401 公爵令息は官位を賜る
【レイモンド視点】
父上に王宮へ呼び出され、予告もなく国王陛下から執政官補の官位を賜った。
昨日まで父上は何も、それらしいことを言っていなかったから、本当に不意打ちだった。
グランディア王国は、貴族を中心に国王が任命した者が政治を動かしている。筆頭は我が父・オードファン宰相であり、その下に十数人の執政官がいる。執政官の中には、有事の際に戦力となる騎士団長のヴィルソード侯爵や魔導師団長のエンウィ伯爵が含まれ、他にも外交担当や商業政策担当など、得意分野を持つ貴族が選ばれている。執政官補とは、表向きは執政官の補佐だが、重要な会議の場に出席する以外に何も活躍の場がなく、将来王の側近になる高位貴族の子弟に与えられる適当な官職だった。
王立学院を卒業したら執政官補になるのだろうと、俺自身も思っていた。
だが、陛下は今すぐに俺を執政官補に任命すると仰った。理由は、フロードリンにおけるハーリオン侯爵の横暴を明らかにしたからだという。王家以上に力をつけようとしたハーリオン家の企みを暴き、王権の維持に役割を果たしたと。
現役の執政官達が揃って俺を見守っており、辞退などできる雰囲気ではなかった。王妃様とセドリックも、壇上から俺を見ていた。
「レイ、ちょっと……いいかな?」
官位の授与が終わり、セドリックが俺を捕まえた。悲しそうな顔をしている。人前でなければ泣いていたかもしれない。
「ああ……」
「僕の部屋で話そう。相談したいことがあるんだ」
◆◆◆
肘掛椅子に脚を組んで腰かけたセドリックは、溜息をついて金髪を無造作に掻き上げた。
「……追い込まれていくようだね」
「全くだ。リオネル王子が話していた、俺の末路を辿っていくようだ。己の出世のためにアリッサを捨て、捨てられなければ殺すのか?俺の気持ちがどうでも、未来は変えられないのか?」
「レイ……」
声が震えた。
青い瞳を閉じて、掌で目元を覆う。
セドリックも悩んでいるのだ。
「新年を祝うパーティーのことで、話があるんだ」
「パートナーにマリナを指名できないからか?」
「うん。それもあるけど……僕はアイリーンをパートナーにしなければいけない」
――何だって?アイリーンを?
「冗談だろう?」
「交換条件を出されたんだ。『命の時計』を解く代わりに、自分を婚約者に据えろと」
「まさか……男爵令嬢だぞ?」
「伯爵家の養女になれば問題はない。彼女を養女にする家があれば……」
力なく呟くセドリックの肩を掴んで揺する。頭をぐらぐらさせながらくすくすと笑った。
「痛いよ、レイ」
「条件を呑むのか?マリナを裏切ることになる。それでもいいのか?」
「……いいわけがないよ!でも、説明したところで、マリナは……」
「許さないだろうな。アイリーンとお前を婚約させるくらいなら、魔法が解けない方を選ぶ。解呪は自分達で方法を見つけると言いそうだ」
「だから……僕はマリナに何も言わずに、レイに相談して決めたいと思ったんだ。アイリーンを王太子妃にする気はない。マリナ以外はありえないよ」
「アイリーンを婚約者にして解呪させ、婚約者から外せばいいんだな?……騙してやればいいさ。夜中に図書館に出入りしているなら、厳重に管理されている『命の時計』の術式を見ることもできただろう。解呪してやると嘯くのも道理だ」
「『命の時計』をマリナにかけたのは、アイリーンだと思う?」
「どうだろうな。光魔法だと言うなら、ありえなくはない話だ。あの女を誘惑して、解呪方法を聞きだすか」
「誘惑?誰が?」
きょとんとしたセドリックの瞳を見つめ、俺は口の端を歪めた。
◆◆◆
「ぬかよろこび……」
「そうだ。できるか?」
「アイリーンが望むとおりに、王太子妃候補にして……」
「あいつに権力への階段を上らせるんだ。求めているのはお前自身でないとすれば、色仕掛けは効かない。せいぜい権力欲を刺激してやれ。自分と結婚すれば王位も継げると」
「マリナには……」
「パーティーで驚く演技はしてほしいところだが、生憎、ハーリオン侯爵が不在では、パーティーにハーリオン侯爵令嬢が参加する手立てはない。出席しないなら丁度いいだろう。新学期にきちんと説明するんだ」
セドリックは首を何度も傾げた。
俺が見ている限り、アイリーンはセドリックにも俺達側近にも、特別な感情は持ち合わせていないようだ。俺達を自分の意のままに、奴隷のように傅かせたい気持ちが見え隠れしているものの、誰か一人を狙ってはいない。
「狙い通り、俺達は次々とあの女の手に堕ちるふりをしよう」
「試験の時みたいにすればいいの?あれはもうこりごりだよ。自分の気持ちに嘘はつけない」
「心まで捧げる必要はない。お前が持つ最高の贈り物――王位をあいつに渡すと約束すればいい。アレックスが持つ武力、俺が持つ政治的権力、どれもアイリーンが望んでやまないもののはずだ。女王になりたいのならな」
コーノック先生に取り入ろうとしていたこともある。恐らく魔法という人知を超える力を求めていたのだ。魔法は武力にもなる。女王として国を統べるには、対外的に誇示する武力も必要なのだ。六属性の魔導士はその最高峰。真っ先に食指を伸ばしてもおかしくはない。
「レイはさ、父上の決断をどう思う?」
「俺を執政官補にしたことか?」
「うん。ハーリオン侯爵は悪事を働いたと決めつけて、レイがフロードリンにいたってだけでべた褒めでさ。アレックスとブリジットの婚約も話を進めるって言ってたよね」
「ヴィルソード侯爵は慌てていたな」
「父上はブリジットをとってもかわいがっているんだよ。僕だって、歳が離れている分、あの子を大事に思っているよ。そんな手中の珠を降嫁させると、軽々しく言うものかな」
「他に王家には未婚女性がいないからな。相手が俺では、再従兄妹同士になるし、血縁がないアレックスを選ぶのも頷ける」
「……僕は、父上はやりすぎだと思う。あんまりだよ」
椅子の上で膝を抱え、セドリックはいじけて膝に鼻先をつけた。
確かに、その通りだ。
国王陛下のなさりようはあまりにも急で、短絡的だ。
ハーリオン家を表舞台から消そうとしている。元々政治的には何の官位もない侯爵だ。王家や公爵家との縁組がなければ、娘達も田舎の領地や修道院で生涯を終えたかもしれないのだ。消すのは容易い。
消さなければいけないのなら、なぜ、今なのか。
ハーリオン侯爵がアスタシフォンに捕まったという事実のみで領地を捜索し、不自然に揃いすぎた悪事の証拠を前に陛下は決断した。まるで、予定調和であったかのように。
「陛下にはお考えがあってのことだろう。狙いは……俺達と同じかもしれない」
「僕達と……同じ?」
濡れた睫毛の瞳がこちらに向いた時、部屋のドアに何かが激しくぶつかった。
侍女が開いたドアの隙間から覗いたのは、金色の髪にリボンをつけた愛くるしい少女だった。




