令息と幻の貴公子

【レイモンド視点】


「おにいさま……」

「どうした?ブリジット」

椅子から立ち上がり、セドリックは満面の笑みで妹に駆け寄った。そのまま抱き上げて俺がいるところまで連れて来る。

「あの……おへやには、レイだけ?」

「そうだよ。僕とレイだけだ」

ブリジット王女は室内を何度も見回している。

「こわいおにいちゃん、いない?」

「怖い?」

「誰か警備の兵士のことか?」

「ちがうの、あの、あかいかみの……」

王女は青い瞳に涙を溜めた。


   ◆◆◆


小一時間後、セドリックは王女に膝枕をしてやり、優しく背中を撫でていた。

「慣れたものだな」

「レイにも妹か弟ができたら分かるよ」

「無理だ。両親は歳を重ねているからな」

「そうか。二人とも僕の父上と母上より年上だものね。じゃあ、レイに子供ができた時かな」

「……子供か」

一瞬、自分の膝に凭れて眠る息子と、彼を優しく見守るアリッサを想像し、顔が赤くなるのが分かった。あと十年後には、俺もセドリックのように幼児をあやすようになるのだろうか。

「ブリジットの言っていたこと、本当かなあ……」

「にわかには信じられないが。王宮の魔法結界を突破して会いに来たなどと」

「びっくりしたよね。……うーん、でも、エミリーも突破したことあるって聞いたし、できなくはないよね」

「短期間で王女を誑し込んだ上に、婚約者になるアレックスへの恐怖心を植え付けて行くとは……侮れないな。よし、俺が直接訊いてこよう」

「頼んだよ、レイ」

セドリックはブリジットの濡れた目元をそっとハンカチで拭いた。


   ◆◆◆


「で?目的は何だ」

「れいもんどおにいさま、どうしておこってるんですか?」

「……クリストファー。俺は忙しいんだが?」

「おこっちゃいやです。こ、こわくて、おねえさまに……」

潤んだ瞳は泣きそうな時のアリッサを彷彿とさせた。いかん、心を鬼にするのだ。

「つまらん芝居はよせ。お前はただの五歳児ではないだろう?」

目元を覆った手を外させると、挑戦的な紫色の瞳が俺を見上げた。

――ああ、やはり、そうだったか。

この顔は、剣の試合をする時のジュリアに似ている。

「お兄様、いつから気づいていらしたのですか?」

「いつからだろうな。学院に入学する前、アリッサをデートに誘いに来た時だったか。俺に気づかず、部屋の隅で経済書を読んでいたな」

「家族の前では、挿絵を見ているふりをしていたのに」

「文字を追って読んでいると分かった。恐ろしい三歳児だと思った記憶がある」


はあ、とクリストファーは息を吐いた。

「分かりました。お兄様の前では子供のふりをするのはやめます。それで、僕の目的でしたよね?」

「結界を突破して、誰にも見咎められずに王女の部屋まで行ったんだな」

「直接会って話したかったんです。ジュリア姉様の婚約者を取るなって。……証拠は残さなかったのに、どこでバレたんだろう……」

「ブリジット王女本人から聞いた」

「あの子、喋ったんだ。……ふぅん。次はお仕置きが必要みたいだね」

子供の頃のマリナが、セドリックに向けた視線のようだ。冷たく、それでいて甘い。虐められたい願望がある者が痺れそうだ。

「お前がおかしなことをしたせいで、王女はアレックスを鬼か悪魔だと思っているぞ」

「王女様から断ってもらいたかったんです。あんな馬鹿は嫌だって」

「馬鹿って……否定はしないが、仮にも姉の婚約者だろうが」

毒舌はエミリーに似たのか。この子は四人の姉全員に似ているな。

「アレックスお兄様はいい人です。でも、あの人にぴったりなのはジュリア姉様だけ。王女様には降りてほしくて」


「だから誑かしたのか」

「……は?」

クリストファーはあんぐり口を開けた。

「ブリジット王女は、お前を神か天使のように崇めているぞ。『クリスさまのおよめさんになりたい』と、セドリックと俺の前ではっきり言ってのけた」

マリナに会った頃のセドリックを見ているようだった。髪と目の色、美しい顔立ちだけではなく、夢見がちなところも兄妹よく似ている。

「ぇええ?」

「何だ?」

「王女様は四歳でしょう?僕だって五歳で、その……早すぎやしませんか?」

「王子や王女は生まれた時から相手が決まっていることもある。特段早くはない。……だが、陛下はアレックスと王女を婚約させようとしている。王女の口からお前の名が出てみろ。王宮に無断で入ったと知られてしまうぞ」

