400 悪役令嬢は正月番組が見たい
各地で慈善活動を行い、あっという間に一週間が過ぎて行った。
「新年だって感じがしないなー」
ジュリアはベッドにごろごろ転がり、脚を天井へ向けて伸ばして起きた。
「お正月番組が見たいぃいいいい」
「テレビなんかないもの、諦めて」
「じゃあ、こたつに入ってみかん食べたい」
「……却下」
「いいじゃん。こたつ作ってもらって、中に火か光の魔法球入れとけば」
「危ないからダメ」
エミリーは全く取り合わない。
「新学期まであと十日もないわ。ビルクールを調べると言っても、表だって動けないわ」
カレンダーを見つめて、マリナは残りの日数を数えた。今日の日付にバツを描く。
「騎士団はまだ見張ってるもんね。意外と暇なんだね。やっぱ、騎士になりたいなー。」
「ジュリアちゃん……見張りも大変だと思うよ?」
「ところでマリナ、例のお客さん達はどう?」
「順調よ。手紙をもらって準備を整えておいたから、問題なく入れ替われそう」
「仕事も覚えられそう?」
「できなくてもいいでしょう?私達、前世では自分でやっていたんだから」
ノックの音がし、リリーが軽く礼をして入ってくる。
「お嬢様方、新しい侍女をご紹介いたしますわ」
小柄な侍女が紅茶とケーキを乗せたワゴンを押してくる。ドアの枠に車輪が引っ掛かり、軽く声が出てしまう。
「……しっかり、レオノーラ」
「私、こういうの苦手なんだよなあ……」
顔を上げた金髪の少女は、眼鏡の奥の丸い瞳をきらきらさせて、四人に向かって微笑んだ。
「ねえ、どうかな!?」
「どうって……」
「二点」
「その話し方を直さないと、バレるよ?リオネル」
リオネルは「あーっ!」と叫び、自分の頭からかつらをむしり取った。
◆◆◆
リリーが困り顔のまま出て行き、部屋には四姉妹とリオネルが残された。
図書館の裏手でノアに渡された手紙には、偵察のためにノアを先に行かせるから、リオネルの滞在場所を用意してほしいとの記載があった。ハーリオン侯爵夫妻の身柄は、ルーファスが責任を持って守っている。リオネル自らグランディアに調査に来たいのだが、事情を知るハーリオン家に身を寄せられないかと。
「リオネ……レオノーラ様。やはり、王女様に侍女の真似ごとは無理なのでは?」
「どこにいても怪しまれないのは侍女か従僕でしょう?僕の力では従僕の仕事は無理だし、侍女ならいけると思ったんだけどな」
「……紅茶、出過ぎる」
「あ、ごめんごめん」
「そんなんで、リリーの代わりが務まるのかなあ?」
「……ジュリアよりは上手」
「レオノーラ様が侍女の真似をして調べたいこととは、何なのです?学院内で調べられることは限られておりますのに」
「いっぱいあるよ?アイリーンを尾行してみたり、キースやレナードの部屋に忍び込んで物色したり……」
「犯罪はやめてくださいよ」
「違うよ。あの二人、攻略対象ではあるけれど、一歩間違うとヤバいんだよ」
「……ヤバい?」
ジュリアとエミリーの声がハモった。普段は気が合わない二人が、ここまでシンクロするのは珍しい。
リオネルは皆の前に紅茶とお菓子を置いた。ソーサーに少し紅茶が零れている。
「レナードルートはメリーバッドエンドしかないって言ったよね?二人だけの世界で生きてくみたいなやつ」
「監禁?」
「そう。で、ヒロインの運動の能力値が高いと監禁場所から逃げるんだけど、結局捕まってお仕置きされちゃうんだよ。能力値が低いと逃げ出すことも諦めて、レナードのお人形として生きていくのさ。あ、これ、ネットの受け売りね」
「ぐええ」
ジュリアが唸った。他の三人も目が死んでいる。
「ああいう危ない奴は、ほっといたら何するか分かんないじゃん。早めにジュリアを諦めさせたいんだよね。それと、キースだけどさ」
「キース君は変な人じゃないと思う」
「十分変だよ?ヒロインの魔法の能力値が高いとライバル宣言してストーカー化するし、能力値が低いと『僕が手取り足取り全て教えてあげます』って恩着せがましく言って、スキンシップ過多の変態師匠になるんだって。キースが推しならいいだろうけど、ナシだよね?」
「エミリーちゃん……ライバル宣言されてたよね?」
「……うん」
「ストーカー化するのも時間の問題ね」
「っつーか、毎日エミリーにくっついてるじゃん。もう詰んでるんじゃない?」
「……」
頭を抱えてエミリーは長椅子に転がった。
「レナードの監禁エンドは、彼一人ではできないと思うから、どこかに協力者がいる。危ない奴に手を貸すなんて碌な人間じゃない。そいつとレナードを引き離せば、レナードのエンディングは成り立たなくなる。ジュリアがアレックスエンドを目指すには、あいつの存在が邪魔になる」
「邪魔……友達なんだけどな」
「甘い。余計なフラグは回収しちゃダメだ。それと、エミリー」
「……まだ何かあるの?」
「キースは信用しちゃダメだ。ヒロインを自分のものにするために、平気で他のキャラを魔法で潰す男だよ」
「マシューは潰れない……と思う」
「逮捕されたんだよね?ある意味、社会的に抹殺されたようなものだよ。牢から出て来なければ、キースは自分の好きに……エミリーにくっついていられる」
「今が推し時じゃん」
「……マリナ、さっさと結婚して恩赦でマシューを解放して」
「『命の時計』を解かないと無理だわ」
「……というわけだから、ノアと一緒にアイリーンの周りを調べて、レナードとキースのルートに行かないように、皆と協力してフラグを折る。いい?」
強い視線に四人は頷いた。
「心強いね」
「心配だなあ……アイリーンに気づかれたら、魔法でやられちゃうよ」
「あの二人に関係して、こっちで押さえている情報もあるんだ。詳しくはまだはっきり解明できなくて話せないけれど、フラグを折るのが一番いいって思ったんだ」
活発な侍女は大股で長椅子まで来ると、アリッサの隣に堂々と腰かけた。