良くて牢へ収監、悪くて斬首刑だろう。王宮の強固な魔法結界を突破するなど、子供の悪戯でも許されない。

「ブリジット王女の証言がおかしいと思われないように、王宮に連れて行くぞ」

「待ってください、レイモンドお兄様。僕は、ブリジット王女に名前しか告げていないのです。ハーリオン侯爵家の者だと知られたら……それより、王宮に入れないのでは?」

「怖いのか?」

「……」

「六属性持ちなら、外見を変えて出られるだろう?」

「――!そうか!」


   ◆◆◆


「……レイ様、私、反対です」

アリッサは俺をじっと見た。視線が問い詰めるようだ。

睨んでいるつもりなのか?可愛いな。

「エミリーも太鼓判を押したんだ。誰にも見破られまい」

「大丈夫ですよ、姉様」

ドアを開けて現れたのは、銀髪紫眼の若い貴公子だ。光魔法で自分を十五歳程度年上に見せている。

「ひゅー。かっこいいねえ、クリス!私の男装なんて目じゃないね」

「十年後は令嬢方に取り合いされそうね。気苦労が増えそうだわ」

「確かに。……美形で金持ち、将来の王と宰相の義弟で、六属性持ちで剣の腕も立つときたら……」

目を細めてエミリーが呟く。弟を自慢したいらしい。姉達はクリストファーを褒めまくった。あまり褒めると自意識過剰になるような気がするが。

「では、行ってまいります。僕はレイモンド兄様の知り合いということで」


   ◆◆◆


セドリックの部屋に入ると、王女はたった今昼寝から起きたところだった。

「おはよう、ブリジット」

「おにいさま、だっこ!」

「ははっ、それはおんぶだよ」

背中に抱きついたブリジットを軽々と抱き上げ、セドリックは俺の後ろに立っている青年を見た。

「レイ、彼は……」

「お前の義弟だ。見てわかるだろう。光魔法だ」


ブリジット王女の前で魔法を解き、クリストファーは元の五歳児に戻った。

「いいねえ。こうして並ぶとお似合いだね」

「おにいさまったら!てれますわ」

顔を手で覆ってちらりとクリストファーを見る王女は可愛らしかった。

「クリスさまは、まほうがおじょうずなんですね」

「……普通だけど?」

「六属性持ちが普通なわけがあるか」

会話に割り込むと、クリストファーはあからさまに嫌そうな顔をした。

「まほうをつかって、わたくしにあいにきてくださったんですね。うれしいですっ!」

「ああ、うん……」

「ブリジットは、クリスさまがだいすきです。あかいかみのおにの、およめさんになんてなりません!」

「鬼って……」

「可哀想にな、アレックス」

「とにかく、これでブリジットとクリストファーは僕の紹介で会ったことになるよね。結界を破らなくても会えるんだよ?」

「申し訳ございませんでした、殿下」

銀髪を揺らしてクリストファーが頭を下げた。

「おにいさま、クリスさまをおこらないでね?クリスさまはわたくしにあいにきてくれただけなんです」

「怒るわけがないよ。……そうだね。一段落したら、二人がもっとたくさん会えるようにしてあげるよ」

セドリックが言う一段落とは、ハーリオン侯爵の無実が明らかになり、アイリーンや悪意を持つ貴族が一掃された後のことだろう。勿論、マリナの魔法が解けて、二人が結婚した後だろうが。

「わあい、おにいさま、だぁいすき!」

「僕もブリジットが大好きだよ」

「ふふっ。あ、おにいさまはにばんめね」

「えっ……」

「いちばんは、クリスさまのためにとってあるんだもん」

愛らしい王女は屈託なく微笑んだ。


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